ランドスケープ資源・植物分野 造園植物・樹芸学研究室
私達の生活は、様々な生物によって支えられている。なかでも植物の生理・生態・形態的機能による環境調節機能は大きい。私達の研究室では、造園植物の特性や役割等を調べ、生物学的視点から生活環境づくりを究明している。例えば、里山の希少種の保全のための効果的な維持や管理、サクラやユリ科植物等の園芸種の特性分析、繁殖・生理・生態学的な特徴からみた雑草等を含む草本植物の利用や管理、樹木医の視点による巨木・老木の保護について、野外調査や実験により探求している。また、造園植物の時代背景、文化等の社会的調査も実施し、これらを次代に継承するための環境教育も行っている。生活の中の植物を自然科学の視点で捉え、生物(植物・動物)と人との豊かな関係の構築を目指す。
KEYWORDS
樹藝、樹木医、植物分類、里山、土壌環境、サクラ、植栽管理、希少種
生物に支えられている私達の生命
現代人は,私達の生活が植物や動物などの様々な生物によって支えられていることを忘れています。例えば日常吸っている空気(酸素)は,植物から供給されています。いかにきれいな空気が大切なのかは,産業革命後の大気汚染問題によって世界中で理解されてきたはずです。衣食住でみると,衣は,かつて蚕による絹が主でした。今では化学繊維が一般的ですがこれも余剰生産や古着の処分で大きな社会問題になっています。改めて自然に返すことができる材料の開発も必要とされています。食は当然ながら動植物から得ていること,特に近年は,単位当たりに必要な水量の視点からも植物が有望とされています。また食べものだけでなく,食べものを包む材料も,かつては植物を使っていましたが,今や石油製品が普通になり,それがマイクロプラスチックによる海洋汚染などの問題になってしまいました。住については,建築では構造上,鉄筋・コンクリート構造物が避けられなかったのかもしれませんが,建てる時の高さを再考(制限)すれば,現代の技術でいくらでも木造建築の可能性があるはずです。さらに日本の都市は,元をたどれば多くが蚕糸業から発展しました。その他,薬,レクリエーション機能,運動機能などを考えると,全て植物,動物があってからこその私達の生活です。
私達の研究室では,植物の特性や役割等を,生物学的視点から究明します。巨木の分布や生育環境(樹木医),里山の希少種の保全と効果的な維持や管理,都市内緑地の生物多様性,緑地のあり方,植生と昆虫の関係,昆虫を指標とした生活環境・生物多様性,サクラやユリ科植物等の保全・利用,生理・生態学的な特徴からみた雑草等を含む草本植物の利用や管理の在り方について,野外調査や実験により探求します。また,植物の時代背景,文化等の社会的調査も実施し,これらを次代に継承するための環境教育も行っています。
これまでの成果
1. 早咲き性サクラの作出に関する研究
日本の国花であるサクラには400を超える品種(雑種)があるといわれています。しかし,近年はそのサクラもソメイヨシノばかりです。多くの品種(雑種)が枯死し,失われています。実際にサクラの雑種を作出,繁殖し,形態などを比較すると共に,よく知られているサクラの雑種(カワヅザクラやアタミザクラ等)の親種を遺伝子分析などによって調べています。
2. 巨木調査
全国のシイノキ(スダジイやツブラジイ)の巨木の分布を現地で調査すると共に,都内及びその近郊にみられる全種の巨木の調査を行ってきました。「東京には,自然がない」と思う一方,辛うじてその名残になるものを巨木にみることができます。またサクラの巨木を,一本桜とよんでいます。福島県や山梨県等の一本桜の生育場所とその形態,生育状態を観察,記録し,その生育場所の特徴などを把握してきました。倒木問題や落ち葉問題など,かつては大切に保護されてきた巨木も,今や邪魔者扱いの存在になることもあります。なぜ日本人は巨木を大切にしてきたのか?という課題にむかって,巨木の生育環境やその意義について調べています。
3. 樹木の生育に及ぼす土壌条件(樹木医)
