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応用生物科学部醸造科学科 醸友会

醸造科学科調味食品科学研究室に着任しました

 平成21年4月1日付けをもって調味食品科学研究室に教授として着任いたしました.よろしくお願い申し上げます.東京農業大学は,農業バイオサイエンスを中心とした組織をもつわが国の大学の中でも特徴のある大学であります.わが国の基盤をなす食料生産を担当する最高学府に参加できることの名誉と責任の重さに身の引き締まる思いです.世田谷キャンパスの印象は,緑の豊富な環境は都会の中の別天地,オアシスであろうかというものです.このような環境で先生方,学生諸君とともに研究・教育に進めることができるのは大変に幸せと思っております.
 ところで私の自己紹介をさせていただきますと,専門は生物化学,酵素科学,応用微生物学を中心とした分野です.昭和56年に東京農工大学大学院農芸化学専攻を修了し,直ちに農林水産省食品総合研究所に採用となりました.この頃は茨城県に筑波研究学園都市が建設され,国立試験研究機関がこぞって茨城県へ移転するという時期でした.筑波大学はこれに先立って移転を完了しておりました.このような移転したばかりの新しい環境の中で研究生活に入りました.折しも世界的な人口問題に注目が集まる中でバイオマス変換利用研究が脚光を浴び,木質系バイオマス変換のための微生物,酵素の開発を命じられました.それまでにもセルラーゼ研究は産業界,大学,国立研究所の先達の方々が研究を牽引しておられました.セルロース系バイオマスの食料資源への変換の一環として,微生物のセルロース分解酵素研究を行いました.新規セルラーゼ生産菌ロビラルダ属糸状菌のセルラーゼ,細菌由来セロビオースホスホリラーゼの分子生物学的研究を行いました.この頃は,遺伝子工学に使用する制限酵素もようやく宝酒造ほかのメーカーから販売され始めたころで,論文に新しい制限酵素が次々と報告されている時期に当たりました.研究でも学園都市建設と同様に新しい分野が拡大する時期であったと思います.しかし現実は夜ともなると暗闇で,研究環境としては良好ですが生活には不向きの環境の中での研究だったわけです.現在のつくば市は,鉄道の開通で東京へのアクセスの便利さと自然環境豊かな都市へと発展しています.
研究が一区切りしたところで,平成4年に農林水産省技術会議事務局の研究調査官として転勤を命じられました.この時期にはちょうど冷夏の年があり,備蓄米が底をついて東南アジアなどからの米の緊急輸入を目の当たりにしました.またオウム事件が霞ヶ関の身近で起こり,日本経済のバブル崩壊への道のりが見え隠れする時期でありました.時代の転換点に遭遇したのでしょうか.
 醸造,発酵との出会いは,平成7年に秋田県総合食品研究所への異動がきっかけでした.この時期に秋田県では県立醸造試験場を母体として新しい食品研究所を立ちあげたところでした.当時の県立研究機関としては全国的に前例なく,一般公募するスタイルで研究員の人材を集め,このときも変革と活気の中で研究のスタートをお手伝いする役目をしました.地域の産業振興を目指して,醸造メーカー,食品会社との共同の商品開発,製品開発のおもしろさを実感いたしました.「秋田流花酵母AK-1,2」と命名した吟醸酒用酵母や「秋田ゆらら酵母」と命名した味噌用香気酵母を分離,品種開発し,県立試験研究機関として先頭グループの一つであったと思います.秋田県には酒造メーカーをはじめ広い分野で,本学卒業生が多く活躍をされていることを知りましたが,今このように東京農業大学に勤務できることは,何か導かれていたのかもしれません.
 平成9年に再び筑波の食品総合研究所に異動となり,秋田県での醸造との出会いをきっかけとしてみそ,しょうゆ等の発酵食品を担当する研究室の所属となり,「醸造用麹菌の遺伝子の機能解明と醸造食品への利用に関する研究」を研究の柱に据えて,醸造用麹菌のゲノム解析研究に従事いたしました.このときに醸造研究所や産総研の先生方とお知り合いになれたことは,私にとって大変な財産です.この時期に酵母のゲノム配列解析が完了し,真核微生物の次の目標として麹菌の名が上がったのは時代的にも全く必然的なことでありました.ノボノルディスク,DMS,ジェネンコアなどの欧米酵素メーカーが麹菌に熱い視線をおくる中で,わが国の産官学の研究者が麹菌ゲノム解析コンソーシアムを設立して,欧米の企業,大学がAspergillus nidulans, Aspergillus fumigatusのゲノム解析を急速に進めるに対抗して陣を譲らず,Aspergillus oryzaeのゲノム解析で対等の成果をあげたことはまさにわが国醸造研究にとって大きな成果といえると思います.このときも,異動となったばかりで荷物も片付かないまま研究をはじめた様な気がします.
 建設現場の砂埃が舞うような世界と研究は一見なんの関わりもない様に見えますが,実は砂埃の舞う現場は人跡未踏の新天地であることが多いのです.そして,新しい問題が発生しそれを解決するための活気と情熱があります.研究の世界も新領域を開拓しながら活気の中で地平を目指していくことが,わが国の技術を牽引し,新たな事業を興す原動力となると思います.
 今,大学に勤務し学生の教育を考える時に,知識の伝授だけではなく活気のある研究を通して発見と目標達成の実感を学生に伝えることは,実学重視の教育方針に沿うものではないかと思っております.これまで研究中心の世界に身を置いてきましたので,教育には不慣れではありますが,砂埃舞う現場のような活気ある研究開発を学生教育につなげてゆくことができればとの考えを申し上げて,新任の挨拶に代えさせていただきます.
 今後ともよろしくお願いいたします.
S醸友会新任挨拶 図 麹菌のゲノム解析.jpg

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