研究成果「有機分子触媒によるエナンチオ選択的酸化反応の開発」 | 分子生命化学科 有機合成化学研究室 斉藤 竜男 准教授、矢島 新 教授ら
2025年8月7日
教育・学術
有機分子触媒によるエナンチオ選択的酸化反応の開発
発表者
稲山 拓真(東京農業大学 生命科学研究科 博士後期課程 1年、JST SPRING)
織茂 光稀(東京農業大学 生命科学研究科 博士前期課程 2年)
小田木 陽 (早稲田大学 先進理工学部 講師、研究当時:東京農業大学 生命科学部 助教)
矢島 新 教授(東京農業大学 生命科学部)
斉藤 竜男 准教授(東京農業大学 生命科学部)
発表のポイント
1. 1-ナフトール類の高エナンチオ選択的かつオルト位選択的な酸化的脱芳香族化反応の開発に成功し、従来法と比べて大幅に合成効率が向上した。
2. 開発した反応はレアメタルや希少元素を必要としない環境負荷の少ない反応であり、持続可能な物質変換技術として期待される。
3. 開発した反応を用いて、B 型肝炎ウイルス活性を持つvanitaracin Aの骨格構築に成功し、芳香族ポリケチド天然物合成への応用可能性を実証した。
研究内容
本研究では、芳香族化合物である1-ナフトール類を対象に、触媒的、エナンチオ選択的な酸化的脱芳香族化反応の開発に成功しました。芳香環の脱芳香族化反応は、分子骨格に大きな変換をもたらす反応として有用です。発表者らは、キラルイミニウム塩を有機分子触媒として用い、酸化剤mCPBA (メタクロロ過安息香酸) と反応させることで、反応系中にキラルオキサジリジニウム種を発生させ、1-ナフトールのオルト位に位置選択的かつ高エナンチオ選択的な酸化的脱芳香族化反応を実現し、最適条件下では最大94%の収率と99%のエナンチオマー過剰率(ee)を達成しました。本反応は多様な基質に対しても高い選択性と汎用性があることが実証されました。
また反応の立体選択性の起源を明らかにするためDFT (密度汎関数理論) 計算を行ったところ、触媒のビナフチル構造が空間的制御において重要な役割を果たしていることを突き止めました。この結果は、有機分子触媒反応における触媒設計における重要な指針を示すものであり、今後新たな反応開発への展開が期待されます。
さらに、本手法の実用性を示すために、抗HBV(B型肝炎ウイルス)活性を示す天然物vanitaracin Aの骨格構築を、本反応を用いて効率的に合成することができました。これにより複雑な構造を持つ芳香族ポリケチド天然物の迅速かつ効率的な合成が可能であることを示しました。
今後の展望
本研究成果は、脱芳香族化反応の新たな展開を示すと同時に、レアメタルや希少元素を一切使用しない環境負荷の少ない基盤技術として、医薬品やファインケミカルの合成への広範な応用が期待されます。これにより、複雑な天然物合成がより効率的に行えるようになるだけでなく、有機分子触媒を用いた新たな分子変換技術の開発が期待されます。
論文情報
タイトル:Catalytic Enantioselective Oxidative Dearomatization of 1-Naphthols Using Chiral Iminium Salts
著者:Takuma Inayama, Kouki Orimo, Minami Odagi, Arata Yajima, and Tatsuo Saito*
掲載誌:ACS Catalysis
添付資料
謝辞
本研究は、東京農業大学大学院先導的実学研究プロジェクト、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム (SPRING)、日本学術振興会 科学研究費助成事業 (科研費) のご支援により実施されました。