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応用生物科学部醸造科学科 醸友会

新任のご挨拶

 平成21年4月より発酵生産科学研究室に勤務させていただいております佐藤和夫と申します。伝統ある東京農業大学で教鞭をとらせていただくことを、大変名誉なことと感謝いたしております。桜の花が舞う緑豊かなキャンパスに新入生と一緒に第一歩を踏みいれて以来、再び大学に入学させていただいたような弾んだ気持ちで、研究室に通わせていただいております。どうかよろしくお願い申し上げます。さて私の自己紹介を雑感交りでご紹介させていただくことをお許し願いたいと存じます。

1.これまでの経歴

 私は昭和24年、名古屋市で生を受け、県立高校、京都大学農芸化学科を卒業後、昭和47年に国税庁採用、醸造試験所に勤務となり、1年後に仙台国税局鑑定官室に異動しました。このころは清酒の製造数量がピークで、業界全体に活気がありました。私にとりましては、初めて吟醸酒を飲んで、そのすばらしさに驚嘆したことが懐かしい思い出です。
 再び東京の醸造試験所に戻りまして、平成16年まで研究活動に従事しました。この間に、「固体発酵法の醸造への応用に関する研究」というテーマにより、広島大学より論文博士の学位を頂きました。このほか、国内留学により東大応微研で研究を行い、特殊認可法人である生研機構に出向して企業の開発研究などに融資するといった仕事にも携わりました。教育活動の面では、東京農工大学農学部、広島大学生物生産学部の非常勤講師、広島大学大学院生物圏科学研究科の併任教授などを経験させていただきました。
当大学に採用となるまでの5年間は、広島局、名古屋局、関東信越国税局などの鑑定官室で、酒造の現場に足を運びました(図1)。その折には多くの東京農大OBの経営者や技術者の方々とお会いする機会を得ましたが、皆々様のご活躍の姿を目の当たりにいたしまして、今更ながら本学科教育が実業社会にたいして貢献された歴史と実績に感銘いたしました。

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図1 大学卒業後の経歴と背景

2.主な研究テーマ

(1) 固体発酵法の応用
 国税庁醸造試験所(現、独立行政法人酒類総合研究所)での研究テーマの一つは固体発酵に関するものでした。これは中国の白酒など広く東アジア地域の伝統的酒類・食品製造に用いられている固体発酵法の特性を生かして、新しい発酵生産を行うことがねらいでした。例えば蒸留廃液の始末に頭を抱えている焼酎の製造に利用すると、固体発酵ならば発酵かすの水分も少なくなるため乾燥することが容易で、乾燥して飼料にできるため、廃液処理コストの低減と、資源の有効利用ができるわけです。また蒸留の代わりに発酵ガスを循環し、ガスを冷却して発酵もろみから連続的にアルコールを回収することにより、高速で発酵が行われると推論しました。蒸留温度を高めるために高温性の酵母を使い、トウモロコシや乾燥キャッサバチップを原料としてベンチ・スケールのプラントを設計し、発酵試験を行うと、高い収率でアルコールを製造することができました(図2)。これをさらにスケールアップしてバイオマスを原料としたアルコール製造も考えましたが、ランニングコストを計算すると実現は困難であることがわかりましたので、焼酎の製造に目を向けることにしました。
 この装置で焼酎を製造すると、通常の固体発酵法と比べて発酵歩合が2倍、発酵期間は半分となり、生産性は4倍にも上がりました。ガスクロで香気成分を測定すると高級アルコールの組成比が増すなど、中国の白酒と共通する傾向が見られましたが、製品の官能評価を行うと原料の香りが強く、少し変わったタイプの焼酎となりました。これは発酵もろみから連続的に低温蒸留を行ったことによると思われました。
さて醸造の歴史を振り返って、中国の白酒の製造方法がなぜ発酵期間が長く、かつアルコールの収率が悪い固体発酵なのかと考えると大変不思議な気がいたします。ある説では固体発酵法はアルコールの生産性は悪いが、発酵かすがそのまま豚の餌になるため、完全なクローズドシステムができあがる、という点が中国の農村地域での白酒製造にきわめて好都合なのだそうです。現在本学では、醸造科学科の鈴木昌治先生が固体発酵法でバイオマスからアルコールを製造する方法について精力的に研究を推し進めておられますが、地球温暖化防止というグローバルな問題に寄与するために、こうした伝統的醸造技術が注目されていることを有り難く感じております。


