東京農業大学

メニュー

教員コラム

動物の能力を遺伝子から探る

2010年10月18日

農学部バイオセラピー学科 教授 天野 卓

動物の目やけの色、背の高さ、馬の競争能力にいたるまで、遺伝子が支配していることを知っていますか?野生動物のもつ有用な遺伝子を家畜に利用し、経済性だけでなく、安全性にも考慮した品種改良を考えていかなければ なりません。
そこで東京農業大学農学部バイオセラピー学科の天野卓教授が、家畜を遺伝子レベルで解き明かし、新たな家畜のあり方や将来の方向性を語ってくれます。

 

アジアで「家畜」の原点が

インドネシアのジャワ島西端のウジュンクーロン(自然保護区)に棲息している「バンテン」という野生牛が、「バリ牛」という家畜牛に体型が似ているので「血統的につながりがあるのではないか?」と考えられていました。

両者のヘモグロビ ン型(※1)やミトコンドリアDNA型(※2)を調べたところ「バリ牛」は、「バンテン」を家畜化したものであることが判明しました。「バリ牛」は雑草や落ち穂といった粗食で十分に成長して過酷な使役も楽々とこなし、肉質もよいという特徴をもっています。つまり先人たちが、その土地の気候風土によく合った飼いやすい牛を、長い年月をかけて作りあげていったのです。

この原型に近いケースは、ミャンマーとバングラデシュの国境地帯に棲息する野生牛の「ガヤール」でも見ることができます。野生牛は1頭の強い牡牛が20〜30頭くらいの牝牛を従えて群れを作ります。残った牡牛は残った牡牛同士で集団をつくります。ここに住む人たちは集落の周りに家畜の牝牛をつないでおき、この野生の牡牛たちと自然交配させるのです。結果的に野生牛の血が半分混じった雑種牛が生まれます。この雑種牛には牛小屋も家畜専用飼料もいりません。自然の草を食べ、厳しい気候や病気にも強いので村の周りに放し飼いにします。大きくなったら村人は肉として利用します。つまりただで肉牛を生産しているのです。

 

経済性を追求したホルスタイン

スーパーで牛肉パックのシールに注目してみてください。「国産牛」と表示されているものがあります。これはどのような種類の牛だと思いますか? 実はすべて乳牛として飼育されていたホルスタイン種、しかもほとんどが牡なのです。実はホルスタイン種は乳を大量に出すように改良された牛です。乳はたくさん出ますが、特別な家畜専用飼料や家畜舎が必要で、暑さや病気にも弱いという短所をもっています。近年日本は乳を得るためにホルスタイン種を大量に飼育するようになりました。そうなると生まれてくるホルスタイン種の赤ちゃんの半分は乳を搾ることのできない牡ですから、この牡を肉用に肥育するシステムができあがってしまい、乳も肉もホルスタイン種でまかなってしまうのです。この傾向は世界の酪農先進国で一層顕著となっています。

本来、日本にも肉を得るための在来牛が昔から存在していました。これらは雑草や野菜屑、米のとぎ汁など粗末な飼料で育ち、日本の気候風土に適し病気にも強く、使役もし、しかもおいしい肉を提供してくれました。しかしいくつかあった和牛品種は採算がとれないということでどんどん切り捨てられ、いまでは和牛といえば高級な霜降り肉が得られ、しかも高額で売れる「黒毛和種」という品種に絞られつつあります。

こういったことがいったいどのような結果を招くのでしょうか。もしも世界的に家畜専用飼料が手に入らなくなったら。牛特有の病気がまん延したら……。

 

新たな家畜の誕生も視野に入れ……

粗食に耐えられず暑さや病気にも弱いホルスタイン種が次々と倒れ、日本の家畜牛が大きな打撃を受けてしまう。そんな事態に陥らないためにも家畜は、単に目先の経済性だけを追求するのではなく、その動物がもつ本来の能力も考えて改良する必要があります。そのためには海外の状況を調査し、世界各地の家畜や野生動物がもつ有用な遺伝子をいまからキャッチし、分析・保存を行い、動物の能力と遺伝子の関連性を読み解くことが大切になってきます。このような研究によって、暑さや寒さに強い、病気に強い、粗食に耐える、それでいて安全でおいしい乳や肉を生産できる牛を作ることが可能となるのです。

こうした遺伝子研究が進み、気が荒い、警戒心が強いといった形質(遺伝的要素)を取り除くことが可能になれば、アフリカに棲息する「シマウマ」や 「ヌー」などの野生動物を家畜化することも夢ではありません。

世界中を調査し、バイオテクノロジーを駆使することで、目先の利益だけを追求するのではなく将来を見据えた家畜のあり方を考えるのも、農学のおもしろさです。

 

(※1)ヘモグロビン…脊椎動物の赤血球に含まれる鉄を含む色素(ヘム)とタンパク質(グロビン)とからなる複合タンパク質。酸素と可逆的に結合する能力があり、血中での酸素運搬の役割をもつ。
(※2)ミトコンドリアDNA…細胞のエネルギー代謝の中心をなす小器官=ミトコンドリアがもつDNA。核の支配を受けず、卵の細胞質を通じて子孫に伝わるため、その塩基配列を比較することで、母系の遺伝系列をたどることができる。

 

 

ページの先頭へ

受験生の方