東京農業大学

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酒づくりを科学する

研究室トピックス|酒類生産科学研究室

自然界からの発酵性酵母の分離から地域創成、さらには農業振興と農地保全へ

研究テーマ

自然界からの有用酵母の分離と醸造への利用
未利用資源の有効利用に関する研究

酵母は清酒製造において重要なアルコールを生成するほか、香気生成において重要であることは言うまでもありません。明治末以前までは家付き酵母といわれる、野生の清酒酵母により、酒造蔵独自の清酒を醸していましたが、明治末から昭和にかけて、優れた清酒もろみより香気生成に優れた清酒酵母の分離が全国でなされました。これらの酵母は、協会酵母として現在も利用されており、これらの改良酵母と併せて広く使用されています。しかし、これらの酵母で醸造した清酒は、官能的に香気に個性があるものの、風味においては似通っており、昨今の嗜好の多様化や変化に応じた特徴を出すことは極めて困難です。私たちは、酒質の異なる清酒醸造を行うには、既存の酵母とは性質を異にした、新しい特徴を有する酵母の利用が必要と考え、独自な方法により、自然界より新たな清酒酵母を見出すことに取り組んでおります。

自然界より分離した酵母を利用して酒質の異なる清酒醸造を行う取り組みは、酵母を分離した土地の地域性をアピールする商品の創出につながると考えております。皆さんは、テロワール(terroir:土地)という言葉をご存じでしょうか。テロワールとは、「土地」を意味するフランス語terreから派生した言葉で、もともとはワイン、コーヒー、茶などの品種における、生育地の地理、地勢、気候による特徴をさすフランス語です。したがって同じ地域の農地は土壌、気候、地形、農業技術が共通するため、作物にその土地特有の性格を与えることになります。さらに、土地あるいはその地域に生息する微生物までもがテロワールの特徴の範囲に含まれます。このテロワールは、まさに地域の独自性を表すものであり、その地域の個性を表すといえます。私たちは、地域にある植物からの酵母の分離は、地域のイメージにもとづく商品をアピールする最高のアイディアと考えて、様々な地域における植物からの酵母の分離と、分離した酵母を用いた清酒やワイン醸造、焼酎の製造に取り組んでおります。

特に、花のもつ魅力はイメージ的に優れていると同時に、どの地域にも多少なりとも特徴的な花が存在することや、花の蜜は酵母が存在しやすいことなどのメリットがあります。この考えのもとに様々な花を分離源にし、発酵性酵母の分離を試みてきてます。分離に用いる培養基(培地)は様々ですが、目的とする酵母が集積されやすい環境を再現し、生育した酵母を活用し酒類醸造に利用することで、地域性をアピールできうる商品が創出できるものと考えています。この取り組みは、原料をその地域の農産物とするなど、広く地域産業の活性化へつながり、さらに発展することで、地域振興、農業振興と農地保全、環境保全にも発展すると考えています。これまでに、北海道の十勝地方と連携して、オール十勝での酒類開発を手掛けるなどの実績があります(図)。現在、自然界からの有用酵母の分離と醸造への利用、また地域農産物などの未利用資源を用いた酒類醸造などのテーマについて研究を進めています。

清酒醪特有の「並行複発酵」挙動解析

清酒醸造での並行複発酵は、糖化とアルコ-ル発酵の同時進行として周知されています。これは、米中の炭素C源に対する論が主でありますが、米タンパク由来の窒素N源の動向研究もなされてきてます。一方、硫黄S源に対しては、経験的に現象論として知られるものの、技術の発展による精米歩合の低下や低温発酵にまで鑑みた醸造プロセスに一貫した詳細検討はありませんでした。

そこで醪各種条件を個別に検討したところ、低温かつ低精米歩合の醪において含硫アミノ酸であるメチオニン(Met)の構成比が低下する特徴的な動向を新規に見出しました。この時、酵母菌体内には、MetとATPからなるS-アデノシルメチオニン(SAM)が高蓄積されていることも明らかにしました。

しかしこの現象は低温醪中でのみ認められ、一般的な培地では認められないことから、独自に醪解析モデル系の構築を試みました。基本概念は(1)米を使用せず(2)一般的かつ単純な培地組成(3)培地追加による液量変化を伴わず(4)非酵素依存的に並行複発酵を再現するものです。その結果、濃厚な固体寒天培地と相対的に希薄な糖液がフラスコ内に共存し、その濃度差に従って、固体部から液部へ糖とアミノ酸などが徐々に供給され、酵母によりアルコールが15%まで生成される系を確立しました。本モデルを活用し、低温醪でのみ認められた特徴的な含硫物動向を解明し、さらに醪中で米粒に付着して存在する酵母と液部に浮遊する酵母をも表現できることが明らかになりました。 現在ではこの独自モデルを発展的に活用し、次なる研究を進めています。

SAMは、原料中には存在せず、酵母菌体内で生成、製成酒中では苦味を呈する一方、医薬でも有用な物質でもあります。醪末期管理が適切であれば、酒粕へ移行するため機能性物質源としても期待されています。醸造プロセスにおける複数微生物の増殖、生育と休眠及び死滅の順次または同時コントロールとその研究は、実地醸造へ貢献できうる地味な取り組み、論理展開ではありますが、マイナス要因の回避による酒質全体の底上げに寄与できるものと信じています。

