二学科増設の理念と展望
バイオセラピー学科、アクアバイオ学科

東京農業大学副学長(大学改革推進担当)蓑茂寿太郎
 一つ一つ東京農大改革の足音が聞こえてきた。ジャーナルの20号(2005,1、2月合併号)で大学改革のビジョンに関し、そのフレームを「東京農大のグランドデザイン」として紹介し、改革にあたり取り組むべき4つの課題を指摘した。そして、東京農大の使命と大学総体のアドミッションポリシーを示した。またその結びでは、自己点検・評価の成果が3月の末には得られると記した。そこで、本号では、自己点検評価の作業と並行して提案審議が進められ、去る3月23日開催の理事会で最終決定された増設する二つの新学科について紹介し、東京農大の次なる展開をご理解いただきたい。その二つの学科とは、北海道のオホーツクキャンパスにある生物産業学部に設置予定のアクアバイオ学科が一つであり、もう一つは、神奈川の中核都市・厚木キャンパスにある農学部に設置するバイオセラピー学科である。共に平成18年4月の開設を予定して準備を着々と進め、4月末日までに文部科学省に学科新設の届出をすることになっている。

生活農学も究める東京農大 / バイオセラピー学科の魅力

 つぎに、農学部に新設するバイオセラピー学科について紹介する。この学科は、入学定員140名、編入学(3年次)定員10名、総収容定員580名である。学年定員140名のうち、40名については、農学科から20名、畜産学科から20名の定員移行とし、100名の純増として計画したものである。学科の設置理念から述べて行こう。

この学科を設置する農学部は、東京農業大学にあって、最も長い歴史を引き継ぎ、農用動植物の「生産科学」、すなわち主に食料生産に関する研究・教育ならびに人材養成を担ってきた学部である。つまり農学部は、本質的に、地球の人口の急増に対応した食料確保に貢献するための研究・教育に邁進してきたのである。しかし、ここで忘れてならないのが農学部が意識してきた環境問題への配慮、心身の健康維持・増進への対応、生活の質(QOL)の向上や生物資源の持続的確保についての研究教育的関心である。すなわち、「自然と縁遠い」環境での生活者が日本の総人口の8割にまで増加した現代の都市社会においては、農学への期待が「生産科学」面においてのみならず、「生活科学」面においても非常に大きな期待として高まってきたと言うことである。そこで、人間と動物、人間と植物との生活的段階での関係を追究することで、現代社会に潜む新たな問題の解決へ寄与すべきと東京農業大学は考えた。

 農学部には現在、農学科と畜産学科の2つの学科があり、共に生産農学を本流としてきている。しかし、農学科の中には1998年から人間植物関係分野(人間・植物影響学研究室、社会園芸学研究室、都市園芸学研究室)が、畜産学科の中には動物環境分野(野生動物学研究室)が同じく1998年に設置されてきたように、既存の組織内でこうした新しい要求を受け止める対応が徐々になされてきた。そこで、上記の課題に本格的に対処するために、これに対応し得るシーズがすでに存在する農学部の中に、「バイオセラピー学科」を増設する運びとなった。

人間生活の場に置かれた動物や植物が、コミュニケーションの媒体となり、そうした成果の集積が文化の伝承として認められ、また近年では環境問題への動機付けになることから、動植物の存在は、家庭やコミュニティの融和に寄与すると認知されるに至っている。さらに、動植物層が豊かな里山が健康を育む源泉となり、園芸や農作業、そして、野生動物や伴侶動物が私たちに癒しと活力を与えてくれ、これらが結果として、豊かな人間性の醸成に寄与し、動植物を育てた経験をもつ人の個性はより豊かであるという結果につながる。こうした経験則から、農耕・園芸を通してのまちづくり活動が推奨され、市民生活の向上、高齢者の生きがいや健康づくり、子供の教育等を主要施策に掲げる自治体が激増している。さらに園芸療法やアニマルセラピーに見られるように植物や動物は療法に及ぶ力を有している事実に鑑み、これらを必要とする人達の期待に応えるべき時期到来と言える。

