食料経済分野 フードシステム研究室
私たちの暮らしになくてはならない食料が、いつでも誰もが得られるには何が大切か。そのためには、食料の生産、加工、流通、消費にいたる一連の流れを「フードシステム」として体系的に理解する必要がある。本研究室では国内外の農産物産地、食品メーカー、流通企業、消費者を対象として調査を行い、フードビジネスの問題を一体的に捉え、その背後にある真実に深く切り込んでいく。研究室活動を通じて食品業界に対する知識や理解を深め、社会に出てからの実践力を身につける。
KEYWORDS
食品流通、地域ブランド、国産農産物輸出、フェアトレード、多国籍アグリビジネス、食料自給率
農場から食卓まで、一体的にとらえて農業や食品産業の真実に迫る
私たちの暮らしになくてはならない安全・安心で美味しい食べ物が、いつでも誰もが得られるには何が大切か。それを考えるためには、食料の生産、加工、流通、消費に至る一連の流れを「フードシステム」として体系的に理解する必要があります。そのなかでフードビジネスは、商品開発やマーケティング活動を行うことで利益を大きくしようとしますが、貿易の自由化などで競争が激しくなり、食品の品質や食の安全性が脅かされています。本研究室では、国内外の農産物産地、食品メーカー、流通企業、消費者等を対象として実態調査を行い、問題を一体的にとらえることで、その背後にある真実に深く切り込んでいきます。研究室活動を通じて食品業界に対する知識や理解を深め、社会に出てからの実践力を身につけます。
所属教員
学生の研究テーマ
貿易自由化による日本の農産物輸入の影響と輸出の展開
フードシステムの革新と食品企業行動
地理的表示の消費者認知と地域ブランド戦略の課題
卸売市場の再編と食品流通の変化
フィールドワーク
食品企業での商品提案研修
2023年度の研究テーマ・研究活動
エコフィード製造業の産業特性とサプライチェーン
-原料と商品の種類に着目して-
本研究では、食品廃棄物等を再利用した飼料として社会的関心が高まるエコフィードを対象とし、その製造業の実態を解明した。まず、①全国のエコフィード製造業者に対するアンケート調査とその結果の分析を通じて、当産業の特性を把握した。次に、②原料の種類(単一原料・混合原料)と商品の種類(ドライ飼料・リキッド飼料)の組み合わせで 4 種類・6 社のエコフィード製造業者を事例に選定し、聞き取り調査と内部資料の収集を通じて、エコフィードの原料調達と商品販売の取引関係を把握しサプライチェーンの解明を目指した。
①に関しては、SDGs と CSR 活動への社会的関心を背景に、2000 年代半ばから食品関連事業者をはじめ多くの業者がエコフィード製造業に参入していることが判明した。ただし、そうした業者にとってエコフィードの製造はあくまで非中核事業であり、事業規模の推移もおおむね横ばいか縮小傾向にあった。他方、原料調達に目を向けると、当産業では主として地域内で排出された食品廃棄物等が原料として利用されており、原料調達などをめぐる製造業者間の広域的な競合は限られていた。②に関しては、原料・商品の種類ごとで製造コストに一定以上の差があり、それが主な要因となって原料の取引関係に有償取引と逆有償取引の別が生じていた。また商品の種類によって、輸送コスト・消費期限・利用方法に差異があることから、サプライチェーンの特性や流通圏の範囲が異なることが明らかとなった。
現在、エコフィードの製造量は食品廃棄削減の潮流を背景に減少しているものの、地域内でまだ利用されていない原料があり、それを活用できれば、製造量を増やし事業規模を拡大しうる可能性がある。エコフィードの需要や価格に関しても、一部の製造業者の課題となっている成分の不安定性や安全性の問題が克服され、高品質な製造が拡大すれば、高まるであろう。
社会貢献に関連した当産業への参入が増加している現状を踏まえると、今後、エコフィードは「リサイクル」の意味合いが一層重視され、地域内での循環が重要になると考えられる。そうした中で、製造業者には地域内の原料の賦存状況や、原料・商品の特性に応じた事業展開が求められる。また行政においては、各地域の実情に合わせた行政主体の補助金制度を立ち上げ、エコフ ィード製造業に参入しやすい環境を構築することが必要である。
2022年度の研究テーマ・研究活動
地域振興に向けたご当地バーガーの企業行動と関係主体の連携:和歌山県・淡路島・佐世保の取り組みを事例として
