東京農業大学

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教員コラム

東京農大・東日本支援プロジェクト3年間の経験を伝えるその2復興支援活動を展開する時の留意点

2014年6月1日

国際食料情報学部国際バイオビジネス学科 教授 門間 敏幸

 前号では、"震災発生時から支援組織結成までの対応"と題して、東日本大震災発生を受けて復興支援のためのプロジェクト組織を結成して、具体的な支援活動を展開するまでの望ましい対応のあり方を、東日本支援プロジェクトの経験を踏まえて総括した。
 今回は、実際に復興支援活動を展開する場合の留意点について、これまでの経験に基づいて総括する。

 

1.問題意識を統一して着実に実践

 問題解決型プロジェクトの実践において一番大切な事は、結成された専門家チームが共通の問題意識を持つことである。具体的には、プロジェクトに参加したメンバーが「何をしなければならないのか」「何ができるのか」「どのように行うのか」に関して意識統一を図ることが大切である。そのため、「百聞は一見にしかず」の諺にあるように、現地の被災状況を体全体で感じるための共同調査が不可欠である。こうした共同調査によって、それぞれの研究者の問題意識と解決すべき課題を明確にすることができる。また、常に現場の問題解決を優先するという実学思想の体得・実践のためにも必要である。
 なお、厳しいことであるが、こうした問題解決型プロジェクトにおいては、現場から要請された課題解決に失敗は許されないという現実がある。そのため、通常の研究のようにいきなり困難なことに挑戦するのではなく、専門家チームの得意分野でこれまでの研究蓄積がある課題から手を着け、確実に成果を上げていくことが重要である。東日本支援プロジェクトに参加した土壌肥料チームの場合は、土壌診断による正確な土壌被害情報の提供が、農業経営チームの場合は、被災農家の経営被害の実態把握と営農再開意欲調査が、森林対策チームの場合は、林木の放射能汚染実態の調査が最大の武器となるとともに、正確な調査結果の農家・関係機関へのフィードバックが大きな信頼を獲得する最大の原動力であった。

 

2.学生・大学院生の貢献

 現地での支援活動をスムーズに展開するとともに、被災農家の協力体制を獲得する上で研究支援を行う学生・大学院生の果たした役割は極めて大きい。プロジェクトでは、農業復興の支援に限定して学生・大学院生を募集して1週間前後という、通常のボランティアに比較して長期間の支援活動を被災農家の要請に応じて派遣した。農家から学生・大学院生の派遣要請があったのは、津波で被災したイチゴハウスの復旧、イチゴ生産再開のための栽培面での支援、津波で自宅と農業機械を失い作業が出来なくなったナシ専業農家の摘果作業の支援などである。これらの支援活動には留学生も参加し、厳しい農作業に汗を流し、迅速な復旧に大きな貢献を果たしてくれた。こうした学生・大学院生の活動は、地域の農家に広く知られることになり、東京農大の相馬復興支援プロジェクトが一過性の研究活動ではないということが広く相馬の農家に理解される契機となった。東京農大の相馬復興支援プロジェクトが農家に好意をもって受け入れられた背景には、こうした学生・大学院生の活動があったといっても過言ではない。
 また、各専門家チームは、多くの学生・大学院生を研究実戦部隊として現地に派遣した。これらのチームに参加した多くの学生、大学院生は、津波被害・放射能汚染などの過酷な環境の中での作業に弱音を吐くことなく、明るく、礼儀正しく、意欲的に活動を展開し、研究推進場面だけでなく、被災地に明るい雰囲気をもたらすという点でも大きな貢献をしてくれた。右上の文章は、土壌肥料チームの活動に参加した佐々木三郎君(大学院研究生)の感想を抜粋したものである。彼らの強い使命感と緊張感が伝わる文章である。詳細は、引用文献1)を参照されたい。

 

3.現地報告会を重視

 東日本支援プロジェックトの主要成果については、学内での報告会や新・実学ジャーナル、さらには学術雑誌や学会シンポジウム、各種講演会、新聞・雑誌などで広く取り上げられ、実学視点からの東京農大の震災復興プロジェックトの効果、重要性については広く知られている。こうしたプロジェクトの主要成果と成果の発信状況については、引用文献1)を参照していただければ幸いである。
 ここではプロジェクト成果の発信で我々が最も重視した現地報告会の重要性と開催のポイントについて報告する。

