東京農業大学

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教員コラム

世界初の二母性発生マウスの研究に成功!!

2010年8月2日

応用生物科学部 バイオサイエンス学科 動物発生工学研究室教授 河野友宏農学博士

二母性マウスの誕生

哺乳動物の固体生産システム

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具体的な内容

  1. ほ乳類では、 「次世代の生産」という種の存続に、なぜ雌(卵子)および雄(精子)の両ゲノムが必要なのかという謎を解明。
  2. 雌雄のゲノム構成は同じであるが、決定的に違う役割を演じるように仕組まれている(ゲノムインプリンティング) 。
  3. 今回の二母性マウスの誕生の秘訣は、使用した2つの卵子ゲノムのうち、片方のゲノムのインプリンティングを雄型に改変したことにある。
  4. 鳥類までは雌のみで次世代を生産することが可能だが、おそらく哺乳類は長い進化の過程で、雄の存在を確保するための戦略として、このような仕組みを得たものと考えられる。
  5. この技術は、コピーを作成するクローン技術とは異なる全く新しい動物生産システムであり、将来優秀な雌を用いた家畜育種(生産)が可能となることが期待される。

詳細説明(補足説明)

要約

独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター(津賀幸之介センター所長)は、「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」における研究課題「生殖細胞のインプリント機構の解明と単為発生動物の開発」(研究代表者:東京農業大学 河野友宏教授)の研究成果として、哺乳動物ではこれまで困難と見なされていた単為生殖による個体発生に挑戦し、二母性マウスを誕生させることに世界で初めて成功した。この雌マウスは正常に発育して、正常な産子を分娩した。河野教授の研究グループでは、卵子形成過程で行われる後成的遺伝子修飾(ゲノミックインプリンティング)を改変して雌ゲノムのみを持つ胚を作成し、成功に結びつけた。このことから、哺乳類の個体発生においては、雌雄ゲノム間での役割分担を基調としたゲノミックインプリンティングが個体発生を完全に支配していることが立証された。また、この成果はインプリント遺伝子の機能解明に貢献するばかりでなく、新たな生殖システムによる個体生産技術として注目される。
本研究成果の詳細は、英国の科学雑誌「Nature」(○月○日号)に掲載される。

論文題目

Birth of parthenogenetic mice that can develop to adult;Nature 2004(○月○日号)
成長可能な二母性マウスの誕生 【研究の背景・ねらい】
哺乳類の個体発生には精子および卵子に由来するゲノムの両者が不可欠であるために、他の生物とは異なり単為生殖による個体発生は全く認められない。これは哺乳類では、主に雄ゲノムでのみ発現する遺伝子または主に雌ゲノムでのみ発現する遺伝子が存在するためで、これらの遺伝子はインプリント遺伝子と呼ばれている。それゆえ、雌ゲノムのみに由来する胚からは、主に雄ゲノムでのみ発現すべきインプリント遺伝子がほとんど発現せず、一方主に雌ゲノムでのみ発現するインプリント遺伝子が過剰に発現するため、正常な個体を誕生させることは全く不可能と考えられていた。

本研究では、未成熟な卵母細胞は、インプリント遺伝子に関して比較的精子に近い性質を有していることに着目し、この未成熟な卵母細胞に雄ゲノムの役割を担わせ、核移植技術を駆使して排卵卵子(これに本来の雌ゲノムの役割を担わせる)と組み合わせた胚を構築し、単為発生個体の生産を目指したものである。卵子のみからの単為発生胎仔の遺伝子発現を予備的に解析し、改変すべき候補遺伝子の探索(図2)を行った。その結果、未成熟な卵母細胞は、雄ゲノムに近い性質を有してはいるが、雄ゲノムで発現すべきIgf2(インスリン様成長因子II型)遺伝子等のいくつかの重要なインプリント遺伝子がほとんど発現しておらず(図2の青色の♀の部分)、これらの遺伝子を改変する必要のあることが示唆された。本研究では、インプリント遺伝子H19の欠損マウス由来の非成長期卵母細胞ゲノムを用い、この点を解決しようと試みた。

