産学連携による「実学ゼミ」の展開

課題解決プロジェクト型学習とキャリア形成

東京情報大学総合情報学部 准教授

柳田 純子(やなぎだ じゅんこ)

1960年神奈川県生まれ。

順天堂大学大学院医学研究科修了。医学博士。経営学修士(横浜市立大学)。
東京情報大学総合情報学部情報ビジネス学科准教授(企業情報研究室)。

専門分野:人的資源の観点からの経営学(顧客満足と従業員満足経営、リーダーシップ、キャリア形成) 主な研究テーマ:キャリア形成過程の諸問題(若年層のキャリア形成、医療・福祉など対人サービス組織におけるキャリア形成など)
主な著書:中国社会発展の現状と課題(第3章)2004年(鼎書房)

現代実学主義」を掲げる東京情報大学は、専門教育および基礎能力強化を図ることを目的に「総合的キャリア教育」を体系化し、その実施体制の確立をめざしている。その一環として、筆者が所属する情報ビジネス学科では、研究室活動の枠組みの中で産学連携による「実学ゼミ」に取り組んでいる。活動の経緯と課題を報告したい。

総合的キャリア教育の体系化

下図は、平成18年度より体系化された本学のキャリア教育の目的と実施体制を示したものである。  本稿の主題である「実学ゼミ」は、図の「実施体制」のなかで「3年次〜4年次」の「研究室」活動の一環として位置づけられる。大学教育の場で学生たちと日常接していて、ここ数年、特に演習系の授業で「課題を発見し、仲間とともに解決する力の低下」を感じる場面が増えている。本学の教育理念「現代実学主義」をいかに具現化するか、筆者は所属する情報ビジネス学科で、「社会人基礎力」と「チームでの課題解決力」の育成を図る取組みを模索し、次項で述べる産学連携学習を研究室活動の枠組みで開始した。

社会人基礎力へのニーズ

「社会人基礎力」は、経済産業省「社会人基礎力に関する研究会」による中間報告(平成18年)の中で提起されている。それは、今日の企業社会で求められる場面が多いと考えられる「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」及び「能率的にコミュニケーションできる力」から構成されている。  同報告書によれば、従来「社会人基礎力」は「学力」との相関が高いと考えられてきた。しかし近年、両者間の相関にばらつきが見られるため企業側は「学力」と独立した要素として「社会人基礎力」を捉え始めている。また少子高齢社会のもとで若年労働人口が減少傾向にあり、アジア諸外国の人材開発意欲の高まりといった社会背景のなかで、入職当初から「社会人基礎力」が高い人材に対する実社会のニーズが高まっている。

産学連携による課題解決型学習

キャリア教育の体系化に先立って、情報ビジネス学科企業情報研究室では平成16年度から、産学連携学習を3年次の演習(ゼミナール)に採り入れた。  16年度はR千葉県経営者協会の協力を得て、千葉県舞浜地区にあるリゾートホテルの人材開発部門役職者及び「酪農発祥の地」千葉県で60年余の経営実績を持つ乳業メーカーの生産・製品開発部門役職者を講師に招いた。「ビジネスの場で何が課題となっており、それをどのように解決しようとしているか」をテーマに、学生たちは事前に当該二社の企業情報を収集し、問題意識を持って話を聴き、事後にレポートを作成した。また17年度は、化学メーカーの香料研究者の協力により、香料に関する講演及び学生による入浴剤の商品企画案作成とその評価を実施した。
上述の取組みは、学生がビジネスの現状を理解し、問題意識を持って課題解決にあたる経験ができたという点で一定の効果が得られた。しかし単発的な企画の継続性の弱さを克服すること、そして学生たちが学んでいる経営学理論や情報スキルを一層活用することの二つをねらいとし、「年間を通して、学生が課題解決に取組むプロジェクト」型に改変した。それが千葉県内乳業メーカーとの連携による「実学ゼミ」開始の契機となった。このプロジェクト型学習によるキャリア教育及び関連研究について、平成19年度文部科学省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」に申請した。また平成20年度科学研究費補助金(基盤研究C)に申請し採択された。

