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国際交流・留学

フランスでの緑地の使われ方、都市における緑と人のかかわり方をこの目で見ることができた

今井 さくら さん

留学先:フランス(海外短期留学)

地域環境科学部 造園科学科 3年(2012年時点)

今回私がこのフランス短期留学プログラムに参加した目的は、フランス、特にパリでの緑地の使われ方、都市における緑と人のかかわり方を実際にこの目で見ることだった。

ナポレオン3世の命令により、セーヌ県知事であったオスマンが技術士アルファンらと計画し改造していった都市であり、今や流行を発信する世界有数の大都市であるとともにその景観の美しさも世界に知られているパリ。そこに都市における理想的な緑と人のかかわり方や景観があるのだろうとずっと思っていた。

全日程13泊14日の中でパリに行けたのは2日間だった。滞在2日目の自由時間に念願だったビュットショーモン公園に行くことができた。この公園は、パリ大改造の際に技術士アドルフ・アルファンが設計し、造成に3年の期間をかけ1867年に完成した公園でパリ市北東に位置している。一人で行こうとしていたところ、ボーベラサールで英語を教えているマーティンがパリの交通機関は分かりづらいだろうとわざわざついて来てくれることになった。

公園まで向かうバスの中でマーティンが、これから向かうビュットショーモン公園やその付近は観光地の中心からは外れていて地元のパリ市民の生活の場という雰囲気が強い地区だと教えてくれた。確かにバスから見る街並みの景色は、乗り込んだセーヌ川付近からパリ市庁舎を通りサン・マルタン運河を通り過ぎる頃には、アパルトマンの窓に洗濯物が干してあるような大分落ち着いた雰囲気のものに変わっていた。

着いたバス停の近くの公園の門は正門ではなかったようで、最初に入っていった公園の印象は今思うと大分地味だったかもしれない。マーティンの案内でマツが茂った坂を上っていくと見晴らしの良い場所に出たがそこもまだ傾斜地の中腹で、道の片側が一面芝の下り坂になっておりその先に針葉樹、落葉広葉樹など色々な樹種が混ざった林があり更にその遠方にパリの街並みが見えていたため、すでに大分高い地点にいることがこの時分かった。

更に道を進むと、昔ここから飛び降り自殺をした人がいるということからその名がついた、通称"自殺者の橋"があり、その先へ行くとこの公園で最も高い地点にある展望台へとたどり着いた。ガイドブックによると50mの高さがあるらしい。周囲を池で囲まれた島のような形をしており、園内を見渡せるだけでなく西の方角にはサクレクール寺院の姿も見ることができた。

ここは元々昔石膏を採掘する石切り場として使われていた場所で、採られた石膏はパリのアパルトマンにも使われたそうだ。その後処刑場、屠殺場、汚物処理場といった施設が次々と造られ、ここに住もうとする人を望めなくなった末、当時のセーヌ県知事オスマンが公園を計画したという背景があった。

更にこの公園の起伏に富んだ地形は、公園として整備されたときに千人の労働者と百頭の馬を駆使してつくり出された人工的なもので、その際大量のコンクリートが使われたがこれは当時パリで最も初期のコンクリートの利用であったということが日本に帰り調べてみて分かった。

この公園を歩いてみて一番に感じたのは、やはりその地形の高低差を利用した景観の多様さだった。園内の高い位置の園路を歩いていると、少し遠くの様々な種類の木の葉の色や質感が各々異なった様子を見せ、多様なみどりが見る人の目を楽しませてくれる。またそういった高い地点では遠くパリの街並みや下に広がる池や園内をめぐる曲線の園路を"見下ろ"し"見渡"す景色が楽しめるが、園路を下り一番下の地点まで降りると今度は広々と広がる湖や芝生地が"見通"せ、さらに上を"見上げ"ればさっきまでいた展望台や橋が迫力の眺めをつくり出す。

今まで私が日本で見てきた公園は横の広がり(広さ)によって景観に変化をつけた公園がほとんどだったため、このように縦に高さをもたせることで多様な景観をつくりだしている公園は極めて新しく感じられ、またその高低差によってつくられた山、滝、川、湖、洞窟といった公園の構成要素が都市の公園の中に存在するということも特異で面白いと思った。

今回の短期留学プログラムの中では、このビュットショーモン公園の他にもフランスの庭園、農業景観を直に見、そこでどうフランスの人たちが生活しているのかといったことまで知ることが出来た。本当に貴重な体験だった。この経験を自分の中で大切にしながら、日本の都市における緑地の在り方や人との理想の関係、延いてはライフスタイルについて考える時の重要な自分のデータとして生かしていきたい。

また最後になったが、現地ではボーベラサールの学生アレックス、テオ、マチルダ、オリビアやサラを始め、学校スタッフのモッドさんやマーティン、更には毎日ご飯を作って下さった食堂の方々など、本当に多くの方々の温かな協力によって安全に14日間を過ごすことが出来た。心からの感謝とこれからも変わらない友情の気持ちを伝えたい。

Merci mille fois!

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