東京農業大学

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教員コラム

カニ殻と人工皮膚キチンと火傷

2010年8月2日

東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授
醸造学科食品微生物学研究室
前副学長
中西 載慶
主な共著:
『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

カニ殻やエビ殻に含まれるキチンとそのキチンをアルカリ処理して得られるキトサンの構造や性質などの概要を前号で紹介しました。今回は、それらの医療分野への利用に関する話です。キチン、キトサンには、抗菌作用、降コレステロール作用、腸内環境改善効果などがあり、キトサンを分解したキトサンオリゴ糖には免疫を高める効果や抗腫瘍効果のあることなどが知られています。また、キチン、キトサンの構成糖であるN─アセチルグルコサミンとグルコサミンには変形性関節症の予防効果や抗炎症効果のあることも示されています。現在、これらに関連した多くの医薬品、特定保険栄養食品、健康食品、サプリメントなどの商品が発売されています。その詳細はいずれまたとして、キチンの医療材料としての利用について少し紹介します。キチンはもともと生物体に含まれている成分なので、人間の細胞や生体にもなじみやすく、最終的には生体の酵素で分解され吸収される特性があります。この性質を生かして、手術用の縫合糸や皮膚欠損用創傷被覆材(簡単にいうと人工皮膚)にも用いられているのです。
 人の皮膚は体の表面にある表皮とその下にある真皮から成り立っています。擦り傷のような表皮の傷は簡単に治りますが、火傷や事故や皮膚病などにより真皮に傷がついた場合にはとても直り難いといわれています。それは、真皮には血管や汗腺や毛根などの器官が含まれていて、それらの再生に長い時間がかかるからです。また、再生するまでの間は、特に感染症に注意しなければなりません。そこで、シート状にしたキチンを患部に貼り皮膚が再生するまでの保護膜として役立てているのです。キチンには、止血効果、鎮痛効果、殺菌効果があるうえ、本来の皮膚が再生されれば、分解されて自然に消滅する利点がありますから、火傷の治療などに効果を挙げています。とはいえ、真皮の損傷が大きい場合には、本人や近親者からの皮膚移植が必要です。しかし、その治療には手間と時間がかかり、適合性の優劣、定着不備、感染症の危険など多くの問題も残されています。一方、最近、再生医療が注目されており、特に人工皮膚の研究はかなり進んでいます。この人工皮膚とは、簡単にいうと、生体成分であるコラーゲンやヒアルロン酸などで人工皮膚の骨組みをつくり、そこに培養した皮膚細胞を加え、それを成長させたものです。これを患部に貼ることにより、安全迅速に本来の皮膚を再生しようとするものです。人の皮膚は下部から順に新しくなっていき、古い皮膚は垢となってはがれていきますから、本人以外の培養細胞から作った人工皮膚でも、最終的にはすべてが剥がれ落ち、完全な本人の細胞に置き換わるのです。再生医療の急速な進歩には、只々驚くばかりです。
 ところで、キチンやキトサンの製造には、現在、ズワイガニ(北陸の越前ガニ、山陰の松葉ガニ)と近縁の紅ズワイガニの殻が利用されています。紅ズワイガニは、ズワイガニに比べ生産量が多く価格も安いので、缶詰やカニ肉を使用した食品などに広く利用されています。それゆえ殻も大量に生じるのです。ちなみに、ズワイの語源は、若い細い小枝を意味する「すわえ(楚)」が訛ったものとの説があります。カニ殻の話を書きながら、たまには中身をたらふく食べたいと思いつつ、キチンの話まだつづく。

 

 

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