研究室トピックス|調味食品科学研究室
調味料生産学実験
当研究室では3年前期の調味料生産学実験を担当します。グループごとに米味噌や濃口醤油を手作りで生産する、正に醸造科学科ならではの科目です。
米味噌の製造は、蒸した米に麹菌を種付けし、温度を一定に管理した室に保管して米麹を製麹します。調製した米麹に蒸した大豆と塩、耐塩性酵母を一緒に良く混合して数カ月熟成させることで完成します(写真1、2、6)。
濃口醤油の製造は、蒸した大豆と炒めた小麦を混ぜた後に醤油用の麹菌を種付けし、米麹と同様に室で温度管理して製麹します。醤油麹に塩水と耐塩性酵母、耐塩性乳酸菌を一緒に混合し、1年もの間熟成させます。残念ながら自分の仕込んだ醤油の出来上がりを講義の中で見ることはできませんが、前年に仕込んだ醤油を圧搾して、搾りたての生醤油と火入れした醤油の香りの違いを体感してもらいます(写真3、4、6)。
その他にも味噌や醤油の成分分析を実施し(写真5)、製造の工程から製品の評価まで、“ものづくり”の上流から下流を全て網羅するカリキュラムとなっています。
写真1
写真2
写真3
写真4
写真5
写真6
塩麹の特徴と機能性向上のための研究
塩麹とは高濃度食塩存在下で米麹を消化させた醸造調味料です。塩麹には、麹菌の作る酵素が豊富に含まれていることがわかりました。
料理で塩の代わりに塩麹を使うと予想以上においしくなる理由は、塩味に甘味のコクが加わるとともに酵素作用でうま味が増すことと考えられます。
麴菌はプロテアーゼやアミラーゼ以外にも様々な酵素を作ることから、塩麹中に残存している諸酵素についてさらに研究中です。
また、ハーブと塩麹の組み合わせで新しい調味料の開発に取り組みました。
これは島根県邑南町と東京農大との包括連携協定の一環として行われた共同研究です。
ローズマリーは肉料理の臭み消しなどによく用いられる香り高いハーブで、その香気成分には様々な機能性が報告されています。
当研究室卒業生親子が営む邑南町の醤油蔵と試行錯誤した結果、香りの素晴らしいスーパー塩麹が完成しました。
<これまでの主な成果>
・東京農大・邑南町:ローズマリー塩麹(島根県垣崎醤油店より販売)(2016~)
・前橋ら:塩麹製造での熟成温度が残存酵素活性に及ぼす影響,日食科工誌62, 290-296 (2015)
DOI: 10.3136/nskkk.62.290
甘味タンパク質リゾチームの不思議
タマゴを食べて、甘いと感じたことはあるでしょうか?卵白に含まれる溶菌酵素、リゾチームは砂糖の20倍以上も甘いタンパク質です。
本来甘味はカロリー源としての糖を示唆するシグナルと考えられています。ふつうタンパク質に味はありませんが、リゾチームのようなタンパク質がなぜ甘味を示すのか、生物学的な理由は全くわかっていません。
当研究室では、母乳の免疫タンパク質の一つであるヒトリゾチームと、ウシ胃の消化酵素の一つであるウシリゾチームについて、ヒト甘味受容体への作用を調べたところ、ヒト母乳リゾチームは甘味を持ち、ウシ胃リゾチームは甘味を持たないことを発見しました。遺伝子工学手法にて分子構造を部分的に改変して構造と甘味の関係を調べた結果、タンパク質の分子表面の塩基性領域が甘味に重要であると推定されました。
リゾチームは、免疫タンパク質としても重要で、ほとんどの生物が持っている物質です。哺乳類の乳中のリゾチームを調べたところ、すべて甘いことがわかりました。「甘味」の隠れた生物学的意義に興味が持たれます。
<これまでの主な成果>
・Matano, et al. : Sweetness characterization of human lysozyme. Comp. Biochem. Physiol. B, 188, 8-14 (2015) ( https://atlasofscience.org/sweetness-of-recombinant/)
https://doi.org/10.1016/j.cbpb.2015.05.009
・Maehashi, et al. : Riboflavin-binding protein exhibits selective sweet suppression toward protein sweeteners. Chem. Senses. 32, 183-190 (2007).
DOI: 10.1093/chemse/bjl048
味を感じる分子機構に基づいたおいしさ向上
醸造物には微生物の酵素作用や代謝によってできたさまざまな香味物質や機能性物質が含まれます。これらは分子構造が多岐にわたっており、醸造物は構造と香味や機能性の関係を研究するための研究資源の宝庫といえます。
食品タンパク質を酵素分解し味を調べた結果、大豆タンパク質や乳タンパク質から強い苦味が生じやすいことと、タンパク質から生じる様々なペプチドの混合物がうま味物質との共存下でおいしさを形成することがわかりました。
ペプチドは20種類のアミノ酸の組み合わせにより構造と味は様々です。ヒトは25種類の苦味受容体を持ち、それぞれの苦味受容体が構造の異なる苦味物質の検知に関わることが知られています。大豆タンパク質の酵素分解で生じる苦味ペプチドがどの苦味受容体を刺激するのか調べた結果、T2R1という苦味受容体であることを発見しました。
当研究室では、この手法で味覚受容体の味物質への応答強度を測定することで、ヒトが口にすることなく味を評価することに取り組んでいます。
薬や健康食品の苦味を抑えたり、スイーツの甘味や料理のうま味を高めて、もっとおいしく楽しく健康になれる社会の実現をめざしています。
<これまでの主な成果>
・Maehashi, et al. : Bitter peptides activate hTAS2Rs, the human bitter receptors. Biochem. Biophys. Res. Commun. 365, 851-855 (2008).
