博士前期課程二年 相馬 純
近場採集が割と好きでシーズン中は週1で行うのだが,何が周りにいるかを正確に把握しているわけではない.
虫をはじめて3年目の頃はとくにそう感じた.
以前採集記で書いていたが,侵入初期の新規外来種ツマベニヒメナガカメムシを農大構内で見つけたことがある.
とはいえ,自分の専門の分類群で新種が見つかるとは思っていなかった.
2019年の年明け,ある方から見慣れないグンバイムシを採集したと連絡を受けた.
送ってもらった環境写真を見る限り,どこにでもありそうな低地の二次林といったところだった.
ワジュロに絡みついたキヅタから得られたらしく,送付いただいた個体には後者が添えられていた.
毒瓶へ放り込む前に生体をぼんやりと眺めていたが,蔓にしがみ付いたまま動かなかった.
直感だが,近場で採れそうだと思った.
それから2週間弱,作業の合間に農大構内のキヅタの蔓とワジュロの樹皮をひたすらビーティングした.
最初はワジュロの樹皮から得られた.
打算して外に出る方なので,虫を採って感動することは基本的にないのだが,今回ばかりは驚いた.
環境写真は省くが,数日後に地元の森でもワジュロの樹皮から得られた.
さらにそのまた数日後,キヅタの蔓からも追加を得る.
この時に自覚はなかったが,日当たりが良く風当たりの悪い太めの蔓が良いようだ.
複数個体の採集に成功した時の記念写真.
画像中央は最近出番のない使い古しのビーティングネット.
落とした未記載種の返り血で布が汚れていることからも分かるように,戦果の保証された武器である.
落ちてくるとゴミに紛れて大体こんな感じに見える.
体長3mmほどだが,拡大するとスレンダーで奇妙な見た目をしている.
その後,春以降はワジュロの樹皮から得られなかった.
一方,キヅタの蔓からは継続して得られた.
色々と工夫を凝らしたが,一度に大量は採れない.
同じポイントで継続して得られはするのだが.
普通種のイメージとはかけ離れているが,そういう属のグンバイムシは結構いる.
また,真面目に調べられていないだけで,葉食いじゃないグンバイムシも別に珍しいわけではなさそうだ.
海外でもそういう種の報告はあるし,少し前に記載したPhysatocheila nigrintegerrimaも少なくとも成虫は実食いだ.
採れない採れない言いながらも,気付いたら30個体以上が手元に集まっていた.
検討の結果,本種は日本未記録のBaeochilaに所属する未記載種であるということが判明した.
当該属の種としては最も東に分布する.
昨秋に論文を投稿し,年末には問題なくアクセプトされた.
論文の出版は今年の2月初めだった.
タイプ産地は勿論(?)農大構内にした.
現在の分布域は本州(神奈川県・奈良県)・四国(香川県)・九州(福岡県・宮崎県)である.
神奈川県では厚木市(農大構内)に加え,相模原市と小田原市でも得られている.
相模原が地元で20年ちょい生きていたのに最近まで発見できないとは,僕の目は節穴だったようだ.
研究室に入った学部3年の頃によく通っていた場所は,相模原の森・座間の河川敷・厚木の農大構内の3つだが,ツマベニヒメナガカメムシの発見を合わせると,これらすべての場所から論文ネタが見つかったことになる.
在学中にBaeochilaの論文を出版するのは1つの目標だったので,満足度はかなり高い.
自分の所属先の敷地内で専門の分類群の新種を見つけることは,今後の人生では流石になさそうだ.
Souma, J. (2020) Discoveries of the genera Baeochila and Idiocysta from Japan, with descriptions of two new species (Hemiptera: Heteroptera: Tingidae). Zootaxa, 4731 (3), 388-402. https://doi.org/10.11646/zootaxa.4731.3.7