3年次必修科目:「酒を造る人を創る」実験科目

3年次後期の「酒類生産学実験」では、5人1班で、全160人の学生が小規模の酒類醸造に挑戦します。主体は清酒で純米酒2タイプ、山廃と速醸、いずれも製成量で各約2Lの小仕込みです。他には製成量で0.5L程度とさらに小規模ではありますが、芋焼酎と酒粕焼酎なども造ります。小規模、他本数で実践する理由は、責任担当を小さくして、取り組みを明確にするためです。学生達は小さなミスもしますが、立派な酒に仕上げます。仕上げさせます。でも本当の意味で酒を造っているのは、学生ではありません。複数種の微生物です。その状況を分析し整え、順調に導くのが学生杜氏の責任で、その学生を導くのが担当教員と補助上級生の役目です。

厳しい科目との前評判のようですが、『科目が厳しいのではなく、ものづくりはシビアで、だからこそ楽しい』と気付くのは、例年完成の喜びと同時期、12月の初旬です。

そして翌週開始の選択科目「醸造科学特別実習」、通称「学外実習」の2週間、酒蔵への泊まり込み中にその真意を実感するようです。(なお、学内で製造した酒は、分析や利き酒などに全て費やします。本学が有する「試験製造免許」は、研究教育目的限定であり、販売はしていません)

現在では、製麹中の温度はLAN接続された研内PCに表示、また製成清酒は、デジタル密度比重計で測定しBluetooth接続された各自のスマホに転送し日本酒度に換算、従来法との比較もします。さらにその後、1月の授業時内には一斉に利き酒をし、分析的かつ客観的な酒質評価をします。『美味しい』とか『マズい』とかの主観的個人の好みや感想の表現は、大間違いであることを講義し、その感覚を排除して約100種のきき酒です。そんな多数の利き酒は自己との対決、しかも無言、無表情で進行します。次に利き酒をする人に先入観を与えてはいけないからです。 

現在活躍中の銘酒蔵のOB達も、皆同じ新米学生杜氏として、この小仕込み、利き酒実験からスタートしたのです。設備装置や分析機器は更新されても、伝統は不変です。

清酒オリゴ糖の研究

 清酒造りは、原料の澱粉が麹菌酵素により分解される「糖化工程」と酵母による「アルコール発酵」のバランスをとることが肝です。しかし、澱粉の分解で生成するオリゴ糖については、糖化工程と深く関わるにもかかわらず、研究がされていませんでした。

 当研究室では、まず清酒中のオリゴ糖の分析方法を開発し、清酒に多様なオリゴ糖が含まれていることを示しました。さらに、それらオリゴ糖を詳細に調べることで、これまで報告がない新しいオリゴ糖を清酒から見つけました。

 これらオリゴ糖は独特の構造を共通して持っており、低温で長期間にわたり麹菌酵素が澱粉に作用することで生成すると考えられ、伝統的な酒造りの環境が極めて独特であることを反映していると考えられました。

 さらに、見いだされた一部オリゴ糖は、澱粉中にはこれまで存在しないと考えられていた分岐構造でした。そのため現在予想されている澱粉構造についても見直される可能性があります。

<これまでの発表>
https://doi.org/10.1016/j.jbiosc.2017.03.010
https://doi.org/10.1016/j.carbpol.2020.116993
https://doi.org/10.1016/j.carres.2022.108628

麹菌の糖転移酵素の研究

 清酒の呈味成分として知られるα-エチルグルコシドやα-グリセリルグルコシドは、エタノールとグルコース、グリセロールとグルコースの脱水縮合物です。
 これらは配糖体とよばれ、麹菌Asprgillus oryzaeの糖転移酵素により清酒醸造中に合成されると考えられていましたが、証明はされていませんでした。
 当研究室では、糖転移を担う酵素の遺伝子をA. oryzaeのゲノム情報から予想し、遺伝子工学によりその遺伝子破壊麹菌株を作製し、さらにその清酒を醸造しました。
 成分を比較すると、α-エチルグルコシドやα-グリセリルグルコシドの他に、これまで知られていない新しい配糖体の存在が予想されました。
 組換え体酵素を利用した合成物のNMR解析から、この配糖体は、エタノールとマルトース、エタノールとイソマルトースが脱水縮合した、α-エチルマルトシドとα-エチルイソマルトシドであることを明らかにしました。(図)
 本研究は、麹菌の遺伝子破壊による清酒成分への影響の詳細な解析により、伝統的な清酒醸造工程における物質生成メカニズムを明らかにした研究として評価され、米国化学会よりJournal of Agricultural and Food Chemistry誌の年間最優秀論文賞を受賞しました。

<これまでの成果>
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jafc.9b06936
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jafc.0c07777

麹菌によるコウジ酸生産の制御

 コウジ酸は麹菌Aspergillus oryzaeが作る2次代謝産物といわれる生物活性物質です。Kojic acidとして世界的に認知されており、最近では肌の美白効果などから化粧品に添加されていたりします。

 当研究室では、コウジ酸をモデルとして麹菌の生理活性物質の合成制御のメカニズム解析を行っています。麹菌の転写制御因子の遺伝子破壊株ライブラリーを利用することで、コウジ酸の生合成遺伝子の発現制御を行う重要な因子としてKpeAとHirAを見出しました。

 KpeAは初めて発見されたタンパク質構造が極めて特徴的な転写制御因子で、コウジ酸生産を抑制する役割を持っていました。HirAは染色体構造の制御に関わることが知られていたタンパク質ですが、私たちの研究により、液体培地でコウジ酸生産を正に制御し、平板培地では負に制御する制御因子であることが分かりました。

 これらの結果は、麹菌の物質生産のメカニズムを理解する重要な手がかりであると考えています。

<これまでの発表>
https://doi.org/10.1016/j.fgb.2019.02.004
https://doi.org/10.1016/j.jbiosc.2021.12.001

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