東京農業大学

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小さな微生物が地球を救う

研究室トピックス|醸造環境科学研究室

醸造環境学実験

 醸造環境科学研究室では2年生後期の醸造環境学実験を担当しています。醸造や食品産業に「質の高い水の確保」と「適切な排水管理」は欠かせません。この実験実習では水質の評価技術や工場排水の処理技術を学びます。

 実験方法の基本原理と操作を学んだ後、4人一組のグループ単位で実験を実施します。水質の評価技術としては水生生物の観察、溶存酸素、CODCrやCODMn、BODなどの分析方法を学び、水中の生き物と酸素の濃度や有機物負荷量(汚濁の指標)との関連性を理解する構成になっています(写真1、2、3)。また、日本産業規格である工場排水試験方法(JIS K 0102)に沿った分析手法を学ぶことで、食品加工現場の管理者に必要とされる知識と技術を学びます(写真4、5、6)。

 その他にも食品工場で発生する排水(例えば洗米後の排水など)の簡便な処理技術を学ぶことで、水環境を保全するための基礎的知識と技術を習得するカリキュラムになっています。

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醤油乳酸菌とバクテリオファージの研究

チーズ、ヨーグルト、味噌、醤油など、乳酸菌が関与する発酵食品の製造過程では、発酵の安定化や品質の向上や機能性の付与等を目的として、特徴的な能力を持つ菌株をスターターとして添加することがあります。しかし、発酵過程でファージ(バクテリオファージ)の汚染が生じると、発酵不良や発酵停止に陥ります。
ファージは細菌に感染して増殖するウイルスの総称です。下の写真は微生物の細胞をファージが溶かしてしまうことで現れるプラーク(溶菌斑)です。ファージはDNAやRNA の遺伝物質とそれを包むタンパク質から構成されていて、水や土壌など自然界に広く分布しています。このため、ファージ対策は近代的な発酵産業で重要な課題といえます。
醤油も乳酸菌が生産工程に関与する発酵食品の一つです。特に大きな役目を担うのは醤油乳酸菌のTetragenococcus halophilus です。T. halophilusは熟成初期の諸味で乳酸やアラニンの生成等を行うことで醤油の風香味形成に大きく関与することが知られています。近年は醤油品質の向上を目的に優秀な菌株をスターター株として利用するケースが増化しているため、ファージ対策が大きな課題になっています。
この研究では、T. halophilusとファージの感染に関する諸性質を評価しています。これまでにT. halophilusの比較ゲノム解析により、獲得免疫系としてCRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)が存在することなどを明らかにしてきました。現在は、迅速にファージ耐性菌株を得るための新たな技術開発に挑戦しています。

これまでの成果

チョコレートの原料、カカオ豆の発酵現象

チョコレートはカカオマス、ココアバター、全脂粉乳、砂糖などが主な原料です。このうちカカオマスとココアバターは発酵過程を経たカカオ豆から生産されます。カカオ(学名Theobroma cacao)の産地は中南米、アフリカ、アジアなどの赤道から緯度が南北20度以内の地域です。アステカ文明ではカカオ豆はテオブロマ(神様の食べもの)とされ、神への貢物や薬、貨幣などとして扱われていました。

カカオ豆はカカオポッドと呼ばれるラグビーボールのような形をした実(写真、左)の中にある種子(写真、右)のことで、パルプと呼ばれる白い果肉に包まれています。カカオポッドから取り出されたカカオ豆はパルプと一緒に堆積されて発酵させます。発酵方法は産地によって異なり、西アフリカではバナナの葉を地面に敷いてカカオ豆とパルプを積み重ねて上からバナナの葉で包んで発酵するHeap法、中南米では木箱に詰め込んで発酵させるBox法が主流です。発酵期間は1週間程度で、2~3日ごとに攪拌や移しかえを行いながら発酵させます。この発酵過程でカカオ豆中の成分が変化し、チョコレート特有の香りの前駆物質が形成されると考えられています。

これまで、チョコレートの栄養機能については科学的な研究が進められてきましたが、カカオ豆の発酵過程で働く微生物についてはあまり詳しく研究されてきませんでした。当研究室では、カカオ豆の発酵過程で働く微生物の全体像を解析するとともに、個々の微生物の能力について研究中です。カカオ豆の発酵メカニズムを理解することで、チョコレートの栄養機能や嗜好性に寄与する技術開発を目指します。

