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ぼくらの“松茸”狩り

博士前期過程1年 嶋本習介

ヒトクチタケというきのこをご存じだろうか。
枯れたマツに生える、サルノコシカケ科の丸いきのこである。
傘の上部は明るい茶色、下部はクリーム色だ。
成長したきのこの下部には丸い穴がひとつ開き、これが「ヒトクチ」の和名の由来である。


このきのこ。かわいい。


枯れたての材に生えるので,立ち枯れや伐採木に生えている場合が多いらしい.

特異な昆虫群集をもつきのことして有名であり、このきのこのみを食べる種がコウチュウ目などで複数知られている。
私の研究しているカメムシの一群、ヒラタカメムシ科にも、このキノコ専食の種が2種存在する。
マツヒラタカメムシとマツコヒラタカメムシだ(以後、それぞれをマツヒラタ、マツコと省略する)。
私はそれぞれをユニクロ(学名から)、デラックス(和名から)の愛称で呼んでいる。
これら2種が、今回の調査のメインターゲットだ。
私はゴミダマやケシキスイも大好きなので、そのようなヒトクチタケ専食のコウチュウも同時に狙う。

私は、過去に一度だけマツコを採集したことがある。
その時は、オサ掘りに出掛けた冬の山梨で、アカマツの立ち枯れの樹皮下から集団越冬中のものを得た。
そんな実績(?)があるので、マツヒラタやマツコは、越冬の際にヒトクチタケの材からあまり移動しない、つまり冬でも狙って採りやすいだろうというのが今回のターゲット選びの理由だ。

誘いにのってくださったI先生と3年生のF君、H君の3名とともに、一路山梨を目指す。
先生とF君はアカシマサシガメのたぐいを主に狙うとのこと。

マツヒラタは少ないようではあるが、まぁそんなに難しくもなかろうとたかをくくり、今回は半分旅行気分だ。
宿も(普段の採集では泊まらないような)普通の旅館をとってある。

最初のポイントはH君案内による尾根ぞいのアカマツ林。
落ち葉でずるずる滑りながら、雑木林の斜面を上っていく。

尾根筋は確かにマツ林だった。
いそいそとヒトクチタケを探すが…ない。枯れ木の樹皮を剥ぐも…いるはずもなく。
そもそも全体的に枯死木が多く、林に元気がない。どうしたんだろうか。

1ヶ所めはあえなく惨敗。

ただ、まだ慌てる時間じゃない。

ほうとうを食べてエネルギーチャージ。

2ヶ所めは私が3年前にマツコを採った場所だ。が、ポイントについた途端に違和感に襲われた。
とてつもなく荒廃しているのだ。アカマツの多くが枯死しており、倒木で非常に歩きづらい。

頑張って探すも、当然ながらヒトクチタケはなく、ここも惨敗。
焦りはじめる。何か採りたいと思い崖を掘るも、3年前はたくさんいたオサムシすら採れない。つらい…。

3ヶ所めも3年前に行ったアカマツ林だ。こちらは、前2ヶ所と異なり樹勢は良い。
しかし、ヒトクチタケが生えるような枯れたての樹はなく、あえなく初日終了。
期待していた序盤の2ヶ所で共に林の元気がなかったのが不安である。
松枯れの影響なのか、それとも台風の影響か、はたして…。


オオトビサシガメ


おなじみコンビ。ヤニサシガメの幼虫(上)とエサキモンキツノカメムシ。

宿にチェックイン。
宿は快適、食事も豪華で大満足だった。採れていてもいなくても、とりあえずビールはうまい。

カメムシ談義ののち、日付をまたがず健康的に就寝。

翌朝は7時半に起床。
お風呂からの眺望が売りの宿なので、朝風呂につかることにする。
正面に見える八ヶ岳が絶景で大満足だった。
朝食後、すこしのんびりしたのちに宿を出発。女将さんが、お土産に赤飯としいたけを持たせてくれた。

この日最初のポイントに到着。航空写真で当たりをつけた場所だ。

平坦な土地で歩きやすく、前日のポイントよりも松が太い。樹勢も良く、健康な林だ。

探すこと20分ほど、ついに、ようやく、ヒトクチタケを発見した。

ヒラタカメにリーチがかかる。
きのこの回りの材表面をなで、剥がれかかった樹皮をビーティングネットに落としていく。
ビーティングネット上の樹皮の破片をどけていく。すると…

いました。マツコのオスだ。

続いて、メスも姿を見せた。
ひとまずはボウズを回避した。
喜びもあるが、安堵が勝りほっと一息。良かった、よかった。
追加を狙うも、この樹からは2頭しか得られなかった。

その後もヒトクチタケの生えた樹を数本見つけ、リーチがかかったものの、ヒラタカメはいなかった。
ヒトクチタケさえあれば大体いてくれるんじゃないかとナメていたが、そんなことは全くないようだ。
H君もヒトクチタケ自体は発見していたものの、ヒラタカメの採集には至っていなかった。


来い…来い…っ!


去年の夏は元気だったであろうヒトクチタケ達。とっくの昔に枯れて(?)いる。


マツヘリカメムシ。

車に戻り移動しかけたところで、道端のマツを調査し直すことに。

すると、今までで一番状態の良いマツが見つかり、マツコ3頭ほどを追加することができた。

オオヒラタケシキスイは得られなかったが、
カブトゴミムシダマシとヒラタキノコゴミムシダマシのゴミダマコンビも無事採集できた。
だいぶ残した状態でH君に譲る。彼も無事数頭を採集できた。良かった…良かった…と呟いている。


マツコのメス。

この木、ヒトクチタケが成長するころにリベンジに来ればマツヒラタも採れるかもしれない。


小四紋型とでもいえばいいのか、いかにもクリサキテントウっぽい模様のテントウムシ。
集団越冬していないところも「いかにも」感。
もし本当にクリサキなら、冬季の記録は少なく、貴重なはず。
断定はしないでおく。
(落っことして見失ってしまった…)


道の駅に向かう道中から。冠雪した八ヶ岳。

道の駅で昼食。

午後は河川敷に立ち寄った。しかし、ニセアカシアだらけで辟易してまともに採集せず。


赤飯をいただく.絶品だった!

最後のポイントは先生が昔マツコを採った公園だ。
ボウズに備えて残してあった実績ポイントである。
しかし、探せど探せど松がない。

おかしいと思っていたところ…先生が切り株を見ながら一言。
「これ、マツだ。」

…えっ?えっ?
全ての松が伐採されていた。ということで、探す間もなく調査終了。衝撃的な幕引きとなった。悲しい。

その後、タラノキでネジロカミキリを探すも採れず。


センノカミキリの亡骸。君じゃないんだよなぁ…。


アカスジキンカメムシの幼虫がモズのはやにえになっていた。

今日の最初のポイントがなかったら本当に危なかった…などと言いながら帰路についた。
実のところ、マツコが採れたポイントは採集前日に急遽探して候補に追加したポイント。本当に危なかった。

調査に参加してくださった皆さん、ありがとうございました。私は恐らく夏にまた行きます。



ー完ー