花咲かじいさんは煙を使った?
フラワーアレンジメントやミニブーケの流行で、「花」市場は活気にあふれ、さまざまな種類の花が咲き誇ります。そんな中、季節外の花も見かけることも多いですね。これはいったいどうやって栽培するのでしょうか?
農学部農学科の今西英雄教授が、開花時期の調節について語ってくれます。
季節ごとに私たちの目を楽しませてくれる花々。こうした花々の中でも、観賞用の花全般のことを花卉(かき)といいます。チューリップ、ユリ、スイセンといえば、球根から花を咲かせる花卉として有名ですよね。こうした花卉は、野に咲く花の中から、めずらしいもの、新しいものがやがて人の手で栽培されるようになったという歴史をもっています。さて、その花卉が毎年決められた季節に花を咲かせるのはいったいなぜだと思いますか?
温度で支配!!
開花時期が決まっているのは、実は温度によって支配されているからなのです。たとえば、春の代表的な花チューリップは、日本では4月〜5月の限られた時期が開花期とされています。開花時期が終わった後のチューリップの球根は、8月初めにはすでに翌年咲くための用意をしています。これは花芽と呼ばれていますが、球根の中で来春咲く花や茎、葉のすべてが揃った状態になっているのです。
しかし、これらの花芽ができていても、冬の低温という刺激を受けて休眠が破られなければ、開花しません。低温に関係なく暖かくなれば早く咲くニホンズイセンのような例外を除けば、ほとんどの春の花が、この冬の低温刺激を必要としています。
コールドスリープ!?
イギリスのダイアナ元皇太子妃が亡くなった時、宮殿の門塀には、たくさんの花々が供えられたのを覚えていますか?
その中には、彼女が好きだったという白いチューリップも見られました。亡くなったのは8月なのに、です。しかしヨーロッパでは、こうした葬礼時はもとより誕生日などの記念日に、その人の一番好きな花を贈る習慣があります。ですから、1年中好きな時に好きな花が手に入るよう栽培する必要があるのです。特にチューリップで有名なオランダではその技術が進んでいます。
日本はどうでしょうか。チューリップは本来、暑さに弱く日本では長持ちしないとされ、残念ながら夏にチューリップを見る機会はあまりありません。
しかし、8〜9月に冷蔵して低温刺激を与えることで、開花時期を11月まで早めることはできるのです。
また、ユリの切り花栽培では、球根の氷温貯蔵で必要に応じて開花させることができます。これは保存するときに球根を包むピートモス(※)だけを凍らせる方法です。この方法で貯蔵した球根を、温室に植え付ければ2〜3ヶ月後に開花するので、1年中ユリを咲かせることが可能です。
ちなみにオランダで1年中チューリップが見られるのは、ユリと同じように氷温貯蔵しているからです。夏でも日中の温度が30℃を越えることがなく、夜には18℃くらいになるから栽培できるのです。日本では、栽培はできても小売店で何日ももちません。もっとも北海道ならば、オランダに近い気候なので、長持ちさせることが可能です。
本当にいた?花咲かじいさん?
「灰をまいたら花が咲いた」というのは、花咲かじいさんの話です。灰で花を咲かせるなんておとぎ話と思われるしょうが、これが当たらずとも遠からず。灰で花をすぐに咲かせるのは無理ですが、実は煙で開花の時期を早めることは可能です。
これは、今から100年以上も前に、大阪府和泉市の桑原地区で発見された技術です。この地区の農家で、ニホンズイセンや黄色の房咲きスイセンの球根をかまどの上に吊したり、風呂のある納屋に貯蔵していた家では、スイセンが早く咲くことに気づいたのです。これは、煙の中に含まれるエチレン(植物の生育を、微量で促したりおさえたりする植物ホルモン)の作用で、煙草の煙でも可能です。そしてこのエチレンは、花をつけることのなかった小さな球根にも効果があるのです。
スイセンは1月が本当の開花時期です。しかし、桑原地区ではこのくん煙処理で、正月に好まれるスイセンをどこよりも早く12月に咲かせました。そのおかげで利益をあげることができたのです。
ただし、煙は長時間あてると逆効果。花によって効果の有無もありますし、最適処理時間も異なります。スイセンの場合は1日6時間でストップさせなければなりません。桑原地区でも、煙をあてすぎたために、一時期開花しなくなったことがありました。
このような技術を研究するには、まずは消費者のニーズをよく調べ、また生産農家に実際に行って実例を聞くことが必要です。好きな時期に好きな花を咲かせる。そのための技術を探るのもまた、農学のおもしろさです。
※ミズゴケが堆積してできた泥炭。透水性・保水性がよく、園芸用資材として利用する。 |