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応用生物科学部醸造科学科 醸友会

着任の御挨拶

発酵食品化学研究室 助教 鈴木敏弘

平成28年4月に発酵食品化学研究室の助教として着任しました鈴木敏弘と申します。着任して8ヶ月程ですが、歴史と伝統のあるこの東京農業大学で研究・教育に携われることを嬉しく感じると共に、よりいっそう精進しなければならないと強く感じております。醸造科学科の諸先生方、卒業生の諸先輩方におかれましては、今後とも御指導、御鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

この場をお借りして、私の自己紹介をさせていただきます。長文ではございますが、最後までお付き合いいただければと思います。私は、昭和55年に愛知県名古屋市に生まれ、大学進学までは生粋の名古屋っ子として小・中・高校時代を過ごしました。現在もひときわ独特の食文化(?)と言われる「名古屋めし」に代表される様に、名古屋と言えば赤味噌・八丁味噌が有名であり、金のシャチホコと並んで赤味噌は名古屋の象徴ともいえるものです。私は、小さい頃から味噌と言えば赤味噌(八丁味噌)、食卓には赤味噌料理に赤味噌汁という環境で育ちましたので、今思えば発酵食品に育てられたと言っても過言ではないかもしれません。

私は、高校進学後に岡山理科大学に入学しましたが、入学後も中学・高校時代に没頭していたバンド(エレキベース; ヘビメタ)にのめり込んでいたため、「ある転機」が訪れるまではどちらかというと不真面目な学生であったと思います。特に何事もなく、明確な目標もないまま大学生活を過ごしておりましたが、大学3年になった時にその「ある転機」が訪れました。それが、恩師である浄原 法蔵先生(岡山理科大学名誉教授)との出会いと先生の講義を受講した事でした。講義を通して、人柄と微生物学の面白さにすっかりと虜になった私は、浄原研究室の門を叩き、念願であった先生の下で微生物の研究を行い、時には厳しく時には優しく叱咤激励を頂き、薫陶を受けました。この出来事が、私の中の考えが180°変わり、目標に向かって一心に取り組むようになった転機であったと感じています。研究については、先生は長年、微生物による多環性芳香族炭化水素分解について研究をされておりましたので、「放線菌Rhodococcus属細菌のナフタレン分解系酵素の解析と応用」と言うテーマを頂き、大学院修士課程修了まで研究を行いました。研究内容は、ナフタレンを唯一の炭素源として大量培養した野生株から酵素を抽出し、それを各種クロマトグラフィーにより精製・諸性質を解析するというものです。具体的には、ナフタレン分解経路における中間代謝産物であるtrans-o-hydroxybenzylidenepyruvate (tHBPA) をサリチルアルデヒドとピルビン酸に変換するtHBPA hydratase-aldolaseという酵素に着目し研究を行いました。野生株からの酵素の精製は、思った以上に大変であり、基質も自ら合成する必要がありましたが、どんどんのめり込んでいき(不摂生な生活で3桁まで増加した体重も半分まで落ちました)、その結果、諸性質を明らかにするとともに、この酵素の逆反応(アルドール反応)が多くの物質の合成に利用可能であることを見いだすことができました。試行錯誤を繰り返し、やっとの思いで酵素をSDS-PAGEで単一バンドまで精製できたときは、涙が出るくらい嬉しかったことを覚えています。また、周りの研究室から冷ややかな目で見られつつも、研究室の一端にある4℃の冷室の中で真夏でもダウンジャケットを着て酵素を精製したことはよい思い出です。

大学院修士課程を修了した後に1度就職をし、勤務先でも微生物由来の酵素を取り扱う業務をしておりましたが、次第に微生物の研究に対する思いが再びわき上がり、突如退職して一年間の研究生を経た後に博士課程で広島大学大学院 先端物質科学研究科に入学し、木梨 陽康先生(広島大学名誉教授)と荒川 賢治先生の研究室の門を叩き、薫陶を受けました。博士課程では、二次代謝産物である抗生物質の生産に興味を持ち、放線菌Streptomyces rocheiの生産する2種類の抗生物質 Lankamycin・Lankacidinの生合成制御機構について研究を行いました。放線菌は多くの二次代謝産物を生産する極めて重要な工業微生物であり、代表的な二次代謝産物である抗生物質の約7割が放線菌により作り出されています。抗生物質は、1928年にA. Fleming博士がアオカビから発見したPenicillinを初め、1944年にSelman A. Waksman博士により発見された結核の特効薬 Streptomycin、2015年にノーベル賞を受賞された大村 智博士により発見されたオンコセルカ症の特効薬 Ivermectinなど、これまでに世界の多くの病から人々の命を救ってきました。抗生物質生合成は、微生物ホルモン・転写制御因子・経路特異的転写活性化因子から成る制御カスケードと呼ばれる転写制御機構により巧妙に制御されていることが知られています。また、放線菌は環状ではなく線状のゲノムを持ち、巨大線状プラスミド上に抗生物質生合成遺伝子群がコードされているものも報告されています。私は生合成を司る遺伝子制御について分子生物学的手法を用いて解析を行い、1個の転写活性化因子が別の転写活性化因子を直接活性化する、すなわち2個の活性化因子が直接的2段階の活性化をすることでLankamycin・Lankacidin生合成を巧みに制御していること、1個の転写制御因子が一過的に発現することで抗生物質生産量を調節しているという、複雑な抗生物質生産制御機構の一部を明らかにすることができました。その中で、博士課程在学中にまた転機が訪れました。博士課程3年時に参加した国際放線菌学会で、放線菌遺伝学の権威であるDavid Hopwood 博士(John Innes Centre)とお会いする機会がありました(写真)。お話をさせて頂いた後に、博士に肩をポンッと叩かれて「Good luck !」と言われたことは、研究者として最高の経験であり、今でもその光景が脳裏に焼き付いています。

