東京農業大学

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教員コラム

絶滅種二ホンカワウソの進化史を明らかにする

2016年6月1日

農学部バイオセラピー学科 教授 佐々木 剛

ニホンカワウソとは

 ニホンカワウソは古来より日本の河川に生息していたカワウソ亜科動物の一種である。本種は1920年頃までは本州、四国、九州、北海道に広く生息していたが、明治・大正期の毛皮を目的とした乱獲、昭和期の経済発展に伴う河川環境の変化などによって生息数を減らし、1979年に高知県で確認された個体を最後にその生存を証明する報告はない。2012年、環境省はニホンカワウソの絶滅を宣言した。
ニホンカワウソはあくまでも日本に生息するカワウソに対し用いられた呼称であり、分類学的には日本固有種としての扱いに議論が繰り返されてきた。
最初にニホンカワウソを科学的に分類・記載した人物はGrayである。1867年、彼は本種を大陸に生息する近縁種であるユーラシアカワウソ(Lutra lutra)の亜種L. l. whiteleyiとして分類した。つまり、ニホンカワウソはユーラシアカワウソとさほど目立った違いの見られない亜種として報告されたことが始まりである。
その後、1989年に国立科学博物館の元動物研究部長、今泉吉典氏(元東京農大客員教授)と元動物研究部動物第一研究室主任研究官、吉行瑞子氏(元東京農大教授)はニホンカワウソ15個体の頭骨を用いて分類の再検討を行った。
その結果、本州と四国に生息したニホンカワウソには頭骨の形態にユーラシアカワウソと明確な差異が存在することから独立種L. nipponとして扱うことを提唱した。このImaizumi and Yoshiyuki (1989)によるニホンカワウソを独立種とする提言はEndo et al. (2000)による標本の追加解析でも指示されている。
さらにSuzuki et al. (1996)はニホンカワウソの剥製からミトコンドリアDNA(mtDNA)の部分配列(224塩基対)を決定し、ヨーロッパ産、中国産のユーラシアカワウソと分子系統解析を行った。その結果、ニホンカワウソは大陸に生息するユーラシアカワウソとは遺伝的に分化した日本独自の系統である可能性が示唆された。しかしながら、このSuzuki et al. (1996)による解析では解析に用いたDNA配列が少ないことが課題としてあげられる。
以上のように、ニホンカワウソがユーラシアカワウソから遺伝的にも形態的にも分化した独立種である可能性が述べられているにもかかわらず国際自然保護連合(IUCN)レッドリストでニホンカワウソ(L. nippon)はユーラシアカワウソのシノニム(異名)として扱われ、さらなる研究が求められると付記されている。このように日本人にとって非常になじみの深いニホンカワウソも科学的にはその存在すら認められていない現状がある。


科学技術の革新がもたらした研究展開

 前述に示したようにDNAは生物の違いを推し量る重要な指標となる。DNAを用いた系統分類学的研究は1990年代から急速に発展し、数多くの知見を人類にもたらした。チンパンジーがヒトに最も近縁な生物であること、人類はアフリカに起源を持つこと(出アフリカ説)などがその代表的な発見といえる。
DNA研究の重要性が増すに連れてその解析技術も発展を続けている。近年登場した次世代シーケンサーはごく微量のDNA試料から塩基配列を決定することを可能にし、これまで技術的に難しかった絶滅生物の遺伝子解析への道がひらけた。そこで我々の研究グループはニホンカワウソの剥製標本に残された微量の肉片組織からDNAを抽出し、次世代シーケンサーを用いてmtDNAの全長配列(約16,500塩基対)を決定し分子系統解析を行うことにした。この解析によってユーラシアカワウソとニホンカワウソの遺伝的類縁関係が明らかとなり、ニホンカワウソの分類に重要な知見をもたらすことが期待された。
本研究の解析には1915年に神奈川県城ヶ島で捕獲され、その後、毛皮にされた個体(JO1)と1977年に高知県大月町で捕獲され、剥製にされた個体(JO2;図1)の合計2個体のニホンカワウソを用いた。JO1個体では毛皮の手の部分にわずかに残され乾燥していた肉片を採取し、JO2個体からは手の肉球の内側の組織を10mg程度削りだしてDNAを抽出した。
近年さまざまな絶滅動物の遺伝子解析が報告されるようになったが、その成果は一部の限られた研究グループによるものである。それは、この手の研究が高度な技術を必要とする現状を物語っており、本研究の遂行にあたっては東京農大に拠点を置く生物資源ゲノム解析センターによる支援が大きく貢献した。そうした高度な技術支援のもとで我々はニホンカワウソ2個体のmtDNAゲノム全長配列を決定することに成功した。


