東京農業大学

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教員コラム

銀は世界を写す銀も人の英知もすごい

2010年8月2日

東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授
醸造学科食品微生物学研究室
前副学長
中西 載慶
主な共著:
『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

銀の元素記号はAgと表記します。この語源はラテン語のArgentum、ギリシャ語のアルギュロスで、「輝く」「明るい」という意味から由来しています。この語源のとおり、銀は、その美しさと細工のし易さから、宝飾品、食器、貨幣などとして古くから利用されてきたことはご存知のとおりです。そこで、銀の2回目は、その化学的特性を利用した話。一つ目は、写真フィルムです。写真は、人類史上最も偉大で価値ある発明の一つですが、その心臓部ともいえるフィルム(古くは銀板)表面には銀の化合物が塗布されています。現代の写真につながる、基本的な技術は、1725年、ドイツのシュルツェが銀の化合物である硝酸銀に光があたると黒くなる性質(感光性)を発見したことに始まります。その後、150年を超える歳月と改良に次ぐ改良の技術発展の歴史を経て、現在の写真や写真フィルムの基礎技術が完成しました。
 ところで、どうしてフィルムに人物や風景が写し取れるのでしょうか? フィルムには、なぜ銀が必要なのでしょうか? 現在のフィルムの表面には、臭化銀、ゼラチン、増感剤などを混合して作った「乳剤」が塗られています。カメラのレンズを通して入った光が、このフィルムに当たると、上述のシュルツの発見と同様、銀の化合物である臭化銀が光と反応して容易に分解し、銀(銀イオン)を遊離し黒色となります。当然、光の強弱や光が当たる時間の長短で、臭化銀の分解の程度が異なり、黒色にも濃淡が生じます。勿論、光が当たらなければ銀の遊離は起りません。つまり、レンズを通して入る人物や風景(被写体)からの光をシャッターで適切に制御することにより、臭化銀から遊離する銀の量が制御され、その結果生ずる黒白の濃淡により被写体の像の形が写し取れるのです。しかし、遊離する銀の量は超微量ですから、写し取られた像を目でみることはできません(潜像という)。そこで、それを目に見える程度に増幅させるために現像という工程が必要なのです。ちなみに、カラーフィルムは、光の三原色である赤、緑、青のそれぞれの光にのみ反応する感光剤を塗り重ねて作られています。原理は白黒フィルムの場合と同様です。
 2つ目は、消臭、除菌、抗菌スプレーなどで最近話題の銀イオン(Ag+)の話。銀は飲料水の汚染を防ぐ働きのあることがギリシャ・ローマ時代から信じられ、銀製の容器に水を貯めたり、泉や井戸に銀貨をいれたり、様々な逸話も残されています。1900年代以降、銀の殺菌力に関する学術的研究がなされ、微量の銀イオンが細菌やウイルスに対して殺菌効果をもつことが発見されました。その後、世界各国で飲料水の殺菌に銀が用いられるようになりましたが、銀より安価な塩素殺菌法の開発により、現在、水道水の殺菌には塩素が広く用いられています。一方、銀は人体にも比較的安全な物質であることから、最近、再び銀イオンの殺菌技術が様々な分野で注目されているのです。銀イオンの殺菌効果のメカニズムについては、諸説あり、完全には解明されていません。微生物殺菌は私の専門ですが、詳しい話はいずれまた。
 「いちょう」も「ぎんなん」も銀杏と書きます。ぎんなんの殻の銀白色と種が杏に似ていることから、この漢字があてられたとのこと。5月は銀杏の芽吹きがきれいです。すがすがしい新緑の季節、小さな旅にちょっと出かけてみませんか。「…五月の朝のしののめ、うら若草のもえいずる心まかせに」(萩原朔太郎)。次号、なんの脈絡も無く「渋い物質タンニン」につづく。

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