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スーパー農学の知恵

シルクの知られざる力!〜千年先を守る研究〜

農学部農学科 教授 長島 孝行

シルクを知っていますか?そう、絹のことです。美しい独特の光沢を放つことから、古来より着物や下着など、衣服の高級素材として貴ばれてきました。ところが最近、見た目だけでなく、シルクには驚くべき力が備わっていることがわかってきたのです。

東京農業大学農学部農学科の長島孝行 助教授が、そのふしぎな世界を案内します。

 

それは、小さな疑問から生まれました。

シルクを吐いてマユをつくることで知られるカイコ。実は同じような性質をもつものはバッタやクモの仲間など10万種を超えます。”シロアリモドキ”というバッタに近い昆虫もその一つ。ある日、そのシロアリモドキが手からシルクを出して作り始めた家の一部を壊してみました。すると、彼らは慌ててシルクを出して修復してしまったのです。再び壊してみると、またすぐに直す。何度やっても同じなのです。

それまでカイコなどの出すシルクは、「老廃物をからだの外に出しているにすぎない」と考えられてきました。しかし、家を壊された時のシロアリモドキの慌てぶりを見るとシルクは「老廃物」などではなく、何か重要な役割があるのではないかと思えてきたのです。

シルクの研究はいまに始まったことではありません。中国では四千年以上も前からカイコは飼われ、やがて日本にも伝わり、後に全国のいたるところに研究所がつくられました。しかし、その研究はすべてひとつのことだけを追究していました。それは「いかに質のいいシルクをたくさんつくれるか」ということです。

シルクそのものが、カイコにとってどんな役割をはたしているかという、「機能性」の研究はまったく行われていなかったのです。そこでシルクがもつ機能性を調べてみたところ、想像もしなかった事実が浮かび上がってきたのでした。

 

菌が増えないふしぎ

まず研究しやすいように、シルクをいろいろな形状にすることから始めました。ゲル状(ゼリー状)、パウダー状、液状、フィルム状などです。そしてまず、ゲル状にしたシルクを人の肌に塗って反応を調べてみました。

ふつう、人のからだは違和感を感じると拒否反応を起こして肌が赤くなります。ところが、調べた500人中、だれ一人として拒否反応を示さなかったのです。つまりシルクは、人の肌に非常になじみやすいタンパク質であることがわかったのです。昔からシルクは手術用の糸として使われてきましたが、それも昔の人がシルクのこうした特徴を経験上で知っていたからなのでしょう。

今度は、シルクゲルに菌を落としてみました。シルクはタンパク質なので、ふつうなら菌がタンパク質を食べてどんどんと増えるはずです。ところが一向に増えないのです。かといって減るわけでもありません。これを私たちは「静菌作用」(※)と名づけました。

さらにわかったことは、シルクには「紫外線をさえぎる」性質があることです。カイコのさなぎをマユから出して紫外線を浴びさせると、日焼けして真っ黒になり、100%奇形になり4割が死んでしまいました。シルクはカイコを紫外線から守る働きもしていたのです。

 

千年先を見すえて

新たに明らかになったシルクの機能を生かして、いま、シルクを使った製品の開発が次々と進んでいます。日焼け止めクリーム、化粧品、シックハウス症候群(※)対策としての壁紙、さらにはジュースやジャム、ゼリーなども開発されています。

実はシルクのタンパク質は脂肪分を吸着しやすい性質があり、それでいて体内で消化されないのでそのままからだの外に出してくれます。脂肪肝のラットにシルクのパウダーを食べさせたところ、肝臓の脂肪が消えてしまったほどですから、いかにシルクが優れた性質をもっているかがわかります。

そして強調すべきは、シルクはリサイクルに非常に適した素材であることです。石油でつくられた化学製品、たとえばペットボトルをリサイルしてTシャツにしても、最後は必ず捨てられて分解されないゴミになります。ところが、シルクのネクタイや着物を再利用してフィルムや固形の製品にしてもシルクはタンパク質でできているので自然界に戻すことができます。そして最後には生物の栄養として再び活用されるわけです。

石油はあと70年でなくなるといわれています。となると、そのあと私たちは石油なしで生きていかなければなりません。その時になって慌てないためにも、シルクのような「再資源可能資源」をいまから利用することが大切になってきます。

100年、200百年先、さらには千年先をも見すえた研究に取り組めるのも農学の面白さです。

 

※「静菌作用」・・・菌を殺さず、かといって増やしもしない、菌の増殖を抑える作用のこと。辞書にはない造語。

※「シックハウス症候群」・・・新築や改築・改装後に入居すると、めまいや吐き気、頭痛などの症状が出るもので、原因としては住宅建材から出る揮発性化学物質が疑われている。

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