DOI: 10.1016/j.bbrc.2007.11.070
・Maehashi and Huang : Bitter Peptides and Bitter Taste Receptors. Cellular and Molecular Life Sciences 66(10):1661-71 (2009) .
DOI: 10.1007/s00018-009-8755-9
味噌中の糖アルコール生成に関わる研究
味噌は、1000年以上前から我々の食生活に関係する伝統的発酵調味料です。しかし、現在においても味噌にどのような物質が含まれているのか完全には分かっていません。例えば、その内の一つにエリスリトールという、代替甘味料として利用されている糖アルコールがあります。以前から味噌中に含まれていることは知られていましたが、どの味噌にエリスリトールがどれくらい含まれ、どうやって生成されているかは分かっていませんでした。そこで、様々な味噌を分析した結果、エリスリトールは調べたほとんどの味噌に含まれており、京都の白味噌や東海地方の豆味噌から比較的高い濃度で検出されました(下表)。そして、エリスリトールは米麹からも検出することができました。したがって、味噌中のエリスリトールは麹菌によって作られていることが考えられます。麹菌は、多種多様な酵素による醸造原料の分解者としてイメージされていますが、実は多種多様な成分の生産者でもあったのです。今後、味噌の製造方法や微生物機能を改変してエリスリトールの生成量をコントロールできれば、味噌の味をほんのりと変化させることができるかもしれません。
味噌の種類 | 味噌の 産地 | 味噌の 色調 | エリスリトール (%) | グリセロール (%) | アラビトール/ マンニトール(%)* |
---|---|---|---|---|---|
米味噌1 | 秋田 | 淡色 | 0.122 | 0.719 | 0.0254 |
米味噌2 | 宮城 | 赤色 | 0.145 | 0.916 | 0.0113 |
米味噌3 | 長野 | 淡色 | 0.166 | 0.727 | 検出限界以下 |
米味噌4 | 長野 | 淡色 | 0.0392 | 0.410 | 検出限界以下 |
米味噌5 | 京都 | 白色 | 0.212 | 0.277 | 0.0684 |
米味噌6 | 京都 | 白色 | 0.285 | 0.491 | 0.00459 |
豆味噌1 | 愛知 | 赤色 | 0.285 | 0.877 | 検出限界以下 |
豆味噌2 | 愛知 | 赤色 | 0.0177 | 0.607 | 検出限界以下 |
豆味噌3 | 愛知 | 赤色 | 検出限界以下 | 0.975 | 検出限界以下 |
豆味噌4 | 三重 | 赤色 | 0.0957 | 0.559 | 検出限界以下 |
豆味噌5 | 岐阜 | 赤色 | 0.350 | 0.976 | 0.351 |
麦味噌1 | 愛媛 | 淡色 | 0.0208 | 0.432 | 検出限界以下 |
麦味噌2 | 熊本 | 淡色 | 0.182 | 1.04 | 0.0205 |
*分離不可のため
<これまでの主な成果>
松波ら:HPLCを用いた味噌中のエリスリトール分析と米麹からの検出,日本農芸化学会関東支部2022年度大会
麹菌が作る香気成分生成メカニズムの解明
沖縄の伝統的な蒸留酒である泡盛は3年以上熟成させると香り豊かな古酒(クース)になります。その特徴香の1つに甘い香り(バニリン)があります。このバニリンは熟成中にバニリンの前駆体である4-ビニルグアヤコール(4-VG)が非酵素的に酸化されることで生成されることが知られています(下図)。つまり,バニリンを生成するためには4-VGが必要になります。これまでに,泡盛醸造中の4-VG生成の主要因は黒麹菌が生産するフェノール酸脱炭酸酵素によることが明らかになっています。また,黒麹菌はフェルラ酸(FA)を菌体内に取り込んで4-VGに変換することが示唆されていますが,このFAから4-VGまでの生成経路やこの酵素がなぜ製麹中に生産されるのかについて明らかになっていません。
当研究室では,FAから4-VGが生成されるまでにどのような物質および遺伝子が関わっているのか,その生成メカニズムについて調べています。メカニズムを明らかにすることでバニリン香に富む付加価値の高い泡盛製造への応用を目指します。
<これまでの主な成果>
眞榮田ら:泡盛醸造における黒麹菌によるバニリン前駆体4-ビニルグアヤコールの生成, 醸協, 117(5), 327-334(2022)