東京農業大学

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教員コラム

人も車も酸素のおかげ ミトコンドリアはすごい

2010年8月2日

東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授
醸造学科食品微生物学研究室
前副学長
中西 載慶
主な共著:
『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

車が動くのも、人が活動するのにもエネルギーが必要です。車のエネルギー源はガソリン、人は食物ということになります。化学的には酸素の働き方は異なりますが、いずれも、エネルギー生成に酸素が必要です。車の場合は、エンジンのシリンダ―に霧状のガソリンと空気(酸素)の混合物を吸入させ、ピストンで圧縮した後、点火すると、酸素の存在により、ガソリンは激しく燃焼し、膨張して、ピストンが動き車輪が回ります。人では(勿論他の生物も全て)、食物(養分)から酸素を利用してアデノシン三リン酸(略称ATP)というエネルギー物質をつくります。このATPを利用して、筋肉や神経を動かしたり、タンパク質を合成したり、種々の栄養成分を代謝したりして活動しているのです。ATPは、アデノシンという物質にリン酸が3つ結合した構造で、3番目のリン酸が一つ離れるとき、エネルギーが放出されます。つまり、3番目のリン酸がガソリンのようなものです。

ところで、ATPの製造工場は? というと細胞内のミトコンドリアとよばれている小器官です。カプセルのような形をしていて1つの細胞内に数個〜数百個存在しています。体内で特定の物質1)まで変換された物質がミトコンドリアに入り、さらに様々な物質に変換されながら水と炭酸ガスになります。この変換過程で生ずる水素と酸素の反応エネルギーを利用してATPが合成されているのです。しかし、ATPは体内に貯めておくことができないうえ、合成されてから1分以内には消費されてしまいます。従って、急激な運動をすればATPが不足し、多量のATPを補給しなければなりません。当然、多量の酸素が必要となり、息づかいも荒くなるのです。命ある限りATPは必要ですから、体のあらゆる細胞のミトコンドリアの中で、めまぐるしく、凄まじいまでの速度で、休むことなくATPが作られ続けているのです。ちなみに、人の全細胞(成人約60兆個)のATP消費量は、重さに換算すると安静時で1日40・もの量に達するとのこと2)。でも、体重が40・減ることもなく、食物を40・も食べる必要もないのです。つまり、エネルギーを放出したATPは、アデノシン二リン酸(ADP)という物質になりますが、即座にリン酸を1つくっつけて元のATPに再合成され、繰り返し利用されているからです。

ミトコンドリアの面白い話を1つ。我々の体の細胞には、僅かな例外を除いて全てに核とよばれる小器官があります。その核の中には、ご存知の遺伝子(DNA)が23対46本入っています。父親から23本、母親から23本です。つまり子供は、両親の全ての遺伝情報を公平に受け継いでいることになります。ところが、ミトコンドリアの中には、これと異なる遺伝子(ミトコンドリアDNA)も含まれています。なんとこの遺伝子は、父親からの遺伝子を全て排除し、母親からの遺伝子のみを受け継いでいるのです。母は祖母から、祖母もその母からのみ遺伝子を受け継いでいます。従って、その遺伝子を遡って調べていけば、人類共通の祖先(母親集団)にたどり着くはずだというのです。なんとも壮大、ロマンチックで、SFチックではありませんか。その話はいずれまた。新年の清々しい酸素を一杯吸い込んで初詣、今年もよき年に。次号「ビタミン」につづく。

1)アセチルCoAとよぶ物質:炭水化物や脂肪が分解、変換されて生成する。

2)瀬名秀明・大田成男著「ミトコンドリアのちから」(新潮社)

 

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