(1)現地報告会の重要性について
東日本支援プロジェクトでは、プロジェクトの計画段階から現地での活動成果の報告会を開催することを重視していた。その理由は、以下のとおりである。

 また、現地での復興支援活動を展開する中で、かなり多くの農家から「これまでたくさんの研究者が来て調査を実施していったが、そのほとんどは調査結果を我々に返してくれない。我々は、単なる研究材料なのか」「多くの研究者が次から次へと来て、その対応だけに多くの時間を取られ何もできない」といった不満の声を聞いた。未曽有の災害を研究素材として取り上げて後世に残る学術的な成果を実現することは確かに重要なことであるが、被災した人々の営農再開上の問題を迅速に解決する方法を開発して被災農家にフィードバックすることの方がより重要で緊急性を有する。東京農大の東日本支援プロジェクトでは、後者の道を選択し、その手段として現地での研究成果報告会の開催を重視した。

(2)現地報告会開催のポイント
 現地報告会の開催で一番重要なことは、多くの被災農家、関係機関に集まってもらうことである。東京農大の現地報告会はいずれの年度も相馬市で開催し、2011年度は300人、2012年度280人(相馬市内と玉野地区の2カ所で開催)、2013年度(130人、大きな会場が確保できず防災備蓄倉庫で開催したため人数制限をした)と多くの農家が参加した。我々の経験から、多くの農家に報告会に集まってもらうためのポイントは、次のように整理できる。
1)日頃からの農家・関係機関との信頼関係を構築する──その基本は、農家のニーズに従った研究の実施。支援要請があった場合は何はおいてもかけつける、集落座談会などへの積極的な参加、研究成果の農家・関係機関への日常的なフィードバックにあると考える。
2)興味深い報告内容の選定と広報──農家に興味をもってもらえる報告とタイトルの選定。ここでは、被災農家が現在、関心をもっている報告内容を選び、わかり易いタイトルをつけることが大切である。また、広報に当たっては、被災農家全員に情報が行き渡るようにすることが重要である。我々の場合は、市役所、普及センター、農協などの目につく場所にポスターでの広報を行い、農家個々にも開催案内を配布するとともに、農業復興組合などの農家組織への情報提供の徹底を市役所の協力で実施した。
3)報告会で農家から出た意見や支援要請に迅速に対応する──報告会で農家から出された意見や要望をただ聞くだけでなく、できる限り迅速に対応することが重要である。震災からの復興方法は、被害の実情に従って多様であるにもかかわらず、国や県の対応は一律に行われ、農家にはさまざまな不満が渦巻いている。こうした意見が報告会では参加農家から出されることが多いが、決して無視してはいけない。

 

私の担当は主に土壌分析でした。毎月相馬市へ調査に向かい、津波を被った農地の土壌を採取し、研究室に持ち帰り土壌中の塩分や養分などを調べました。自分が出したデータが、現地での復興支援活動に使用されることに恐怖心のようなものを感じました。もし誤りがあれば取り返しのつかないことになるかもしれません。ですから、1回1回の分析が真剣勝負でした。しかし、間違いなく農家の方の役に立つものになる自信はありましたので、そういった意味では非常にやりがいのあるものでもありました。現地での復興対策試験が進むにつれ、不安も募っていきました。もしもうまくいかなかったら、「やっぱりやらなきゃよかった」と、農家の方に言われるのだけは避けたかったです。2012年5月に田植えを行ってからの1か月程は不安な日々を送りましたが、6月にはしっかりと根付いた稲を見ることができ安心しました。-----途中省略-----そして収穫の9月、風になびく稲穂の、あの美しい光景を私は一生忘れません(土壌肥料チーム 佐々木三郎)。

 

引用文献
1)東京農業大学・相馬市編(2014.3)『東日本大震災からの真の農業復興への挑戦』ぎょうせい

写真1 第1回現地共同調査(2011.5.1)での土壌調査風景
写真2 津波で1階部分が流された被災住宅での農家調査風景(2011.5.1)
写真3 津波で被災したハウスの復興に汗を流す学生たち(後藤教授提供)
写真4 放射能測定に参加した学生たち
写真5 大雪の中で行われた玉野地区での報告会


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