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クマバチから補酵素NADの合成能を欠損する自力では生育できない乳酸菌を発見 〜クマバチ属に共通のコア腸内細菌群を親子間で伝播・維 持する生態が判明〜

2023年7月3日

教育・学術

東京農業大学
理化学研究所

本研究成果のポイント

①   クマバチから、世界で初めて生命代謝に必須の補酵素NADの合成遺伝子を特異的に欠損する自力では生育できない微生物(乳酸菌)の発見・培養に成功した。
②   単独の雌バチが子育てをするクマバチ固有の生活環の中で、自力では生育出来ない乳酸菌を親子間で垂直伝播する未知の微生物伝播様式の存在が判明した。
③   本州:キムネクマバチ、タイワンタケクマバチ、沖縄:オキナワクマバチ(図1)の腸内細菌叢を解析し、3類のクマバチが14種類の新種からなる共通のコア微生物叢を持つことが判明(図2,図3)。そのうち5種の純粋培養に成功し、新属を含む3種の乳酸菌と2種のビフィズス菌を新種として提唱した。
④クマバチ属は、同じ花を訪花するミツバチやマルハナバチの腸内細菌とは分子系統が顕著に異なる、固有の腸内微生物叢を保持することが判明した。

研究の概要

 東京農業大学大学院 分子微生物学専攻 資源生物工学研究室を中心とする研究チームは、花と花を訪花する昆虫に共通に生息する嫌気微生物の研究を進める中で、クマバチ属には、同じ花を訪れるミツバチやマルハナバチとは分子系統が顕著に異なるコア腸内細菌群が存在することを発見し、2016年から7年間の調査を行いました。クマバチは、ミツバチと同じ花を訪花する花粉媒介昆虫ですが、集団で社会生活を営む真社会性昆虫のミツバチとは異なり、木や竹に穴を開けた巣の中で単独または少数の雌バチが子育てをする亜社会性昆虫の仲間です。日本各地のクマバチを採取し、その腸内細菌解析を進めた結果、その多くが培養困難な難培養性の微生物で構成されており、大学院生(当時)の森達則、小澤芳里、山本安里沙らを中心として無酸素培養や微生物培養液を培地に添加することで、一部の嫌気微生物の単離に成功しました。単離に成功した微生物の全ゲノム解析を行った結果、既知の微生物では報告例の無い、生命代謝に必須の補酵素NADの合成遺伝子を特異的に欠損する自力では生育できない微生物であることが判明しました(図4)。同じ花を訪花するミツバチの腸内細菌叢と比較解析をしたところ(メタ16S rRNA遺伝子解析)、クマバチに共生する腸内細菌種は分子系統が顕著に異なることから、クマバチ属は太古の昔から独自の腸内細菌叢を維持し、子孫に伝播・保持してきたクマバチ属固有の生態系の存在が明らかとなりました

参考図

図1 日本のクマバチ(本州:キムネクマバチ、タイワンタケクマバチ, 沖縄:オキナワクマバチ)

図2 クマバチの腸内細菌叢から検出された14種の新種(ピンク文字)とクマバチ固有の乳酸菌の分子系統樹。

図3 クマバチ属の腸内細菌叢とミツバチ腸内細菌叢を構成する細菌種の分布(メタ16S rRNA遺伝子解析)。同じ花に訪花する個体間の解析で、腸内細菌叢はハチの種類に依存する固有性を示した。

図4 単離した乳酸菌はNAD合成酵素を部分的に欠損する。A: 全ゲノム解析の結果、NAD合成遺伝子群のうちnadCEオペロンを欠損することが判明した。B: NADを培地に添加すると生育した。C: NAD添加では生育するが、中間合成物であるNMNやNA添加では生育できない。

■今回提唱した新属 Xylocopilactobacillus を含む5種類の新種の紹介
乳酸菌ラクトバチルス科(Lactobacillaceae)の3種
Xylocopilactobacillus:クマバチに特異的に分布するラクトバチルス科の新属。
Xylocopilactobacillus apis KimC2T:キムネクマバチ由来。偏性嫌気性、生育にNADを要求する。
Xylocopilactobacillus apicola XA3T:タイワンタケクマバチ由来。偏性嫌気性、生育にNADを要求する。
Lactobacillus xylocopicola Kim32-2T:嫌気性。ミツバチFirm-5と近縁種。 農大構内のクマバチから単離。
ビフィズス菌科(Bifidobacteriaceae)の2種
Bombiscardovia nodaiensis Kim37-2T:大気下で生育可能なビフィズス菌。農大構内のクマバチから単離。
Bombiscardovia apis KimH T 大気下で生育可能なビフィズス菌。

■NAD要求性を示す新属新種の微生物について
新属の2新種(Xylocopilactobacillus apisXylocopilactobacillus apicola)の全ゲノム解析の結果、NAD合成経路のnadCE遺伝子オペロンを特異的に欠損することが判明しました(図4)。16S rRNA遺伝子配列の相同性が既知種と97%未満が新種とされる分類指標において、本菌株は90%未満の配列類似性を示し、既知種とは顕著に進化距離が離れた微生物でした。ゲノムの大部分を欠損する微生物が昆虫に生息する例は報告されていますが、NAD合成経路のみを特異的に欠損する微生物種は報告例がありませんでした。

■総括
14種の新種群は2016年から経年的に採取したクマバチ属内種に共通して存在し、かつ本州と沖縄と地理的に離れた地域に生息する別種のクマバチ属も共通に保持することが判明しました。このことは、自力では生育できない固有の乳酸菌種が、太古の昔からクマバチ固有の生活環の中で伝播・維持されてきた歴史が、分子系統解析の結果からも推定されます。単離した微生物は花の蜜を代謝する能力に優れることが示唆されており、今後はその生理解析と共に、未培養成功株の培養株の取得が望まれます。

<研究体制>
東京農業大学 生命科学研究科 分子微生物学専攻 資源生物工学研究室
川﨑 信治(教授)、小澤 芳里(元大学院生)、森 達則(元研究員)、山本 安里沙(元大学院生)、伊藤 翠子(大学院生)
理化学研究所 バイオリソース研究センター 微生物材料開発室
坂本 光央(専任研究員)、大熊 盛也(室長)
東京農業大学 生物資源ゲノム解析センター
松谷峰之介(准教授)

<謝辞>
 本研究の一部は文部科学省JSPS科研費(19K07564, 22K07058)、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(S1311017) の助成を受けて実施しました。

<発表雑誌>
タイトル:Symbiosis of carpenter bees with uncharacterized lactic acid bacteria showing NAD auxotrophy
(日本語訳:クマバチはNAD要求性を示す未知の乳酸菌と共生する)

著者:Shinji Kawasaki1, Kaori Ozawa1, Tatsunori Mori1, Arisa Yamamoto1, Midoriko Ito1, Moriya Ohkuma2, Mitsuo Sakamoto2, Minenosuke Matsutani3
1: 東京農業大学生命科学研究科分子微生物学専攻 2: 理化学研究所バイオリソース研究センターJCM  3:東京農業大学生物資源ゲノム解析センター

掲載誌:

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