東京農業大学

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教員コラム

羊羹・ダイエット・病原菌微生物学の発展、影の立役者

2010年8月2日

東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授
醸造学科食品微生物学研究室
前副学長
中西 載慶
主な共著:
『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

寒天の2回目は、その利用にまつわる話。寒天の主成分は、前号で紹介したとおりアガロースという多糖類です。この物質の特徴は、温度の違いにより溶けたり固まったりする性質と人の消化酵素では分解されず、微生物にも非常に分解され難い性質を持っていることです。当然、寒天の用途はこれらの性質を巧みに利用しています。

1つ目は、寒天の固まる性質を利用した羊羹の話。製造法は、ご存知のとおりですから、その歴史を少し。羊羹とは、中国料理では、読んで字のごとく羊の肉の羹(あつもの、スープ)を意味するそうで、菓子の羊羹とは異なるものです。一方、日本の羊羹に似た食物として、羊の肝に似せた小豆と砂糖と蒸し餅でつくった「羊肝こう」「羊肝餅」というものもあったとのこと。これらが日本に伝来したとき肝と羹の音が似ていたため混同して「羊肝」が「羊羹」となったとの説があります。初期の羊羹は、小豆や小麦粉を使った蒸し羊羹で、現在の「ういろう」が、この流れです。寒天を使ったお馴染みの「練羊羹」は、1589年に和歌山の駿河屋岡本善右衛門により考案され、現在に受け継がれています。

2つ目は、分解されない性質が重要な話。栄養学では、人間の消化酵素で消化されない食品中の難消化性成分の総称を食物繊維といいます。食物繊維は、肥満防止効果、コレステロール上昇や血糖値上昇の抑止効果、大腸がんの防止効果などがあるといわれています。寒天は食物繊維の王様で、その含量は乾物あたり70〜80%にも達します。また、寒天は、多量の水分を吸い体積が増える上、ノンカロリーですから、健康食品やダイエット食品として格好の素材です。企業がこれに目を付け最近の寒天ブームにつながっているのです。

3つ目は、上記2つの性質を合わせた利用の話。近代細菌学の父といわれるコッホ(独)は、1881年に微生物の栄養培地にゼラチンを加え固めた固型培地により伝染病や特定の病気を引き起こす病原菌を純粋に分離する方法を考案しました。しかし、ゼラチンは28℃以上で溶解することと微生物に分解されやすい欠点がありました。一方、寒天は微生物が良く生育する35℃付近でも溶解せず、ほとんどの微生物に分解されないことから、ゼラチンの代わりに寒天が使われるようになりました。その結果、様々な病原菌や有用菌が純粋に分離できるようになり、微生物学は飛躍的な発展を遂げることになるのです。当然、寒天の国際的需要も高まり、戦前は日本の重要な輸出品のひとつだったのです。第二次大戦中には、国家戦略物質として輸出を禁止した時期もあったとか、寒天は本当に利用価値の高い物質なのです。数億の微生物群から、どうして目的菌のみを分離できるのか、興味ある人もいるでしょうが、その話は、いずれまた。

学びの素材はどこにでもあって、寒天1つで歴史、経済、文化、科学も学べますから、知識や経験はいつでも身に付きます。しかし、社会規範や良識を身に付けさせるには子供の時が重要。教育改革も結構ですが、学校教育のみに任せても無理です。“良心”を育むのは“両親”の務めですから…。

澄み渡る秋空、空気の美味しい季節となりました。そこで次号「酸素」につづく。

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