東京農業大学

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教員コラム

乳酸とエネルギー乳酸は排泄物です

2011年1月24日

甘い物質と辛い物質は、既に本シリーズで紹介しましたので、今度は酸っぱい物質を取り上げます。我々の身近にある酸味物質といえば、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、ビタミンCなど様々ですが、まず乳酸の話から始めます。乳酸は炭素(3個)と水素(6個)と酸素(3個)からなるとても簡単な構造をした物質です。常温では粘り気のある液体ですが、結晶化すると無色の固体となります。水やアルコールなどに非常によく溶け、その溶液は酸性を示し、穏やかな酸味を呈します。ご存じのように、ヨーグルト、チーズ、漬物などの発酵食品や乳酸飲料などは、この乳酸の性質1)を巧みに利用したものです。最近では、バイオプラスチックの原料として特に注目されていま す。ところで、乳酸というと乳酸菌がつくるものと思いがちですが、その他の微生物や動植物などでも広く生成される物質です。勿論、生成量は生物の種類や酸素の有無と環境により様々です。ちょっと難しいですが、乳酸生成のメカニズムを簡単に説明します。
 生物が活動するためには、体内でエネルギーの基本物質であるアデノシン3リン酸(ATP)という物質を休むことなく作り続けなければなりません。全ての生物はこのATPを栄養分から様々な物質への変換、代謝を経て作っています。そのプロセスには、酸素を必要としない経路と酸素を利用する経路の2つがあり、途中で接続しています。酸素がなければ、その接続部分から左右2本の脇道に代謝は進行します。片方の脇道の最終産物が乳酸です。もう一方の脇道の最終産物はアルコールと炭酸ガスです。いずれもATPを生産した後の排泄物です。酸素があれば、接続点から脇道に入ることなく本道経路に入り、更に様々な物質への変換、代謝を経て最終的に炭酸ガスと水になります。
 例えば、乳酸菌のように酸素を利用できない微生物は、脇道の経路のみを利用してATPをつくり生きていかなければなりません。当然、多量の乳酸を排泄することになるのです。アルコールをつくる酵母も理屈は同じです。なお、酸素を利用する本道のほうが、酸素を利用しない脇道に比べ約20倍近いATPを作り出すことができます。それ故、地球上のほとんどの生物は、酸素を利用する生物へと進化してきたのです。酸素を必要とする生物も、2つのATP生成経路を持っているので、人間や動物も体内で酸素を利用することなく乳酸を沢山つくる場合があるのです。その話は次号ということに。
 ところで、乳酸は、1780年にスウェーデンのシェーレにより、腐敗して酸っぱくなった牛乳(酸敗)から発見されたので、この名前が付いたといわれています。また、乳酸菌と乳酸発酵の研究は、それより数十年後、微生物学の祖といわれるパスツール(仏)により始まりました。そして、酸素の有無によるATPの生成経過が解明されたのは1800年代後半から1900年前半にかけてです。人間が乳酸菌の存在も乳酸の働きも全く知らない数千年も前から様々な発酵食品を作り続けてきた歴史に比べれば、それらの研究は瞬きに相当するほどのつい最近の話です。人間の知恵と経験、技術の伝承には驚嘆するばかりです。
 宗教心希薄な日本人なのに初詣の人の多さに驚くばかり。不安定、不透明な経済状況が早く改善してほしいと願いつつも、心の貧しさは物の豊かさでは補えません。今こそ真剣に考えなければと思うのです。乳酸の話、次号もつづく。

 

1)保存性の向上(有害菌や雑菌の増殖の抑制効果)と風味の向上など

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