樹木は,環境(光や土壌,温度等)が不十分であると,枯死したり,生育状態が悪化し,いずれは倒木や枝折れな どの大事故につながります。これらの樹木の生育に及ぼす生育環境条件に関する実験や調査を長年行ってきました。例えば,シイノキ(スダジイやツブラジイ)は,短期間(1週間程度)の根系部の滞水や,土壌物理性の悪化で枯死してしまうことを,現地踏査や実験によって明らかにしました。
4. 都市近郊の里山の絶滅危惧植物の保全
都市近郊の里山(二次林)には,近年絶滅したと思われる植物や,絶滅危惧植物が残っていることもあります。これらの植物の生活史(結実,散布,発芽,生長,開花,受粉)を把握し,生育を困難にしている原因を探り,実際に増殖しています。神奈川県川崎市早野梅ヶ谷特別緑地保全地区をフィールドとして,絶滅したと思われる植物や絶滅危惧植物の生態を調べ,保存活動を行っています。
5. 里山の昆虫
かつては,コナラ,クヌギを主としていた落葉樹林であった植生も常緑樹林になったり,モウソウチク林になったりしています。この植生の変化によって昆虫相がどのように異なってくるのか?林床植物を管理することによって昆虫相がどのように異なってくるのか?特にアオオサムシ等の歩行性昆虫や土壌動物に着目し,その調査結果を発表しています。
6. 緑地の植物の多様性
今や,地球上から多くの生物が失われ,その種数は日々減少しているといわれています。その大きな要因としては,都市化による緑地の減少があげられます。緑地が植物の種数をどれだけ担保できるのか?都市に残される自然の役割は何なのか?国際レベルで都市のあり方を考えています。中でも日本の財産(文化遺産)である庭園(大名庭園等)を支えている素材は植物です。都内でも貴重な植物がある庭園の他,公園を含む多様な緑地にどのような植物が残っているのか?等,現地調査を行っています。
7. 日本産ユリ科植物の種子繁殖に関する研究
広義ユリ科は,ジャノヒゲやヤブランの他,ホトトギスやギボウシ,キスゲ,ヤマユリ,ウバユリ,カタクリ,ヤマラッキョウ,ノビル,ニラ,バイモ,スカシユリ,オニユリ,ツルボ,チゴユリ,ツバメオモト,エンレイソウ,アマドコロ,ホウチャクソウ,サルトリイバラ,シオデなどが属す極めて幅広い植物の分類群です。これらの植物は,高山植物,二次林の林床植物,春植物としての観賞用の他に,食用,薬用としても多く利用されてきました。これらの植物を人為的に増殖するためにも,また自然界での繁殖を促すためにも,生活史(特に種子繁殖生態)を十分に把握する必要があります。これまで春植物としてのカタクリやエンエイソウ,ツバメオモト,ツルボ等の種子発芽習性を明らかにしてきました。
8. 外来植物の種子発芽
日本の環境で,外来植物はどのように繁殖しているのか? 種子発芽習性に的を絞り,室内実験によって分析しています。これまで, 20年に亘って発芽力を維持する能力がある種や暖温湿層処理によって発的な発芽をする種などを明らかにしてきました。
9. 保育所,幼稚園の園庭の植物
児童期にふれる植物は一生に影響するもの。保育所や幼稚園で毎日遊ぶ園庭にはどのような植物がみられ,それが子供たちにどのような影響を及ぼすのか?現地調査を行ってその実態を調べています。
10. 植物と文化
表着に描かれた植物は当時の時代背景を物語っています。日本には,なぜ植物に関わる文化が多いのか? その実態と要因を,生物学的,社会科学的視点から調べています。
11. 里山の保全と環境教育
研究室では,神奈川県川崎市早野梅ヶ谷特別緑地保全地区で,自治体と連携しながら里山の保全活動を行っています。11haにおよぶ里山を価値あるものとして維持していくためには地域住民,特に子供達への環境教育が課題になります。本研究室では,定期的に地元の人たちに里山を紹介し,実際に管理作業を行っています。
12. 食べものを包む葉の抗菌性
近年は,マイクロプラスチックの問題など石油由来の製品に対する課題が世界的にあげられています。かつて,里山にある植物の多くは,利用されていました。改めて自然に戻すことのできる製品開発が必要となり,その生産のための里山を見直したいと思います。
代表的事例が桜餅や柏餅になり,当研究室では,これらの葉に抗菌性があるのか,実験や調査を行って究明しています。
学生の主な研究テーマ
・ シイノキやサクラの巨木の分布と生理・生態
・ さくらの繁殖法
・ さくらの雑種の作出
