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スーパー農学の知恵

アルツハイマー発症の要因

コレステロールとの関連を究明

応用生物科学部生物応用化学科 教授 山本 祐司

血液中のコレステロール濃度が高いと生活習慣病のリスクが上がることは、昨今のテレビ番組やコマーシャルのおかげで周知の事となっている。一方、高齢化社会に突入し老人性の病気、特に認知症が大きな社会問題となっており、中でもアルツハイマー病はその筆頭で読者の知るところとなっている。一見なんの関係もない二つの事象であるが、実は密接に関係しているようだ。世界各国で大規模な追跡調査が行われ、増々その関係は明らかになりつつある。私たちは、分子のレベルでどのようにコレステロールやその他の栄養素がアルツハイマー病発症に関わるかを明らかにすべく日々研究を行っている。

 

コレステロール代謝

コレステロールがステロイドホルモン合成や細胞膜の安定化に必須であり生命活動に重要な成分であるため、コレステロールはその8割以上は生体内(主に肝臓と脳)で生合成され、食事より摂取されるものは全体の2割に満たない。一方、コレステロール生合成には制御機構が存在し、過剰には生合成されない。従って、コレステロールを含む食品を食べて血中のコレステロール濃度が上昇すると生合成に関わる酵素の合成が止まり、過剰に生産される事はない。

しかし、うなぎ、霜降り牛肉、いくら、卵などコレステロールを多く含む食品を恒常的に多量に摂取する事により血液中のコレステロール濃度が高くなり(高コレステロール血漿)動脈硬化症にともなう心筋梗塞などの生活習慣病の発症リスクが高まる事が知られている。これは、コレステロールが酸化され血管内皮細胞にどんどん取り込まれて、血管が詰まってしまうことに由来する事が近年の研究から明らかになっている。

また、脳は脳関門を隔てているため、血液中のコレステロール濃度に影響を受けないものと推察されている。すなわち、食事由来のコレステロールに直接影響されず、独自の制御機構により調節されているものと推察されている。

 

発症のメカニズム

現在、推定認知症老人は160万人であり2020年までには292万人に急増するもと推測されている。アルツハイマー病は脳血管性のそれと並ぶ、認知症の原因となる二大疾患である。アルツハイマー病の病理学的特徴に老人斑が挙げられる。これは正常状態ではあまり見られないタンパク質であるβアミロイドタンパク質が細胞外に蓄積したものである。その他に、神経原繊維化がある。これらの所見をもとに現在ではかなり分子のレベルまで掘り下げてそのメカニズムが明らかとなってはいるものの、根本的な原因解明には至っていないのが現状である。

従って、現在では抗うつ剤など症状改善を目指した療法が主流であるが、食生活の改善から発症を送らせたり、症状の改善を目指した研究も最近注目されつつある。その根拠としてアルツハイマー発症の発症リスクを高める要因が挙げられる。加齢や遺伝的な要因(家族性アルツハイマー病)などの他に、中高年期の高コレステロール血漿が挙げられる。また、ビタミンB12の脳内濃度がアルツハイマー患者で低下する傾向にあること報告されているなど、栄養状態が密接に関わっていると考えられている。

 

研究戦略

細胞は外部から受けた情報を内部に伝え反応する。このとき、外部からの情報を細胞内で処理する因子に細胞内情報伝達因子群と呼ばれるタンパク質が存在する。これらのタンパク質は普段は不活性型で存在するが、外部からの情報により活性型に変化して、下流、すなわち次の因子に情報を伝える。伝言ゲームみたいなものを想像していただければよいと思う。これらの情報伝達因子群の中には膜に結合し活性化するものがあり、膜への結合がその働きに重要である事が判っている。また、このように膜への結合が必須な情報伝達因子の多くは最終的に遺伝子発現を調節する。

一方、肝臓同様に脳内で生合成されるコレステロールはその合成過程で様々な中間体を産生する。その中間体の一部には、外部からの情報を細胞内で情報伝達因子の膜結合に必須な脂溶性成分が含まれる。これらの成分はコレステロール生合成の途中段階で派生するため、コレステロールの生合成が止まったときにはその量は減少するものと予想される。すなわち、高コレステロール血漿患者では、コレステロール生合成系が抑制され、細胞内情報伝達因子の活性に必要な中間体が生産されなくなるものと考えられる。

従って、これらの患者の細胞内情報伝達因子の活性は低下しているおり、最終的にはその下流で調節される遺伝子群の発現も減少するものと予想される。私たちはこの仮説にたち、細胞内情報伝達因子の活性により制御される遺伝子群を網羅的に解析し、脳機能やアルツハイマー病に関与する可能性のあるもの検索している。同様に、ビタミンB12欠乏食で飼育したラットの脳における遺伝子発現を網羅的に解析し同様に解析している。これは、ビタミンB12欠乏により遺伝子(ゲノム)の化学構造が変化し、その結果、遺伝子発現のパターンが変化すると予想される為である。

 

難点・問題点・最後に

脳におけるコレステロール生合成系は脳関門により隔てられている事から、血中のコレステロール濃度に影響されないものと考えられている。しかし、実際高コレステロール状態でラットを飼育すると、血液中のコレステロール濃度が上昇するにもかかわらず、脳内のコレステロール濃度は低下する傾向にある。では、何が血液中のコレステロール濃度の異常を脳に伝えているのか、今のところ不明である。また、細胞培養系を用いた実験結果ではコレステロール濃度が細胞内情報伝達因子の活性に影響を与える事を示唆する結果は得ているものの、ラットを用いた実験では再現性に苦慮している。

今後、さらに新しい研究発表や新しい実験方法、解析方法を用いる事により、見えてこなかった生体内でのコレステロール動態やそのメカニズムが明らかになれば、コレステロールと脳機能の関連がさらに明確にできるものと考えている。最後に、現在コレステロール濃度を低下させる成分としてシルクから抽出したタンパク質に着目研究を行っている。我々が行った実験によれば、シルクタンパク質をコレステロールを強制投与し、高コレステロール血漿状態になったラットに給餌すると血清コレステロール濃度を下げる効果を認めている。

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