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写真左:カカオポッド

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写真右:発酵したカカオ豆

水道におけるカビ臭問題

 水道水は醸造、食品工場において原料洗浄、仕込み、機械器具の洗浄等に使用されるため、必要不可欠です。水道水を取り巻く環境問題として、異臭味被害、特にカビ臭による被害が深刻です。近年異臭味被害を受けている水道事業者数は増加傾向にあり、対策に苦慮しています。カビ臭原因物質をつくる主な原因生物として藍藻類があげられます。ユレモのなかまのシュードアナベナ属(写真1)やネンジュモのなかまのドリコスペルマム属はカビ臭をつくるタイプとつくらないタイプが存在し、顕微鏡により識別することが困難です。そこでカビ臭の原因となる藍藻類をカビ臭合成酵素遺伝子をターゲットとしたPCR法によりモニタリングしたり、発生予測を行うことを目指して、環境試料から藍藻類を単離し、カビ臭をつくるものについてはカビ臭合成酵素遺伝子の塩基配列を解析し、形態学的な特徴とあわせて情報の集積をおこなっています。

写真1 藍藻類シュードアナベナ属の顕微鏡写真(バーは50μm)

 近年では、ユレモのなかまで河床に付着するマイクロコレウス属によるカビ臭被害が多く報告されるようになりました(写真2)。浄水場におけるカビ臭対策に貢献することを目的として、遺伝子の塩基配列を解析することにより分類を明らかにしたり、培養することによって増殖する最適な条件やカビ臭をどういった条件でたくさんつくるのかについて検討を行っています。

写真2 藍藻類マイクロコレウス属の顕微鏡写真(バーは50μm)

乳酸駆動型水素発酵法 (Lactate-driven hydrogen fermentation)

 日本は世界で初めて水素基本戦略を策定し、水素社会の実現に向けた取り組みを進めています。「水素発酵法」は微生物の発酵能力を用いることで温和な環境下で水素燃料を生産できるため、地域レベルで安価な水素燃料を生産する技術として期待されています。これまでの水素発酵法の問題点は、乳酸菌が生産する「乳酸」を利用できない点でした。
 醸造環境科学研究室はMegasphaera elsdeniiと呼ばれる嫌気性の細菌を用いることで、乳酸を利用して水素発酵することに世界で初めて成功しました(https://doi.org/10.1039/C2RA20590D)。乳酸駆動型水素発酵法は水素社会のカギになるかもしれません。

生分解性プラスチックの分解現象の解明

 環境負荷を軽減するために、石油由来のプラスチックの代わりに微生物による分解が可能な生分解性プラスチック(Biodegradable Plastics; BDP)の利用が世界的に注目されています。日本の経済産業省も「海洋生分解性プラスチック開発・導入普及ロードマップ」を策定し、社会実装に向けた生産から処理までの技術開発の筋道を示しています。現在は食品包装パッケージや使い捨ての食器(フォーク、スプーン及びコップ等)の材料として広く利用されています(写真1)。従来の石油由来のプラスチック包装を用いた食品廃棄物では、再資源化可能な部分(可食部など)とプラスチックなどの容器包装やパッケージを分別する必要があります。この工程にコストと時間が掛かることが再資源化率が低い一つの要因と考えられます。

 当研究室では、BDPの一種であるポリ乳酸(PLA)に着目し、高温メタン発酵によるPLAの分解機構の解明および再資源化に関する研究に取り組んでいます。これまで、PLAは高温メタン発酵により効率的に分解されてメタンガスに変換されることが強く示唆されました。また、PLAの分解からメタンガスへの変換過程は複雑な微生物生態系が担います。特に乳酸消費細菌(LUB)とメタン生成古細菌は重要な役割を担うことが分かりました(図1)。これからも、PLAなどのBDPの分解機構を解明することで、効率的にBDPを再資源化する技術開発を目指します。

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写真1. PLA製の食器(左)及びその原料であるPLA結晶(右)

図1. 高温メタン発酵によるPLAの分解および燃料化の代謝経路

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