中国農業大学第一回報告書

 国際農業開発学科3年

縫村 啓子

9月5日に北京に来て一ヶ月がたちました。忙しくはないものの、いろんな刺激を受けながら生活を送っています。5日は成田-上海-北京という経路でした。パラリンピックを控えていたこともあって、上海空港では機内に持ち込んでいた荷物でも再度厳しいチェックがあり、パソコンまで開けて見せることになりましたが、無事に到着しました。空港へは先生と学生の2人が迎えに来てくれました。

到着した翌日は、まだ大学が休みだったので、去年の短期研修で通訳などをしてくれたCAU学生2人に付き添ってもらい携帯電話を買いました。もちろんメールは中国語です。文字を打つのは大変でも、教科書には無い言いまわしを知ることが出来るのでかなり勉強になります。

授業のこと

 最初の授業は、中国語がほとんど分からないということから日本語を話せる先生が教える2年生の科目に参加することになりました。授業はもちろん中国語ですが、何か分からないことがあったらいつでもきけるように、ということでした。一ヶ月経った今は、いろいろ変更もあって農学部の授業を主に聴講しています。授業は日本と同じようにスライドを使っての講義なので、いまはスライドの文字を頼りに聴いています。はっきりと耳に残るのは短い言葉「但是〜」「所以呢〜」という言葉ばかりで、笑い話もついていけません。唯一みんなと笑えたのは「是我」と、先生がスライドの中に小さく写る自分を指差したときくらいです。どの授業でも先生の問いかけにはすぐに学生が答えていて、すごくいい雰囲気です。

生活のこと

  CAUは西・東キャンパスがあり、いま東キャンパスの招待所(大学内の滞在施設、宿ようなところ)にすんでいます。留学できているほかの大学院生・研究生4人を除いて、あとは一般の宿泊客です。ほかの留学生はみんな男の人なので私は二人用のところを一人で使っています。CAUは全寮制なので、高層ビルのような建物に学生が住んでいます。学食は校内に4つあります。食堂は、一食約3元と安く、だいたいいつも学食にいきます。服は洗濯機が近場にないので手洗いです。いま住んでいる部屋では自炊ができません。その代わり、テレビ有・インターネット可なので、いまの生活はちょっと特別かもしれません。

 来てすぐに知り合ったベトナムとフィジーの人は、時々部屋に来てくれたりして何かと気にかけてくれます。英語と中国語でコミュニケーションをとって、一緒にパラリンピックの試合観戦をしたり、買い物したり、観光にも行きました。英語と中国語の会話は、どっちで話しかけられているかで、常に切り替えが必要です。でも、みんな切り替えられずに、英語で聞かれているのに中国語で答えたりということがよくあります。夜に、近状報告という感じでお互いに話をして、コーヒーを飲んでのんびりしたり、自分の国の写真を見せあったり、漢字の書き方を教えることもあります。二人とも話すことが一番出来るので、話すことができない私は反対に教えてもらっています。

  大学で偶然訪れていた日本人と会うことはありましたが、基本的に、普段の生活の中で日本人にあうことはありません。でも、その環境のおかげでこの一ヶ月の間にいろんな経歴を持つ外国人にであえました。それから、北京にきてから一度だけおなかを壊して寝込みました。気候は日本と似ていますが食事や水、生活が違うのでいろいろと自己管理が必要です。

 

l       語学のこと

中国語を教える授業はないので、語学に関してはだいたい部屋か図書館での自主学習です。テレビで放送されている番組はだいたい字幕があるので、それも利用しています。最近は中国語と英語を交互で話すラジオ番組を発見してたまに聴いています。

中国人のなかでも特に北京の人は早口でしゃべります。時々、その声の大きさと威勢のよさに驚かされることがありますが、単語を聞き取って話の内容がわかれば「あぁそんなことか」と。日本人に比べてオープンな性格にもだんだん慣れてきました。見た目は中国人も日本人も同じような顔をしているので、日本語を話したり、つたない中国語を話さない限り、特に珍しがられることも不審がられることもありません。お店で何かたずねると「中国人じゃないでしょ、韓国人?」と言われるのは毎度のことです。でも、そこで会話が終わるのではなくて「どこの大学?」「何色がほしいの?」とかやさしく聞いてくれます。

 

l       そのほかのこと

去年、短期研修プログラムに参加して訪れた時に比べて市街地はすごくきれいになりました。パラリンピックが終わるまでは北京全体で厳しい警備がされていました。いまは、路上に屋台や三輪車が現れてもとの姿に戻りつつあります。首都というだけあって、各地からいろんな人・ものが集まってきていて日本のものも時々ありますが、一番多いのは韓国です。

この一ヶ月に中秋節、国慶節という休みが二度もあったので正直ここでの大学生活はまだ始まっていないようなものです。授業に出るにあたっていろいろと事前の準備不足で、まだどういう形で授業を受けるかがわからなかったため、ようやく計画を立てて授業を受けはじめたところです。この一ヶ月で思い知ったことは、分からないことがあるということがどれだけ不安なのかだと思います。わからなかったらすぐに聞く、遠慮はしない、友達に頼る、それがここでの生活には必要です。授業内容を早く理解できるように今後の目標は「看懂」(見てわかる)ではなく、「听懂」(聞いてわかる)ようになることです。

 

 

(大学の体育館 この日はバレーボールを観戦)

 

(食堂前の広場)

 

 

(りんご売り)

 

(東キャンパス前のバス停)