成果の内容・特徴

  1. 本研究では、核移植技術注4)およびH19遺伝子欠損マウスを用いて、卵母細胞形成過程における後成的遺伝子修飾が改変された胚を構築する技術を確立し、世界で初めて二母性マウスの生産に成功し、このマウスを"かぐや"と名付けた(図3)。
  2. 本研究が成功したキーポイントは、精子形成過程で発現制御を受けるインプリント遺伝子H19の欠損マウス由来の非成長期卵母細胞ゲノムを用いることにより、本来発現しないIgf2(インスリン様成長因子II型)遺伝子を雌ゲノムから正常に発現させたことにある。
  3. このマウスは、正常に発育して繁殖能力も備えており、雄と交配後正常に産子を分娩した。
  4. オリゴマイクロアレイ法による網羅的遺伝子発現解析の結果、インプリント遺伝子を含む広範囲の遺伝子発現が正常化していることが確認された。

成果の意義と今後の展望

  1. 研究の成果は、哺乳類における新たな個体生産システムにより有用動物の育種、および雌雄個体の選択的生産技術(雌雄の産み分け等、雌個体のみ又は雄個体のみを選択的に作成する技術)等のバイオテクノロジー分野の発展に貢献する可能性を示している。
  2. 生殖系列細胞におけるゲノムの機能獲得機構の解明に大きく貢献し、生殖細胞の高度利用に繋がる新しい視点を提供している。
  3. 体細胞クローンなどで発症している発生異常と後成的な遺伝子修飾の変化による遺伝子発現異常との関連についての解明に貢献する。
  4. 哺乳動物の個体発生に対する雌雄ゲノムの役割を解き明かすことに繋がるものと期待される。

用語集

単為生殖

有性生殖では、一般に卵と精子が受精して新個体が生じるが、雌が雄と関係なく新個体が生じる場合を単為生殖と呼び、昆虫、魚類、爬虫類等では自然状態においても観察されている。発生する卵に注目する場合は単為発生という語を用いる。卵になんらかの人工的な刺激、操作を与えて発生を進行させる場合、これを人為単為発生と呼ぶ。今回の二母性マウスの作成は、この人為単為発生の技術を用いたものである。

二母性マウス

卵子由来のゲノムのみを持つ胚で、マウスでは受精後約10日ですべて死亡する。最近の核移植技術の進歩により、様々な雌雄核の組み合わせが可能となった。雄核発生胚は、受精卵からの雌前核を除去あるいは除核未受精卵の体外受精により作出される。ゲノムインプリンティングを研究するための格好の材料となる。

ゲノミックインプリンティング

対立遺伝子が母親と父親のどちらから由来したかにより、遺伝子の発現量に著しい差異を認める現象で、配偶子の形成課程で遺伝子発現を制御する情報が刷り込まれる。DNAメチル化などのエピジェネティック(後成的)な遺伝子修飾が制御するものと考えられている。哺乳類において、単為発生胚が個体にまで発生しない理由は、この母親と父親由来のアレル間に決定的な遺伝子発現の違いがあるためと考えられている。

核移植技術

哺乳類では1984年にマウスで開発された技術で、顕微操作により割球の核あるいは生殖細胞を未受精卵あるいは受精卵へ導入することができる。胚のクローニングの他、様々な生殖細胞を構築することができ、核-細胞間の相互作用を検討することが可能。

Igf2(インスリン様成長因子II型)遺伝子

(インスリン様成長因子II型)遺伝子は、胎仔の成長を制御する主たる成長因子で、精子由来ゲノムの雄アレルから発現し、卵子由来ゲノムの雌アレルからの発現は認められないインプリント遺伝子である。胎仔では脳を除くほぼすべての組織で発現している。

インプリント遺伝子H19

主に雌ゲノムでのみ発現し、雄ゲノムではほとんど発現しないインプリント遺伝子。この遺伝子の発現により、Igf2遺伝子の発現が抑制される。雄ゲノムでは、H19遺伝子がほとんど発現しないため、Igf2遺伝子の発現が抑制されないものと推察される。

非成長期卵母細胞

胎仔あるいは新生仔由来の生殖細胞では、ゲノムインプリンティングが完了していない。核移植技術を用い、この時期の生殖細胞を卵核胞記卵へ核移植することにより、ゲノムインプリンティングが完了していないが、成熟した卵子を構築することが可能で、添付された図ではng (non-growing oocyte) と記されている。ゲノムインプリンティング改変卵子はng/fg(単為発生胚)と記載。

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