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ニュースリリース

「記憶能力を向上させる新たな分子メカニズムの発見?世界で初めて 万能の記憶力を示すマウスを開発?」喜田 聡 教授(バイオサイエンス学科)

2011年6月27日

教育・学術



「ジャーナル オブ ニューロサイエンス」誌に論文を発表


【概要】
東京農業大学バイオサイエンス学科 喜田聡教授 らは、CREB 遺伝子の働きを強めたマウスを開発し、この遺伝子操作マウスが著しい記憶力の向上を示すことを明らかにしました。
この解析を通して、この遺伝子活性化により記憶能力が向上する新たな分子メカニズムの発見に至りました。以上の研究成果は、認知症の治療など、記憶障害を示す疾患の治療薬開発に応用されることが期待されます。
この成果をまとめた論文が、米国の科学雑誌『The Journal of Neuroscience』に、2011 年6 月15 日、冊子及びオンライン版に発表されました。


Vol.31(24):8786-802
Upregulation of CREB-Mediated Transcription Enhances Both Short- and Long-Term Memory.



【研究内容】
背景)
記憶能力を向上させることは人類にとって一つの夢であると言えます。
記憶は保持される時間で、数時間程度の短期記憶と最大一生続く長期記憶に分けられます。短期記憶が長期記憶に変換されるには「固定化」と呼ばれるプロセス(反応)が必要となります。固定化の過程で、脳内に遺伝子発現が誘導され、神経可塑的な変化が起こり、記憶が保持されると考えられています。これまでに、転写因子CREB 遺伝子の機能を阻害した遺伝子操作マウスは長期記憶に障害を示すことから、CREB が固定化に必須であることが明らかにされていました。しかし、CREB の機能を強化した場合の記憶能力に対する影響は未だ不明です。
そこで、本研究では、CREB が、本当に、記憶固定化の制御因子であるのならば、CREB の機能を高めれば記憶能力が向上するはずであると考え、遺伝子操作マウスを
新たに開発して、この仮説を検討しました。


研究手法と結果)
CREB は133 番目のセリン残基(S133)をA キナーゼ(PKA)やカルシウムカルモジュリン依存性キナーゼIV(CaMKIV)にリン酸化されることで活性化型となり、標的遺伝子群の転写活性化を誘導します。本研究では、S133 周辺に変異を加えた活性化型CREB変異体(Y134F 変異体あるいはDIEDML 変異体)を記憶中枢である前脳領域に発現させた遺伝子操作マウスを4種類作製しました。これらの遺伝子操作マウスの脳内では、CREB の標的遺伝子の高い発現が認められ、CREB の活性が高まっていることが明らかとなりました。さらに、遺伝子操作マウスでは、記憶形成の細胞モデルと考えられている海馬CA1 領域ニューロンの長期増強(Long-term potentiation; LTP)の向上が観察されました。
遺伝子操作マウス群の記憶能力を測定した結果、恐怖条件付け記憶、社会認識記憶、空間記憶などの種々の記憶課題において、遺伝子操作マウスは優れた記憶固定化能力を示しました。例えば、野生型マウスはある場所を記憶しても、1 ヶ月経過すると、別の場所と見分けがつかなくなってしまいますが、この変異型マウスは記憶直後と同じように見分けることができました。以上の結果から、この遺伝子操作マウスは記憶能力が著しく向上したスマートマウスであることが判明しました。
さらに、予想外の結果として、これらの変異型マウスでは30 分から2時間程度の短期記憶に関しても、野生型マウスよりも強い短期記憶を保持できることが明らかになりました。短期記憶の制御には、CREB による遺伝子発現は直接的に関与しないと考えられたため、この結果は意外なものでした。さらに、この原因の解析を進めた結果、この遺伝子操作マウスの短期記憶の向上は、CREB の標的遺伝子の一つ神経栄養因子BDNF の発現量が高まっていたためであることを突き止めました。また、更なる解析から、CREB とBDNF との相乗効果により、記憶能力がさらに高まることも判明しました。
以上の結果から、CREB の活性が高まると記憶固定化能力が向上するばかりではなく、下流遺伝子BDNF の蓄積量を増大させることによって、さらに高い記憶能力を産
み出すことが明らかになりました。これほどの顕著な記憶能力の向上を示すマウスは他に類を見ないものです。CREB は直接的、また、(BDNF の発現誘導を介して)間接的に記憶能力に広く影響を及ぼす遺伝子であることが明らかになりました。
本研究により、記憶能力向上を可能にするCREB-BDNF 情報伝達経路の実体が明らかになりました。このCREB-BDNF 情報伝達経路を標的にした創薬は認知症をはじめ
とする記憶障害を伴う疾患の治療に大きく貢献するものと思われます。
以上の研究成果は、科学研究費特定領域研究・分子脳科学、基盤研究(B)、戦略的創造研究推進事業CREST、武田科学振興財団などの支援を受けたものです。


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