東京農業大学

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教員コラム

きのこの食生活における利用と可能性

2017年11月1日

地域環境科学部 助教 宮澤 紀子

はじめに

 森林生態系における物質循環のなかで菌類は、分解者として重要な役割を果たしている。菌類の中には、大型の子実体(胞子を形成するための構造体)を形成するものがあり、それらを「きのこ」とよんでいる。きのこは、森林の保全や維持に加えて、ヒトの食生活においては健康増進に寄与する食品としての可能性を秘めている。
 近年、糖尿病、脳卒中、肥満、高血圧症などの生活習慣病が、健康長寿の最大の阻害要因となるだけでなく、国民医療費にも大きな影響を与えている。特に、健康の維持増進と生活習慣病の予防や重症化の抑止の観点から、食生活の果たす役割は大きく、その重要性が指摘されている。ヒトが、日常摂取する食品は、栄養、嗜好(おいしさ)、生体調節機能からなる3つの機能をもつ。きのこは、全体の約9割を水分が占める低カロリー食品であり、生体調節に関わるビタミンや生体の構成成分となるミネラル、豊富な食物繊維を含む特徴がある。また、おいしさに関わる色や香り、味、食感に富み、和食、洋食、中華など幅広い料理に利用されている。さらに、いくつかのきのこでは、コレステロール低下作用や血圧降下作用、血糖上昇抑制作用などが見出されている。著者は、森林資源であるきのこの利用において食の観点から研究を行うなかで、きのこは、生産から消費に至るまで連続して捉えることが必要と考える。また、きのこは生食することはほとんどなく、加熱調理を経て食されることから、きのこに含まれる成分やその機能に関する研究では、きのこそのものに含まれている成分のみならず、調理あるいは加工の過程において新たに生成されるものや逆に消失するものなどを合わせて評価することも重要である。本稿では、食生活におけるきのこの利用について、研究や取り組みの一部を紹介する。

大分県産乾シイタケのおいしさを検証

 大分県は、我が国における乾シイタケ生産量の約50%を占める有数の産地である。県内の豊かな森林で育ったクヌギを使用した原木栽培が、古くから継承されている。一方、近年、海外からの安価な乾シイタケの輸入などに対する競争力の強化が求められている。このようなことから、消費者が食品全般に求める「安全」や「安心」と共に、科学的な裏付けが担保された高付加価値のある乾シイタケの作出が急務である。他の食品のように、きのこの形や成分は、品種あるいは栽培環境による影響を受けるものである。しかし、従来のきのこの嗜好性に関する研究では、調理した際に起こる味や香りの変化は、詳細に検討されているものの、品種あるいは栽培方法が明らかでないものも散見される。そこで、それらの条件を精査した乾シイタケを試料に、品種の嗜好特性を検討した結果、苦みが弱く、色と香り、うま味の濃い品種Aあるいは弱い苦みが特徴の品種Bなど、明らかな嗜好性の違いと品種に特化した特徴を見出すことができた。屋外での原木栽培は、自然環境による影響を受けることが推測されたが、数年にわたる繰り返し試験を実施した結果、特徴となる嗜好性については再現性が高いことを確認した。このような成果は、大分県農林水産研究指導センターとの共同研究により、一定の栽培管理の下に生産した乾シイタケを試料に使用することができた点が大きい。現在は、現場レベルでの実証試験や調理加工に伴う嗜好性および機能性等の変化を合わせて解析している。このような成果は、品種に特化したブランド化商品の創出とともに、食品素材としての加工業者等への提供においても有用である。


肥満予防にえのき氷

 林野庁の2015年の特用林産物の生産動向によると、我が国におけるきのこの年間生産量は、約45万トンである。品目別の生産量は、エノキタケが13万トンと最も多く、その6割を長野県で占めている。えのき氷は、信州中野市産のエノキタケ300gと水400gをミキサーにかけてペースト状にしたものを1時間煮つめ、製氷皿に入れて冷凍庫で冷やし凍らせたものである。ブロック状で、料理に合わせて、1つ、2つと手軽に加えることができるのが特徴である。JA中野市の開発した「えのき氷」(商品名)は、既に市販されているが、一般家庭においても同様の手順で作ることができる(JA中野市HPに掲載)。著者は、JA中野市との共同研究(研究代表者:東京農業大学教授江口文陽)を2011年に開始し、ヒトを対象としたいくつかの臨床試験により、えのき氷の飲食による血清脂質あるいは血糖値などの改善効果を明らかにしている。ボランティアの男女108名を対象に行った血清脂質の改善に関する試験では、3ブロックのえのき氷(生のエノキタケ50gに相当)を3ヶ月間、毎日飲食した群は、飲食していない群と比べて、血液中のコレステロールおよびLDLコレステロールの明らかな低下と、HDLコレステロールの顕著な上昇を確認した。このような脂質代謝の改善は、肥満あるいは動脈硬化症などの発症に関わる生活習慣病の予防に寄与することが期待できる。えのき氷は、各家庭の料理に合わせて汁物や炒め物、煮物に加えたり、お茶やジュースと混ぜて飲料にしたり、揚げ物の衣にしたりと幅広い活用が可能である。さらに、えのき氷のレシピ本の出版、えのき氷入りの味噌やせんべいの販売など、研究成果を活用した商品も多数誕生している。


小学生対象の食育活動

 食生活をめぐる環境が大きく変化し、栄養の偏りや不規則な食事、生活習慣病の増加など、様々な問題が生じている。このような問題を解決する取り組みの例として、長野県での食育事業を紹介する。中野市の一般社団法人日本きのこマイスター協会ならびに飯山市の一般社団法人みゆき野青年会議所が実施した食育事業において、小学生とその保護者を対象に、きのこの基礎知識を学ぶ講義ときのこ生産施設の見学、調理実習、きのこの収穫体験、顕微鏡を用いたきのこの観察などを担当し、実施後にはアンケートを行った。結果は、「きのこがどう栽培されているかを知ることができてよかった」、「こんなに色々なことをして作っているなんてすごかった」、「きのこはおもしろいなぁと思った」など、生産現場に対する興味・関心、知識・理解、生産者への感謝・尊敬の念が記されていた。調理と実食に関しては、昼食が美味しかったなどの味に関する評価に加え、苦手なきのこを食べることができた(好き嫌いの改善)や家でも作ってみたい(食に関する興味・理解の増進)が認められた。家庭の主な調理従事者である母親への食育効果は、家庭における子どもの食育の推進と共に、きのこの利用促進・消費拡⼤にも寄与することが期待できる。また、子どもが置かれている食の現状として、家族とのコミュニケーションなしに一人で食事をとるいわゆる「孤食」が見受けられることも問題視されていることから、家族や友人たちと一緒に楽しく食卓を囲む機会を確保したり体験したりすることも、食育の場として重要であると考えられる。

まとめ

 本稿では、食を通じたきのこの利用に関する研究と取り組みを紹介した。今後も、人々の健康の維持増進にきのこが果たす役割を探索していきたいと思う。本稿で紹介した研究や事業は、多くの皆様の協力のもとに実施したものである。この場を借りて心より感謝申し上げたい。

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