・ 植物を用いた包装技術
・ 里山の林床の管理技術
・ 里山の植生と昆虫の関係
所属教員
Free talk 1
樹芸研に入る前の私にとって学業とは、試験で良い成績を取るための座学が中心でした。そのため、興味というよりも義務感や競争心から机に向かっていました。 「まず現地に行ってみて、それからだよ。」 先生はフィールドに出ることを何よりも大切にしています。そのため、室員はまず里山管理の一環として鎌を用いてのササ刈りをすることから始まります。暑さと急斜面で苦しさもありますが、体を動かすことでわかることがあります。授業では、里山の管理不足で暗い常緑樹林になり、生物多様性が失われると学びました。それならば手入れをすればよいと思いますが、実際に行うと想像を超えるほど労力がかかります。一方で希少種を見つけると心から感動を覚えます。さらに、どうすれば里山問題を解決できるのか、ササを刈ることでどのような変化が起きて環境に影響を及ぼしているのかといった疑問が生まれてきます。 こうした疑問や意見を、先生や室員たちと話し合うことも多いです。植物のほかにも、昆虫・魚・地理・歴史・音楽・文化など様々な分野を日々digっている個性豊かなメンバーがそろっています。自ら言葉にすることで理解が深まると共に、新しい視点を与えてくれます。 私は自分で行動をして、問いを見つけて考えることが樹芸研での学びの特徴だと思います。そして、このサイクルはそれぞれの研究にも繋がると気がつきました。主体的な興味は楽しく、こつこつと続けることができます。今後も楽しみながら、学びを深めていけたらと思います。
Free talk 2
主な研究室活動は、庭園巡り(街歩き)、里山維持管理、収穫祭です。これらを通して植物の生態の知識や、植物と人の暮らしとのつながりなど、植物に関わる知識が増えていきます。好奇心がくすぐられるため、とても楽しい研究室です。私は樹芸研の活動に参加するようになってから散歩が好きになり、生活リズムが整って風邪を引きにくくなりました。自然相手、生き物相手のため、予定通りに行かないこともありますが、状況に応じて臨機応変に計画を練る力が付きます。私は以前まで季節感に鈍かったのですが、植物の変化に注意しているうちに季節の移り変わりを察知できるようになりました。 卒論は、自分自身の研究だけでなく同期の研究・先輩の研究も含めて協力しながら進めていくスタイルです。同じ研究室内であっても、卒論テーマや調べたい目的によって手法が多様で学べることが多く、とても興味深いです。研究ごとに、街中、里山、圃場、実験室など場所も異なるので、野外での状態・管理下の状態の両方を知ることができます。研究室に意見交換し合える仲間がいるため、研究に対し理解が深まり、楽しみながら研究活動をしています。テーマ選びでは、適地適作という言葉があるように、特に興味を引かれることや自分の得意なことを、担当指導教員の先生と相談しながら決められました。卒論が始まってからは、先生と方針や途中経過、自分の考察を共有し、計画に取り入れながら実験しています。実験が最初から全てうまくいくことは無かったけれど、困ったことがあればすぐに相談できる環境が整っているので、のびのびと卒論に取り組める研究室です。
Free talk 3
私は幼いころから生き物に興味があり、屋外で昆虫を観察水槽で採取した魚や水草を買うことが何よりも好きな少年でした。東京農大に入学した理由も、自然環境と人間の関わりについて深く学ぶことができると思ったからです。 造園は、空間を美しく快適な空間にすることと定義されますが、生き物にとってはどうでしょうか。コンクリート三面張りの水路では土壌がなく、水中昆虫や水草が生息することは困難です。よく庭園ではコイを放流しますが、フンや泥を巻き上げてしまうことで水質の悪化につながります。また、人間が食用・観賞用として持ち込んだ外来生物によって日本の固有種の存続が危ぶまれています。 研究室活動として都市公園での昆虫採取に参加し、生物を考えた造園が難しいことがよくわかりました。今までは本で知識をつけるだけでしたが、今は自分で問題を見つけて研究をすることができます。生き物が好きだった幼い時の気持ちを忘れず、フィールド、そして研究へと突き進んでいきます。