ご当地グルメを活用した地域経済の活性化が進められるなか、本研究では、ご当地バーガーに焦点を当て、その実態を検討した。特に、①ご当地バーガーの特性、②事業者の企業行動、③地域の推進主体の役割と関係主体の連携の 3 点に着目し、地域振興に向けたご当地バーガーの取り組みについて分析を行った。全国の取り組みのなかで、紀州南高梅を使用した和歌山県の紀州梅バーガー、淡路島たまねぎを使用した兵庫県の淡路島バーガー、戦後復興期からその歴史がある長崎県の佐世保バーガーを事例として、それぞれに現地調査を実施した。
①ご当地バーガーの特性については、目標が地域の一次産品の消費拡大に設定されている事例や、地域性にこだわらず販売数量の拡大や観光需要への対応を図る事例、古くからの歴史と地域の食文化を基に時流に乗って知名度を拡大した事例など、多様な特性がみられる。
②事業者の企業行動については、販路の違いによって使用している原料や商品の価格設定が異なり、比較的高価で観光客向けに販売する事例、地元消費者向けに低価で販売し地域に根付いた事例がみられた。
③地域推進主体については、生産者、原料や商品の製造業者、飲食業者等の組織化や、ブランド管理、販促・PR などの役割をもっていることが明らかになった。ただし、過度な統制は、事業者の独自性と多様性を失うことに繋がるため、事業者が一定の裁量を持ちつつ、組織を管理していくことが求められる。
2021年度 研究テーマ
新型コロナウイルス感染症の拡大によるフードシステムの変容
新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う緊急事態宣言の発令や外出自粛要請によって、国内のフードシステムに大きな影響が及んでいる。その実態解明に向けて研究が蓄積されはじめたが、先行研究の大半はフードシステムの川下の状況を中心に論じている。しかし、コロナ禍でフードシステムがいかに影響を受け、変容しつつあるかを明らかにするには、川上への視点は必須といえる。
そこで2021年度のフードシステム研究室の活動では、主要部門である米、牛肉、果実に焦点をあて、これらの産地におけるコロナ禍の影響と対応を解明した。事例として、宮城県産の米、福島県産の牛肉、静岡県産の「クラウンメロン」を選定し、各産地を統括するJA 全農みやぎ、JA 全農福島、静岡県温室協同組合クラウンメロン支所にヒアリングを中心とする調査を実施した。
調査を通じて、市場価格の一時的な下落、販路喪失、過剰在庫などの問題が明らかとなった。各産地では、農林水産省の実施する販路多様化事業の積極的な利用、在庫解消に向けた学校給食への提供、次期作の生産量の抑制といった動きがみられた。一時的な販路多様化や在庫解消は抜本的な解決策とは言えないものの、EC 販売やコロナ禍で変容した取引方法は今後も継続していくものと考えられる。
2020年度 研究テーマ
日本における陸上養殖水産物のフードシステムの現状と課題
近年の水産業では養殖業の重要性が高まっているものの、その中心である海面養殖には 環境面の問題や食品安全への懸念がある。これに対して、一部の漁業者が採用する陸上養 殖は、陸上に人工的な養殖池を創設するため海洋環境への影響が少なく、海面養殖が有す る課題を解決し得ると考えられる。しかし陸上養殖は、日本では生産コストの高さが課題 となり、あまり広まっていない。こうしたことから、本研究では陸上養殖の普及に資する ように、企業調査から陸上養殖ビジネスの実態を企業レベルで明らかにし、その経営がい かに存立しているかを考察した。企業調査では、対象品目をバナメイエビ、クルマエビ、 ヒラメの 3 品目に絞り、陸上養殖を営む計 6 社に書面調査及び電話調査を行った。
調査結果の分析より、3 品目に共通する陸上養殖ビジネスの特徴が捉えられた。1 つ目 はブランド化であり、各企業は自社の陸上養殖品に付加価値を付け、差別化を図ることで ブランドを確立させていた。2 つ目は流通チャネルの限定で、地域内やその周辺などのチャ ネルに絞ることで消費者と密な関係を形成し、安定した販売へと繋げていた。3 つ目は販 売拡大の取り組みであり、大規模な経営体が比較的少ない陸上養殖では、各社は宣伝や広 告などにも力を入れ、自社の陸上養殖品のプロモーションを積極的に行っていた。
一方で、調査からは陸上養殖ビジネスの課題として、商品を差別化できないと経営の存 立が難しい点、流通チャネルが限られている点、陸上養殖の認知度が低いため市場で他の 養殖品と区別されない点、水産業の持続可能性に繋がる水産エコラベル認証が普及してい ない点が判明した。陸上養殖は海面養殖と違って漁業権が必要ないため参入しやすいが、 綿密な生産・販売の戦略なしに経営は成り立たない。参入したものの廃業に追い込まれる 企業も存在し、そうした現実的な経営の厳しさが陸上養殖の普及を阻んでいるのである。