独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター(津賀幸之介センター所長)は、「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」における研究課題「生殖細胞のインプリント機構の解明と単為発生動物の開発」(研究代表者:東京農業大学 河野友宏教授)の研究成果として、哺乳動物ではこれまで困難と見なされていた単為生殖注1)による個体発生に挑戦し、二母性マウス注2)を誕生させることに世界で初めて成功した。この雌マウスは正常に発育して、正常な産子を分娩した。河野教授の研究グループでは、卵子形成過程で行われる後成的遺伝子修飾(ゲノミックインプリンティング注3))を改変して雌ゲノムのみを持つ胚を作成し、成功に結びつけた。このことから、哺乳類の個体発生においては、雌雄ゲノム間での役割分担を基調としたゲノミックインプリンティングが個体発生を完全に支配していることが立証された。また、この成果はインプリント遺伝子の機能解明に貢献するばかりでなく、新たな生殖システムによる個体生産技術として注目される。
本研究成果の詳細は、英国の科学雑誌「Nature」(○月○日号)に掲載される。
Birth of parthenogenetic mice that can develop to adult;Nature 2004(○月○日号)
成長可能な二母性マウスの誕生
【研究の背景・ねらい】
 哺乳類の個体発生には精子および卵子に由来するゲノムの両者が不可欠であるために、他の生物とは異なり単為生殖による個体発生は全く認められない。これは哺乳類では、主に雄ゲノムでのみ発現する遺伝子または主に雌ゲノムでのみ発現する遺伝子が存在するためで、これらの遺伝子はインプリント遺伝子と呼ばれている。それゆえ、雌ゲノムのみに由来する胚からは、主に雄ゲノムでのみ発現すべきインプリント遺伝子がほとんど発現せず、一方主に雌ゲノムでのみ発現するインプリント遺伝子が過剰に発現するため、正常な個体を誕生させることは全く不可能と考えられていた。
本研究では、未成熟な卵母細胞は、インプリント遺伝子に関して比較的精子に近い性質を有していることに着目し、この未成熟な卵母細胞に雄ゲノムの役割を担わせ、核移植技術注4)を駆使して排卵卵子(これに本来の雌ゲノムの役割を担わせる)と組み合わせた胚を構築し、単為発生個体の生産を目指したものである。卵子のみからの単為発生胎仔の遺伝子発現を予備的に解析し、改変すべき候補遺伝子の探索(図2)を行った。その結果、未成熟な卵母細胞は、雄ゲノムに近い性質を有してはいるが、雄ゲノムで発現すべきIgf2(インスリン様成長因子II型)遺伝子注5)等のいくつかの重要なインプリント遺伝子がほとんど発現しておらず(図2の青色の♀の部分)、これらの遺伝子を改変する必要のあることが示唆された。本研究では、インプリント遺伝子H19注6)の欠損マウス由来の非成長期卵母細胞注7)ゲノムを用い、この点を解決しようと試みた。

1)

本研究では、核移植技術注4)およびH19遺伝子欠損マウスを用いて、卵母細胞形成過程における後成的遺伝子修飾が改変された胚を構築する技術を確立し、世界で初めて二母性マウスの生産に成功し、このマウスを"かぐや"と名付けた(図3)。
2) 本研究が成功したキーポイントは、精子形成過程で発現制御を受けるインプリント遺伝子H19の欠損マウス由来の非成長期卵母細胞ゲノムを用いることにより、本来発現しないIgf2(インスリン様成長因子II型)遺伝子を雌ゲノムから正常に発現させたことにある。
3) このマウスは、正常に発育して繁殖能力も備えており、雄と交配後正常に産子を分娩した。
4) オリゴマイクロアレイ法による網羅的遺伝子発現解析の結果、インプリント遺伝子を含む広範囲の遺伝子発現が正常化していることが確認された。
1) 研究の成果は、哺乳類における新たな個体生産システムにより有用動物の育種、および雌雄個体の選択的生産技術(雌雄の産み分け等、雌個体のみ又は雄個体のみを選択的に作成する技術)等のバイオテクノロジー分野の発展に貢献する可能性を示している。
2) 生殖系列細胞におけるゲノムの機能獲得機構の解明に大きく貢献し、生殖細胞の高度利用に繋がる新しい視点を提供している。
3) 体細胞クローンなどで発症している発生異常と後成的な遺伝子修飾の変化による遺伝子発現異常との関連についての解明に貢献する。
4) 哺乳動物の個体発生に対する雌雄ゲノムの役割を解き明かすことに繋がるものと期待される。
 
 
 
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