東京農業大学

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教員コラム

「見えない価値」を評価する

2010年10月18日

国際食料情報学部食料環境経済学科 准教授 岩本 博幸

食・農・環境の多面的機能

「見えない価値」つまり非市場的な価値をどう評価すべきか。その評価手法を探求することにより、農業・農村がもつ非市場的な多面的機能を積極的に評価し、農業環境政策に貢献したいと考える。

 

多面的な財・サービスの価値

財・サービスの価値とは何かという問題を考えたときに、まず思い浮かべるのは、その財・サービスの使用から得られるメリットに よって定義づけられる使用価値ではないかと思う。

しかし、財・サービスの多くは、使用価値のみよって価値付けられているわけではない。
使用価値においてさえも、ガソリンのように燃焼させることによって価値が発現する直接使用価値を持つ財もあれば、
棚田など美しい景観を見て心が安らぐといった間接使用価値を持つ財・サービスもある。

このような財・サービスの多面的な価値を整理したものが図1である。図1からもわかるように、 財・サービスが持ちうる価値には、直接使用価値以外の価値が多く含まれており、 のほとんどが市場での取引対象となっていない価値(見えない価値)で占められている。

 

環境を経済的に評価する

では、間接使用価値や非使用価値を持つ財・サービスがなぜ市場での取引対象とはならないのか?

その理由は、そのような財・サービスがひとたび市場に供給されると、消費者の意思にかかわらず便益がもたらされ(非競合性)、便益の対価を支払わない消費者に便益の供給を制限することができない(非排除性)からである。
非競合性や非排除性を持つ財・サービスを経済学では公共財といい、公共財の供給は市場メカニズムでは
上手くいかないことが知られている。

したがって、従来のダムや道路建設など環境の改変が伴うような開発行為の計画において、失われる環境便益は、明示的に費用として考慮されることがなかった。公共事業に代表される開発行為の計画は、貨幣的な費用−便益の枠組みで採否が検討される。環境保護の立場からの開発行為への反対主張の多くが、費用−便益の枠組みからは「理念的・情緒的」であるとされ、両者の議論がかみ合わない状況にある。

環境保護を主張し、開発に異を唱えるには、開発によって得られる便益をあきらめてでも保護すべき環境便益が あることを客観的に示し、一方、開発推進を主張するならば、失う環境便益を超える開発便益があることを客観的に 示す必要がある。ここに、環境を経済的に評価する重要性が生じてくる。

 

多面的な価値を包括的に評価

非市場的な見えない価値を持つ環境をどのように貨幣評価するのかという課題に対して、環境経済学及び農業経済学の分野では、 さまざまな評価手法を開発することで答えてきた。そのなかでも、非市場的な価値を含めて多面的な環境便益の価値を包括的に評価する 手法として、仮想的な状況を設定して分析する表明選好法が注目されてきた。そのうち、CVM(Contingent Valuation Method:仮想評価法 )が現在、広く適用されている。

CVMの基本的なアイディアは、環境便益の受益者に対して、環境便益が失われるといった仮想的なシナリオを提示し、 環境便益を維持するために自らが支払っても構わないとする金額を直接尋ねることにより、1人当たり(1世帯当たり)の 支払意志額(Willingness-to-Pay:WTP)を求め、受益地域の人口(世帯数)を乗じることによって環境便益を貨幣的に推しようというものである。

CVMは、わが国でも1980年代後半から開発・適応研究が進められてきた。特に、環境経済学の分野とともに、 農業・農村が持つ景観形成機能や生態系保全機能などの多面的機能を評価できる手法として農業経済学分野で多くの適応研究が行われ、 この分野での主導的な役割を果たしている。

筆者らも、1999年に北海道の農業・農村が持つ多面的機能の経済評価を試みたところ、 北海道の年間農業粗生産額の50%に相当する5,165.7億円の便益がわが国全体にもたらされていることを明らかにした。

 

多面的な価値を属性別に評価

CVMの多面的な財・サービスの価値を包括的に評価できる利点は、 一方で、それぞれの価値が評価額のどのくらいを占めているのかという問いに直接答えることが できないという欠点にもなっている。また、市場取引が行われている財・サービスの価値も財・サービスを構成する複数の属性(要素)から成り立っている。具体的な例を挙げると、自動車の価値は排気量や乗車人数、車体の色、ブランドなど複数の属性から成り立っており、消費者はこれら複数の属性を検討して購入する自動車を選択している。

このような財・サービスが持つ多面的な価値を属性別に評価し、CVMのような柔軟性を持つ表明選好法の評価手法として、 選択実験(Choice Experiment)の開発・適応研究が進められている。選択実験では、評価対象となる属性を定義した上で、 属性の特徴が異なる複数の財・サービスを被験者に提示し、選択された財・サービスで重視されている属性の価値を推計する。 図2は、筆者が牛乳を対象に、環境配慮属性としてエコラベルを仮想的に付与した場合の貨幣価値を推計する際に使用した。 選択実験の一部である。この選択実験から、1・当たり150円の牛乳に対して仮想的なエコラベルを設定するとプラス12円の支払意志額を持つことが明らかになった。

 

広がる適用範囲

非市場的な財・サービスを貨幣的に評価することは、 環境保護問題において、失われる環境便益を費用として明示的に考慮するために有用なだけではない。同じ環境分野においても、 近年の近自然工法に見られるような環境改善の便益評価にも有用であり、公共事業評価手法として採用されつつある。また、 環境分野だけでなく、食品安全性の消費者評価や文化財の文化的・歴史的価値評価など、さまざまな分野で適用が広がりつつある。このような他分野における研究知見をフィードバックさせ、農業・農村が持つ非市場的な役割を積極的に評価することを通じて 農業環境政策に貢献していきたいと考えている。

このような財・サービスが持つ多面的な価値を属性別に評価し、CVMのような柔軟性を持つ表明選好法の評価手法として、 選択実験(Choice Experiment)の開発・適応研究が進められている。選択実験では、評価対象となる属性を定義した上で、 属性の特徴が異なる複数の財・サービスを被験者に提示し、選択された財・サービスで重視されている属性の価値を推計する。筆者が牛乳を対象に、環境配慮属性としてエコラベルを仮想的に付与した場合の貨幣価値を推計する際に使用した。 選択実験の一部である。この選択実験から、1・当たり150円の牛乳に対して仮想的なエコラベルを設定するとプラス12円の支払意志額を持つことが明らかになった。

 

 

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