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図2 固体発酵装置

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図3 発酵終了後のファーメンター内部

(2) 清酒もろみの計測と制御

 かっては酒造杜氏組織は全国で30組合以上、組合員数は30,000を超えていたものが、現在では18組合、約2,100名にまで減少しています。このような背景の下、熟練技術者の急速な枯渇を補うために、清酒業界では製造工程の自動化を推し進める必要が生じました。そこで、清酒もろみ工程の自動制御に必要と思われる清酒成分や酵母の活性の自動計測を行い、ファジイ理論やニューラル・ネットワークなどのツールで発酵制御を行うことを考えました。第一段階として、もろみからろ液を取るために時間も手間もかかりますので、これを自動的に行うろ液サンプリング装置を開発しました。この装置によりきれいなろ液が連続して得られましたので、あとはいろいろな分析装置をつなげれば良いというわけです。測定項目はアルコール、日本酒度などの一般分析項目のほかに、グルコース、ピルビン酸、酵母細胞内のATPなども取り込み、このほか悪臭成分であるジアセチルの測定法も開発し、高度な計測システムができあがりました(図3)。さらに、図には描かれていませんが、酵母活性の測定を行うために、ビール醸造で酵母の再使用の指標とされている酵母細胞内pHの測定も試みました。これはとりあえず使えるものは皆使って、あとから実用的な項目を絞って行こうという考え方でした。
 さて、実際に計測してみると、酵母のエネルギー代謝と清酒もろみの発酵が非常に強く結び付いていることがわかりました。また、たとえばもろみ末期では通常アルコール添加が行われますが、このとき急速に酵母は死滅を始め、清酒の成分も変化します。このようなすばやい変化をとらえるためには、この装置はうってつけで、たとえばアルコール添加後の酵母菌体内のATP濃度の変化やこれに伴うピルビン酸濃度の変化を分刻みで測定することができました。
 こうした取り組みは今もなお続いており、研究室の学生、院生には麹造り、酒母・もろみ造りなどいろいろな場面で酒造りの効率化に役立つ研究テーマに知恵を出し、汗を流してもらっています。

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図4 清酒もろみのリアルタイム計測システム

3. 清酒製造の現状と大学教育について

 かって酒税が国家歳入の3分の1を占めていた時代があったという歴史的事実は、はるか昔の出来事となっております。ここ数十年の間にも、級別制度が無くなり、清酒やウイスキーの消費は激減し、焼酎と清酒の数量は逆転し、はたまたビールは発泡酒やビールまがいの飲料に取って代わられるなど、酒の世界はめまぐるしく変わりました。
一方清酒製造の現場では、杜氏がいる製造場の割合は年々減少して、現在は全体のほぼ半数となり、出稼ぎ杜氏による伝統的な酒造りは過去のものとなりつつあります。言い換えますと、品質を特に重視するのでなければ、熟練した杜氏がいなくとも清酒はできるということにもなり、杜氏の経験と勘で清酒が造られた時代から大きく変わりつつあるように思えます。
 しかし最近、帝国データバンクが行った調査結果によりますと、明治の末までに開業した長寿企業は全国で24,234社あるそうですが、このうちでもっとも多いのが清酒製造業(784社)です。ちなみに第2位は旅館(646社)、第3位は菓子製造販売だそうです。日本酒造組合中央会の資料によりますと、酒造家で最も古いといわれるのが茨城県の須藤本家酒造で、その歴史の古さは群を抜き、平安時代の末(1、141年)創業という話です。古ければ良いということではありませんが、千年を超える伝統をもとに先人が叡智を絞って作り上げたものが清酒だと知るならば、今の若者といえどもある種の感動を覚えるのではないでしょうか。
 また、なにかとグローバル化が話題となる昨今、清酒や焼酎の輸出増加とともに海外で我が国の酒文化に対する注目度が高まるという、新たな時代を迎えようとしております。国内では、昨年、外国人杜氏が初めて全国新酒鑑評会で金賞受賞という象徴的な出来事もあり、いよいよ酒造りも国際化の時代を迎えたかと感慨深いものがあります。この杜氏(英国人)は、「23年前に来日し、18年前にひょんなことから酒蔵に入り、下働きから始めて、4年前に杜氏試験に合格して杜氏になりました。」と流ちょうな日本語で話してくれました。なぜ酒造りを志したかと尋ねると、「清酒を飲むのが好きで、清酒を造る人が尊敬できる人だったから」ということでした。また日本の消費者に対するコメントとして、「清酒は工業製品だと思われがち、伝統的な自然食品という認識が少ない」と言われたことが印象的でした。
さて、これから私は多くの学生諸氏とお会いするわけですが、若者には伝統的酒造りの精神やものつくりの喜びと日本の酒文化に浸る楽しみを知ってもらい、少し大袈裟ですが日本人としてのアイデンティティも感じてほしいと願っております。そのため授業の中では経営者や技術者としてご活躍中の皆様との意見交換の場を設けることも考えております。
 諸先輩の皆様におかれましては、今後ともなにとぞご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

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