博士課程を修了した後は、半年ほど広島大学でポスドクとして研究を続けた後に、芝浦工業大学 SIT総合研究所 環境微生物生態工学国際交流研究センターのポスドクとして、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 「環境微生物生態工学の国際研究拠点の形成」に参加し、布施 博之先生の下、海洋性ガス状炭化水素(エチレン)資化性菌の初発酸化酵素遺伝子について研究を行いました。海洋には、陸地からの漏洩や流出、船舶事故、メタンハイドレートや油田開発などにより、我々の予想を超えた量の炭化水素類が流出しています。海洋に流出した炭化水素類は予想以上の早さで微生物により分解されて、新しい環境に適応する微生物が増加すると示唆されています。このことから、それらを検出するために分解微生物とその分解に関わる遺伝子を検索し、微生物・遺伝子マーカーの利用・開発をすることが期待されています。陸地ではメタン・アンモニア酸化に関与する酵素が実際に関与していると示唆されていますが、海洋でも主要な役割を果たしていると考えられています。そこで、最も単純なアルケンであるエチレンを対象に、その分解微生物および遺伝子の解析を行いました。メタンに代表される有機ガスの分解は、微生物が持つ2種類の酵素「pMMO型 (膜結合型メタンモノオキシゲナーゼ)」もしくは「sMMO型 (可溶性型メタンモノオキシゲナーゼ)」が初発酸化酵素として作用することが知られており、非メタン炭化水素分解菌は一般的にsMMO型で初発酸化することが知られております。私は、海洋から単離・同定したエチレン資化性菌 (Haliea属細菌) の初発酸化酵素は、sMMO型ではなくpMMO型であることを発見することができ、初発酸化酵素遺伝子の多様性を見いだすことができました。その間、同研究機関で大森 俊雄先生(東京大学名誉教授)の研究プロジェクト「カルバゾール資化性菌のカルバゾール分解遺伝子群の解析」にも参加し、それに加え学生の研究指導をするという経験もさせて頂きました。この出来事も、私が研究者を目指すに至る転機であったと思います。

1年8ヶ月程のポスドク期間を経て、ご縁があって筑波大学 生命環境系(生命産業) のポスドクとして3年半、中島 敏明先生の研究プロジェクト「バイオディーゼル廃グリセロールからの燃料生産」に参加しました。軽油の代替燃料として使用されているバイオディーゼルは、アルカリ触媒下で動植物性油脂を原料としてメタノールとのエステル交換反応により製造されますが、その製造の際に副産物として原料油脂の約10%のグリセロールが生じます。このグリセロールは供給過剰状態で用途がないため、私はこのグリセロールの有効利用のためにKlebsiella属細菌を用いてグリセロールからのエタノール生産について、エタノール生産性の向上を目標に代謝工学によるエタノール生産プロセスの最適化について研究を行いました。微生物による発酵生産は、培地の成分はもちろんのこと、細胞内酸化還元バランスなど様々なファクターが複雑に絡み合っているため、中々思うような結果が出ないときもありました。しかしながら、副生産物である乳酸生成の抑制によりエタノール生産性が増加することを突き止め、エタノール生産に付随して生産されるギ酸が生育・生産を顕著に抑制することを明らかにすることができました。ものづくりの到達点はプラントスケールによる大規模生産になりますが、その間廃棄物処理業者と連携し、大学で得られた成果をフィードバックさせることで、実際に400Lのプラントスケールでのエタノール生産を行うプロジェクトにも参加することができました。このような経験は、中々味わうことのできない貴重なものであったと感じています。

私は、これまでに様々な微生物を扱い、様々な機関で研究をしてきました。今後はこの東京農業大学で、これまでに経験してきた事を活かし、また新たな技術・知識を取得することで一研究者として、醸造・発酵研究の発展に携わっていきたいと思います。まだまだ、知識も浅く若輩者ですが、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

写真  David Hopwood 博士と (学会にて)

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