東京農業大学

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教員コラム

大人の味、親の味渋柿は甘い

2010年8月2日

東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授
醸造学科食品微生物学研究室
前副学長
中西 載慶
主な共著:
『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

タンニンの2回目は味の話です。渋柿や未熟な柿を食べたときの苦味や渋味を思い出していただければタンニンの味が想像しやすいと思います。あの「苦い」「渋い」感覚は、タンニンが舌や口腔粘膜のタンパク質と結合し、タンパク質の変性が引き起こされることにより生ずると考えられています。これを収れん作用といい、舌や口腔内がしびれたり、刺すような感覚を伴います。生理学的には同じ味覚作用ですが、タンニンの種類や濃度、混合比率、共存物質との関係などにより、渋味と苦味の微妙な味の違いが生じます。ところで、渋柿は、「渋抜き」したり、干し柿にすると甘くなります。渋抜きといっても柿からタンニンを取り除くわけではなく、干してもタンニンが無くなるわけでもありません。では、なぜ甘くなるのでしょうか? 実は、タンニンが強い渋味や苦味を呈するのは、タンニンが水に溶けている状態(水溶性タンニン)のときです。水に溶けないタンニン(不溶性タンニン)に変わると渋味や苦味を感じ難くなります。渋抜きは、渋柿にアルコールを吹き付けポリ袋に密閉したり、あるいは、ドライアイス(炭酸ガス)を入れたポリ袋に密封して1週間位保存します。すると、柿の果肉内ではアセトアルデヒドという物質が増加し、それが容易に渋柿中の水溶性タンニンと結合して不溶性のタンニンが生成されます。渋柿にも、元々多くの糖分が含まれているので、渋味や苦味が感じなくなれば、当然甘さが際立ってくるのです。干し柿が甘くなるのも基本的には同様のメカニズムです。
  味の基本的要素は、甘味、塩味、酸味、苦味の4種類です(旨味を加えて5種類と言う場合もあります)。甘味、塩味、旨味は人体に必要な栄養成分を含んでいるので、必然的に皆が好ましい味と感じます。酸味は、食物の腐敗とも関係する味なので注意信号として認識します。一方、多くの毒物には苦味があるので、人は苦味を有害物として本能的に避ける傾向があります。人が味の物質を感知する最低の濃度を「閾値(いきち)」と言いますが、苦味(※1)の閾値は、甘味(※2)や塩味の1000分の1の値です。言い換えれば、苦味は甘味に対して1000倍も感度が高いということになります。つまり、苦味のある食物を口に入れたとき、極微量でも、その味を感知して、有害(毒物)か否かの判断ができるようになっているのです。これは人間の本能、生体防御機構の1つでもあります。食経験の乏しい乳幼児が、酸っぱい食べ物や苦い食べ物を好まず避けようとするのはそのためです。従って、腐敗ではない酸味の美味しさ、有害ではない苦味の美味しさは、様々な飲食経験の積み重ねによって培われるのです。特に、苦味を好ましい味として感じるのには、安全であるという情報が必要です。親が食べている様子をみて子供は安心して苦い食物を口にして、やがて美味しいと感じるようになるのです。苦味、渋味は、まさに大人の味、親の味でもあるのです。飲食物の苦味物質は、タンニン以外にも沢山あります。その話は、いずれまた。
  ビールの美味しい季節。ほろ苦い味(※3)、爽快なのど越し、沸き立つ微細な白泡、透き通った輝く黄金色、仕事の後の一杯はたまりません。とはいえ、仕事をしなくとも、遊んだ後でも美味しいから始末が悪い。飲みすぎ、脱ぎすぎ、騒ぎすぎには、特に、注意を。微酔、半酔、ほろ酔いが理想の飲み方です。次号、タンニン(3)ワインの渋味につづく。

※1 苦味の標準物質キニーネの苦味 ※2 砂糖の甘味 ※3 イソフムロン

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