東京農業大学

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教員コラム

遺伝子組換えがもたらす豊かな生活

2009年7月17日

短期大学部生物生産技術学科 教授 和久井 健司

忙しい毎日だからこそ“食”の部分にはこだわりたいですよね。

遺伝子組換えにより、おいしく、さらに地球環境までも考慮した「米」や「野菜」の品種改良の現状を東京農業大学短期大学部生物生産技術学科の和久井健司講師が解説してくれます。

 

より確実で効率的な改良へ

よりおいしく、より生産性の高い農産物の生産へ――。人が土地を利用して食物を作るようになった大昔から、おいしさへの追求と生産効率を高める努力は続けられてきました。

なかでも植物のおしべとめしべを掛け合わせ、人為的に受精させる「交配」は、近代から行われた品種改良技術です。たとえば「おいしい稲」と「病気に強い稲」とを掛け合わせて、「おいしくて病気にも強い稲」を作ろうとするわけです。

しかし「交配」による改良は目的品種になるまでに時間がかかります。場合によっては遺伝子の組み合わせのミスマッチにより、「おいしくないうえに病気に弱い稲」ができてしまう可能性もあります。

そこで、より確実に効率よく品種改良を行う方法として、有用な遺伝子だけを組み込んで新しい品種を作るという、遺伝子組換えの方法が考えられたのです。1990年代にはこの研究が盛んになりました。遺伝子組換えを利用した一例として「除草剤に強い遺伝子をもつ作物」があります。この遺伝子をもたない雑草は枯れてしまうので、除草に費やす農家の労力が軽減されるという点で生産者にメリットがあります。

 

遺伝子組換え作物は安全!?

これに対して消費者側のメリットとしては、遺伝子組換えによる「高栄養価食品」の開発が進められています。「ゴールデンライス(※1)」や、アレルギーのある人も安心して食べられる食品の開発研究です。

ところが、実際にお店へ買い物に行くと、「遺伝子組換えによる原料は使用していません」と明確に表示された商品が多いことに気づきませんか。このように商品の安全性を強調しているのは、私たちがまだ遺伝子組換えによる品種改良に、感覚的に拒否反応を示すからかもしれません。

しかし、安全性についても研究はすすめられています。たとえばガやコガネムシなどに対する耐虫性の作物の開発として、昆虫の天敵であるバチルス菌からとられた遺伝子(Bt遺伝子)の導入がなされています。この遺伝子から作られるBtタンパク質は、昆虫の消化管内で完全に消化されず、毒性を持つペプチドがつくられることから、殺虫力を発揮します。ところが、人間の消化管では、Btタンパク質が消化されてしまい、毒性を示すペプチドが残らず、無害であることが確認されています。

遺伝子組換え技術の安全性について、現段階では長期間にわたる人体への影響を実証するには不十分です。が、その品質向上や、生産者にとっての経済上のメリットから、さらなる研究が期待されています。

 

砂漠化を防ぐ!

植物の有用な遺伝子として、“乾燥に強い”という性質も注目されています。いま、世界的な環境問題の一つとなっている砂漠化の防止に、耐乾燥性植物が役立つと考えられるからです。

植物の一生で乾燥に耐える能力が一番高いのは「種子」の時です。この状態であれば、水を与えなくても生きられます。そこで植物の「種子」について、乾燥に強いメカニズムを明らかにする研究がいま行われています。それが明らかになると、「種子」以外の段階でも、その機能を発揮できる可能性があるのです。

この研究にあたっては、「人工種子(※2)」に対して行う、ある科学的処理がヒントになりました。「人工種子」の不定胚は天然の「種子」と同じ組織ですが、水分を含むゼリー状のカプセルに包まれているだけの、乾燥に弱い状態です。乾燥すると発芽せずに死んでしまいます。

ところがこの「人工種子」にアブシジン酸という植物ホルモンを投与すると、そのあとで人為的に乾燥させても発芽します。つまり乾燥に強い体質に変化したわけです。このことから、アブシジン酸による処理と同様な機能をもつ遺伝子の存在を、植物の「種子」の中から探ろうとしています。

遺伝子レベルで植物の改良を考え、人間の生活を豊かにしていくのも農学のおもしろさです。

 

※ 1 体内でビタミンAになるベータカロチンの合成に関係する遺伝子が導入されたお米。

※ 2 受精によらず、植物のカルス(植物の一部を切り取り培地上で培養したときにできる未分化の細胞塊)から不定胚(種子の中にある胚に似た器官)を大量生産して、それをゼリー状のカプセルに封入した種子。

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