乳業メーカーとの連携による「実学ゼミ」

(1)第1期:平成18年度  初年度の取組み課題は、次の二点であった。・企業が毎月定例開催する製品開発関係の会議に学生がメンバーとして出席し、消費者の視点から意見を述べることを通して、「思考力」、「コミュニケーション力」及びビジネスマナーの向上を図る。・前期と後期に学生が4名ずつのチームを組んで商品企画を提案することを通して、「独創力」、「データ活用力」及び「プレゼンテーション力」の向上を図る。学生たちは、開発中の試作品の試飲・試食を通して意見(評価)を述べた他、学生による商品企画を提案した。会議の議件のひとつの「メープルティー」が商品化された。

(2)第2期:平成19年度  取組み課題は、会議への定例出席を継続したことに加えて、前年度活動で弱かった経営学理論の活用面を強化した。テーマは企業側と協議の上、「地域密着型の中堅企業として勝ち残り、成長する為に必要な商品開発及び人的資源戦略」に設定した。 下図は「SWOT分析」理論を応用して、学生が4名ずつ3チームに分かれて検討した当該企業の継続的成長に向けた方向性の提案からの抜粋である。なお、「SWOT分析」とは企業内部の能力(強み:trengths・弱み:eaknesses)と外的環境(機会:pportunities・脅威:hreats)に適合する戦略(計画)を検討する手法である。
(3)第3期:平成20年度

今年度の取組み課題は、第1期、第2期活動の長所を伸ばす方向で検討し、さらに企業側からの活動評価も鑑みて、次の三点で進めている。・学生による「商品企画提案」は、社会・市場動向データの裏づけを強化して継続する。提案の「説得性」と「独創性」を向上させる。・当該企業の「顧客満足向上策の提案」は、現顧客の満足度調査を学生自身が企画し実施する。調査データに基づき、具体的に提案できることをめざす。・第2期活動の「SWOT分析」から提案された「口コミサイトの導入」を発展させる。実在の口コミサイトの事例研究及び学生によるウェブサイトの試作を通して、消費者からの情報を企業活動にどう活用していくのかを事例に即して考察する。

学生たちは何を学んだか

「実学ゼミ」の取組みは、大学生(大卒者)のキャリア形成においてどのように位置づけられるだろうか。「実学ゼミ」参画学生が、課題解決プロジェクト型学習から何を学んだか。現在考察を進めている。  第2期学生によるレポート記述文を「形態素解析」ソフトウェアによって形態素に分け、その結果抽出された品詞群から主として「名詞」の出現頻度を調べた。現段階で次の三点が挙げられる。・企業における商品開発会議の場やチーム活動の場から意見を出し合い、力を合わせることを学んだ、・顧客ニーズを把握して商品アイデアに結実させることの難しさを学んだ、・顧客満足、従業員満足及びコストといった概念を現実のビジネス場面から実感できた。「実学ゼミ」の取組みは、大学生(大卒者)のキャリア形成においてどのように位置づけられるだろうか。「実学ゼミ」参画学生が、課題解決プロジェクト型学習から何を学んだか。現在考察を進めている。  第2期学生によるレポート記述文を「形態素解析」ソフトウェアによって形態素に分け、その結果抽出された品詞群から主として「名詞」の出現頻度を調べた。現段階で次の三点が挙げられる。・企業における商品開発会議の場やチーム活動の場から意見を出し合い、力を合わせることを学んだ、・顧客ニーズを把握して商品アイデアに結実させることの難しさを学んだ、・顧客満足、従業員満足及びコストといった概念を現実のビジネス場面から実感できた。

一方、企業側からの評価からは次の三点が挙げられた。・会議では独自の意見を出す学生も数名いたが、他者の意見と関連しての発言が多かった、・会議出席中の態度は良好であり好感が持てる、・企業の強み、弱み等の分析は、企業関係者にはない新鮮な視点があった。  以上から「社会人基礎力」育成や本学の「総合的キャリア教育体系」のもとでの「専門性強化」、「対人能力強化」、「職業意識の醸成」といった目的に照らして、産学連携による「実学ゼミ」活動のある程度の実効性が窺える。今後は、課題解決過程での「独創力」や「説得力」を向上させること、「現実と理想のギャップ」や「仕事での困難」へ対処する力を向上させること、を目標として、大学生のキャリア形成教育と関連研究を続ける所存である。
×CLOSE