ニホンカワウソの系統分類

 ニホンカワウソ2個体とユーラシアカワウソ6個体のmtDNAゲノム配列データに基づき分子系統解析を行い、系統類縁関係を評価した(図2)。その結果、神奈川県産JO1個体はユーラシアカワウソ6個体とともに共通の祖先から進化した系統を示す単系統群を形成し、その中でも中国の系統に近縁である可能性が示唆された。つまりJO1は遺伝的にユーラシアカワウソと同種であることが示された。
一方、高知県産JO2個体は上述のユーラシアカワウソ単系統群とは異なる系統として示され、JO2だけで独立した系統を形成した。これによりJO2はユーラシアカワウソとは遺伝的に異なる別亜種もしくは別種として分類すべき系統であることが示唆された。系統解析から同じニホンカワウソでもJO1とJO2で進化的由来の異なる系統であることが本研究によって明らかになった。
次にJO1とJO2それぞれの系統が遺伝的に分化した年代をDNA配列から推定した(分子分岐年代推定)。推定された分子分岐年代はそれぞれの系統が進化の過程で独自の道を歩み始めた時代を表す。つまり、独自の道を歩むということは遺伝的な交流が失われたことを意味し、やがてそれぞれの系統は異なる種へと進化していくのである。JO1は近縁な中国の個体と約10万年前に分岐し、日本列島に渡ってきた系統と推定された。
しかし、この年代の日本への陸上哺乳類の侵入を示唆する研究は他に見当たらない。そのためこの個体の進化史には検証の余地が残されている。また、我々はJO1に関して大陸からの人為的な持ち込みの可能性も考慮している。JO1の捕獲された神奈川県城ヶ島付近は古くから遠洋漁業の基地として栄えた地である。大陸の港に寄港した際に積み込まれ連れてこられた個体が日本で野生化しその後捕獲された可能性は否定できない。
一方、JO2はJO1を含むユーラシアカワウソの系統と約127万年前に分岐したと推定された。およそ127万年前は前期更新世で日本列島と大陸は陸橋で地続きになっていたことが地質学的にも示唆されている。この時代にゾウの仲間の絶滅種トロゴンテリーゾウが日本に渡ってきたことも化石記録から示唆されている。以上の事実を踏まえるとJO2の系統はこの時代に陸橋を渡り日本列島に侵入し、その後日本で独自の進化を遂げた系統の子孫と考えられる。


ニホンカワウソ研究の今後の展望

 本研究はニホンカワウソと呼ばれる動物に2つの異なる系統が存在することを示した。しかしながら、それぞれの系統で1個体ずつの標本しか解析していないため検証の余地を残している。特に神奈川県産のJO1は日本国内に類似した進化史をもつ陸上哺乳類も見当たらないことから、その由来が不明である。今後、より多くのニホンカワウソ試料を解析に用い、集団レベルで遺伝的多様性を評価することによって本種の進化史が明らかになると期待される。

図1 高知県で1977年に捕獲されたニホンカワウソの剥製標本。所蔵:高知県立のいち動物公園。
図2 ミトコンドリアゲノム配列に基づき推定されたニホンカワウソおよびユーラシアカワウソの系統関係と分子分岐年代。横軸に地質年代を示す。系統解析の外群にラッコを用いた。



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