 しかし、このように社会的ニーズが高まってきているにもかかわらず、わが国においてはこの領域の人材を専門的に養成するプログラムが未発達で、本格的に科学として追究しつつ、知識とスキルを兼ね備えた人材養成を図る教育機関の構築は、先行する諸国に比べ著しく遅れている。東京農業大学農学部がこの領域の教育・研究を取り入れることにより、その社会貢献が高まること請け合いである。新学科は、この意義ある可能性に挑戦するものである。バイオセラピー学科には、教育分野として植物共生、動物共生、生物介在療法の3分野を置くものとし、それら3分野には、植物共生学と人間植物関係学、野生動物学と伴侶動物学、さらに園芸療法学と動物介在療法学の6つのエキスパートを擁した研究室を配置する。

 東京農大が「生き物からの癒しを科学する」という企てをもつことは、きわめて自然である。園芸療法とアニマルセラピーに挑戦する東京農大へのアプローチが着々と進められてきた。巨大人工都市生活を余儀なくされた現代人を癒すには、生き物文化としての視点、人と動植物との関わりへの文明史的問いかけ、そして何よりも生物共生のベースを堅持することが不可欠である。先進国の成熟都市社会では、「心の扉を開く植物と動物たち」との見出しで、人間の正常な生活をサポートする植物や動物の存在が大きく取り上げられている。この学科のキャッチコピーを、「生き物活用によるヒーリングからセラピーまで」と表現することもできる。それは、高齢化社会・ニッポンが、健康を持続して生きる価値社会を意味する「LOHAS社会」に突入する前夜だからである。この社会を支えるプロの養成をこの学科に期待してほしい。すでに、成熟型社会でのペット産業が1.2兆円の経済規模と言われるのは、この前触とも言えよう。

  新学科がスタートする平成18年には創立115年を迎える東京農大。ここには、一世紀に及ぶ生物共生の基盤が息づいている。里山の厚木と広大な富士の二つの農場をフィールドとした実践教育は、他ではできない東京農大バイオセラピー学科の個性につながってくる。人と動物の関係学、人と植物の関係学を大々的に研究することを手始めに、園芸療法とアニマルセラピーに果敢に挑戦することになる。脱モノ・心の時代、健康長寿社会、環境の世紀が求めるまた新たな実学人材をバイオセラピー学科は、生活質の向上にかなうプロとして養成することになるわけである。

オホーツク水圏の研究

 「オホーツク水圏に特化し、地域から世界へ貢献」がこの学科のコンセプトである。そしてこの学科に学ぶ学生は、多様な水圏生物資源と水圏環境を対象にした生態系にはじまり、産業システムから環境循環系に及ぶ理論と専門知識を習得する。そして、水圏資源の持続的な増殖・管理、水圏生物の機能特性の解明、および新産業・技術の創出、さらには、水圏環境の保全を目的とした教育研究を展開し、最終のゴールは、地球規模での環境・食糧問題の解決に貢献することである。世界四大漁場の一つに数えられるオホーツク水域を舞台に水圏研究のロールモデル確立を目指すとしている。これにより、水圏生物環境の科学的命題の解明を包括的・実践的に行うものである。また、水産物の加工・流通・経済など文理を統合した広い知識を持ち、国際的な視野に立って豊かな発想と創造性を発揮し、地域と世界で行動できる人材の養成を目標としている。研究教育の領域としては、オホーツク水圏環境分野、水産資源管理分野、アクアバイオテク分野の3分野を置くこととし、それら各分野に、水圏生態学、水圏環境学、水産増殖学、水産資源管理学、水圏生物化学、アクアゲノムサイエンスの6つエキスパートを抱える研究室を設置するものである。

