東京農業大学

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スーパー農学の知恵

腎臓の石灰化を発症

リン過剰摂取の影響を研究

応用生物科学部栄養科学科 教授 松崎 広志

多くの加工食品には添加物として各種リン酸塩が用いられており、リンの摂取過多が問題視されている。そこで、本稿では腎臓に及ぼすリン過剰摂取の影響について、研究成果などを紹介する。

 

食品添加物で大量摂取

リンはカルシウムに次いで体内に多く存在するミネラルであり、成人の体重の約1%を占めている。体内ではその約85%がカルシウムと結合し、骨や歯を形成している。残りは、リン脂質、核酸、高エネルギーリン酸化合物(ATP)、補酵素(FAD、NAD)の構成成分として存在している。

リンは多くの食品に含まれていることから、日常の摂取量は調理による損失を考慮しても不足することはないが、食品添加物に用いられる各種リン酸塩の摂取が問題になる。リンの過剰摂取が生体に及ぼす影響については、ヒトや動物を用いた実験で、カルシウム吸収や血中カルシウム濃度の低下、副甲状腺機能の亢進、骨吸収の増加や骨密度の低下などが観察されており、主にカルシウム利用や骨代謝に影響することがよく知られている。しかし、リン過剰摂取の腎臓に対する影響はあまり知られていない。

 

腎臓にカルシウム沈着

飼料中リン濃度を正常濃度の5倍量の1.5%に調整した高リン食をラットに投与し、リン過剰摂取の腎臓への影響を観察したところ、腎臓中カルシウム、リン濃度が増加した。また、カルシウムを特異的に染色するコッサ染色を施し、光学顕微鏡によって観察すると多量のカルシウム沈着が認められた。この結果から、リン過剰摂取は腎臓にカルシウム沈着すなわち石灰化を引き起こすことが示された。

一方、高リン食投与時のカルシウム沈着の発症時期について検討したところ、リン濃度を1.5%とした高リン食では投与開始24時間後にカルシウム沈着が見られ、カルシウムの沈着は高リン食投与後、非常に短時間で発症することが観察された。さらに、腎臓へのカルシウム沈着の度合いは投与リン濃度に依存することも示されている。

カルシウム沈着は、腎臓の皮質、髄質外帯および髄質内帯と腎臓全体に認められ、特に髄質外帯に多量のカルシウム沈着が観察された。また、カルシウムの沈着は尿細管の細胞内と管腔内に観察され、糸球体は認められなかった。

 

近位尿細管の機能低下も

リン過剰摂取時に認められる腎臓中カルシウムの沈着部位は尿細管であり、特に近位尿細管に多量の沈着が認められた。尿細管傷害時に上昇することが知られ、その有用性が注目されている尿中N―アセチル―β―D―グルコサミニダーゼ(NAG)活性と糸球体で濾過された後、近位尿細管で大部分が再吸収される。そこで、近位尿細管機能の指標の一つとされている低分子蛋白であるβ―マイクログロブリンの尿中排泄量について検討を行った。

その結果、高リン食投与により尿中NAG活性と尿中β―マイクログロブリン排泄量の増加が認められ、リンの過剰摂取は近位尿細管の機能低下を引き起こすことが示された。また、近位尿細管機能の低下の成因については、高リン食投与により近位尿細管の細胞内にカルシウム沈着などが観察されることから、細胞内にカルシウムが沈着することにより近位尿細管傷害が引き起こされ、さらに傷害機序が継続された結果、近位尿細管機能が低下したと考えられる。

一方、近位尿細管はミネラルの再吸収、酸塩基平衡の調節や副甲状腺ホルモン(PTH)の作用部位である。ラットに高リン食を投与するとPTH分泌の亢進が観察される。PTHの作用はPTHが腎尿細管細胞の細胞膜上に存在する受容体に作用し、セカンドメッセンジャーとしてのcAMPを上昇させてPTHの機能が発現される。しかし、高リン食投与時ではPTHが作用発現する際に、PTHが作用する受容体メッセンジャーRNA発現量は低下し、さらにcAMPの尿中排泄は低下することが報告されている。これらの結果は、PTHの分泌亢進があっても、その作用は低下していることを示すものである。この現象は、高リン食投与により起こる近位尿細管での組織傷害が起因していると考えられる。

 

リン酸塩の種別で違う影響

加工食品には食品添加物として様々な種類のリン酸塩が添加されており、我々は自覚なしで様々な種類のリン酸塩を摂取しているものと考えられる。このことから、リン酸塩の摂取量の問題とあわせ摂取するリン酸塩の種類の違いによる影響についても考慮する必要があると考えられる。そこで、リン酸二水素カリウムとトリポリリン酸カリウムを用い、投与リン酸塩の種類の違いが腎臓にどのような影響を及ぼすのか検討を行った。

その結果、高リン食投与時ではトリポリリン酸カリウムを投与したラットの腎臓中カルシウム、リン濃度はリン酸二水素カリウムを投与したラットより増加し、腎臓の組織観察でもリン酸二水素カリウムよりトリポリリン酸カリウムを投与したラットの腎尿細管で多量のカルシウム沈着を観察した。腎臓の近位尿細管機能についても腎臓のカルシウム沈着と同様に高リン食投与時ではリン酸二水素カリウムよりトリポリリン酸カリウムを投与したラットで尿中NAG活性と尿中βマイクログロブリン排泄量が増加し、高リン食投与時に見られる近位尿細管の機能低下はリン酸二水素カリウムに比べトリポリリン酸カリウムの方が重度であることを認めた。

このような腎臓に対する投与リン酸塩の種類の違いの影響は、高リン食投与時には観察されたが、飼料中リン濃度が正常濃度の正常食投与時では認められなかった。以上の結果から、腎臓の石灰化や機能はリンの過剰摂取時には摂取するリン酸塩の種類の違いが影響することが示された。

 

マグネシウム摂取による抑制効果

リン過剰摂取は腎臓の石灰化を発症するが、マグネシウム摂取量も腎臓の石灰化の発症の重要な要因である。そこで、リン過剰摂取時の腎石灰化に対するマグネシウム摂取量の影響について検討を行った。

ラットに飼料中リン濃度を1.5%とし、マグネシウム濃度を0.05、0.03%の2段階に調整した飼料を投与したところ、腎臓中カルシウム、リン濃度は飼料中マグネシウム濃度の増加に伴い低下を示し、組織観察においても腎臓の皮質、髄質外帯および髄質内帯のカルシウム沈着の減少が観察された。また、尿細管傷害の指標である尿中NAG活性と近位尿細管機能の指標である尿中β―マイクログロブリン排泄量は飼料中マグネシウム濃度の増加により低下を示した。これらの結果から、マグネシウム摂取量の増加はリン過剰摂取時の腎臓の石灰化や機能低下に対して抑制効果があることが示された。

しかし、生体に及ぼすリン・マグネシウム摂取量の影響については、まだ不明な点が多く残されている。今後も腎臓を中心とし、その摂取の過不足による影響を研究テーマとして、取り組んでいきたい。

 

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