つぎに、農学部に新設するバイオセラピー学科について紹介する。この学科は、入学定員140名、編入学(3年次)定員10名、総収容定員580名である。学年定員140名のうち、40名については、農学科から20名、畜産学科から20名の定員移行とし、100名の純増として計画したものである。学科の設置理念から述べて行こう。
この学科を設置する農学部は、東京農業大学にあって、最も長い歴史を引き継ぎ、農用動植物の「生産科学」、すなわち主に食料生産に関する研究・教育ならびに人材養成を担ってきた学部である。つまり農学部は、本質的に、地球の人口の急増に対応した食料確保に貢献するための研究・教育に邁進してきたのである。しかし、ここで忘れてならないのが農学部が意識してきた環境問題への配慮、心身の健康維持・増進への対応、生活の質(QOL)の向上や生物資源の持続的確保についての研究教育的関心である。すなわち、「自然と縁遠い」環境での生活者が日本の総人口の8割にまで増加した現代の都市社会においては、農学への期待が「生産科学」面においてのみならず、「生活科学」面においても非常に大きな期待として高まってきたと言うことである。そこで、人間と動物、人間と植物との生活的段階での関係を追究することで、現代社会に潜む新たな問題の解決へ寄与すべきと東京農業大学は考えた。
農学部には現在、農学科と畜産学科の2つの学科があり、共に生産農学を本流としてきている。しかし、農学科の中には1998年から人間植物関係分野(人間・植物影響学研究室、社会園芸学研究室、都市園芸学研究室)が、畜産学科の中には動物環境分野(野生動物学研究室)が同じく1998年に設置されてきたように、既存の組織内でこうした新しい要求を受け止める対応が徐々になされてきた。そこで、上記の課題に本格的に対処するために、これに対応し得るシーズがすでに存在する農学部の中に、「バイオセラピー学科」を増設する運びとなった。
人間生活の場に置かれた動物や植物が、コミュニケーションの媒体となり、そうした成果の集積が文化の伝承として認められ、また近年では環境問題への動機付けになることから、動植物の存在は、家庭やコミュニティの融和に寄与すると認知されるに至っている。さらに、動植物層が豊かな里山が健康を育む源泉となり、園芸や農作業、そして、野生動物や伴侶動物が私たちに癒しと活力を与えてくれ、これらが結果として、豊かな人間性の醸成に寄与し、動植物を育てた経験をもつ人の個性はより豊かであるという結果につながる。こうした経験則から、農耕・園芸を通してのまちづくり活動が推奨され、市民生活の向上、高齢者の生きがいや健康づくり、子供の教育等を主要施策に掲げる自治体が激増している。さらに園芸療法やアニマルセラピーに見られるように植物や動物は療法に及ぶ力を有している事実に鑑み、これらを必要とする人達の期待に応えるべき時期到来と言える。
しかし、このように社会的ニーズが高まってきているにもかかわらず、わが国においてはこの領域の人材を専門的に養成するプログラムが未発達で、本格的に科学として追究しつつ、知識とスキルを兼ね備えた人材養成を図る教育機関の構築は、先行する諸国に比べ著しく遅れている。東京農業大学農学部がこの領域の教育・研究を取り入れることにより、その社会貢献が高まること請け合いである。新学科は、この意義ある可能性に挑戦するものである。バイオセラピー学科には、教育分野として植物共生、動物共生、生物介在療法の3分野を置くものとし、それら3分野には、植物共生学と人間植物関係学、野生動物学と伴侶動物学、さらに園芸療法学と動物介在療法学の6つのエキスパートを擁した研究室を配置する。
東京農大が「生き物からの癒しを科学する」という企てをもつことは、きわめて自然である。園芸療法とアニマルセラピーに挑戦する東京農大へのアプローチが着々と進められてきた。巨大人工都市生活を余儀なくされた現代人を癒すには、生き物文化としての視点、人と動植物との関わりへの文明史的問いかけ、そして何よりも生物共生のベースを堅持することが不可欠である。先進国の成熟都市社会では、「心の扉を開く植物と動物たち」との見出しで、人間の正常な生活をサポートする植物や動物の存在が大きく取り上げられている。この学科のキャッチコピーを、「生き物活用によるヒーリングからセラピーまで」と表現することもできる。それは、高齢化社会・ニッポンが、健康を持続して生きる価値社会を意味する「LOHAS社会」に突入する前夜だからである。この社会を支えるプロの養成をこの学科に期待してほしい。すでに、成熟型社会でのペット産業が1.2兆円の経済規模と言われるのは、この前触とも言えよう。
新学科がスタートする平成18年には創立115年を迎える東京農大。ここには、一世紀に及ぶ生物共生の基盤が息づいている。里山の厚木と広大な富士の二つの農場をフィールドとした実践教育は、他ではできない東京農大バイオセラピー学科の個性につながってくる。人と動物の関係学、人と植物の関係学を大々的に研究することを手始めに、園芸療法とアニマルセラピーに果敢に挑戦することになる。脱モノ・心の時代、健康長寿社会、環境の世紀が求めるまた新たな実学人材をバイオセラピー学科は、生活質の向上にかなうプロとして養成することになるわけである。 |