 この新学科・アクアバイオ学科の個性を伝えるなら、オホーツクの海と知床自然遺産と連携させて、この学科は「森は海の恋人」そのものリアルな典型である。また、有史以来コメと並ぶ日本人の主食が水産物であることとも関係し、稲作文化と漁労文化を基盤とするのが日本の生活文化であることを改めて認識できる文化的背景を有する学科でもある。そして、世界の長寿国は共通して魚食国であることを知るなら、この学科は健康をもリードすることになる。しかも日本の水産物自給率が50%程度で、世界最大の水産物輸入国がニッポンであることを知ることで、21世紀最大の課題である<食料と環境問題>を一挙に解決するための学科と再確認したい。1994年の国連海洋法条約以降の200海里体制を踏まえ、オホーツク水圏環境分野に加え、水産資源管理分野とアクアバイテク分野を備えることで、地域に貢献でき、しかもこの学部をリードできる学科として成長することを願わずにはいられない。新学科の具体的イメージは、オホーツクの水圏生態系をフィールドワークと衛星で常に探査し、独自のアクアバイオ臨海実験センターで実践教育が日常化し、カニ、エビ、ニシンにチャレンジする科学者が集結し、安全・安心の科学とゲノムサイエンスの夢を追う若人がキャンパスの研究棟とオホーツクの海を往来する姿である。その行動力の高さを以って、地球環境時代、長寿健康社会、安全食料時代が求める実学人材養成のレベルが測られることになるであろう。

海へ進出した東京農大 / アクアバイオ学科の魅力

 まず、北の大地・オホーツクキャンパスに開設するアクアバイオ学科から紹介することにしたい。この学科は、一学年の入学定員80名で、4年次までの総収容定員は320名であり、この学科増設により、学部創設17年目を迎える生物産業学部の学生数は、大学院を含め2000人近い規模になる。

 この学科の設置の理念は、アクアバイオ学科の増設により生物産業学部が、いや東京農大がどのように変わるかの問いかけへの答えでもある。アクアバイオ学科設置の意義は、一学科の設置にとどまらず、そのように大きい。東京農業大学が掲げる『食料・環境・健康・資源エネルギー』のコンセプトは、農学系総合大学の教育研究の全体像を、本学が受け持つべき「教育研究の幅」として示したものである。大学の全体像はこうであるが、生物産業学部・オホーツクキャンパスにあっては、『北の大地・オホーツクでの感動、体験、学究』が学部運営のモットーとなっている。ここでは、農学に並ぶ隣接の新しい学問・生物産業学が、生産、加工、流通、経営の視点から、すなわち複眼的アプローチでなされている。キャンパスの立地から寒地農学等に照準をあてた地域学を基本に、専門力と総合力のバランスある教育を行い、地域における問題発見から、その解決までの教育を実践していると自己点検されている。農業、食品産業、漁業などの関連産業界は、技術と経営の手法を身につけた実社会で即戦力のある高度技術者を求めており、このニーズの高まりに応えてきたのが生物産業学部である。

 このように生物産業学の全体像を描くのであるが、その全てにおいて完全とは言えないことも点検評価で明らかになった。生物資源の持続的確保を注視しての環境問題への貢献、アクアカルチャアーからマリン産業までを網羅した総合的な水圏研究・教育機関として現在の東京農大生物産業学部を評価するなら、正直のところ不足した部分が見られた。ところで、生物産業学部は3つの学科を持ち、畑作農業と雄大な知床オホーツクの大自然を相手にして陸の生産学の本流を究めつつ、生物生産学科の中には水圏資源生産分野(水圏環境学研究室、水圏生物科学研究室)を持ち、食品科学科では水産資源利用学を、また産業経営学科では水産経済学の教育をしている。このように、既存の組織内において、水産や水圏に関する教育研究が分割的に進められてきていた。そこで、上記の課題に本格的に対処するためには、これに対応し得るシーズがすでに存在する生物産業学部の中にアクアバイオ学科を増設することが適切であるとしたわけである。
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