【国際社会とともに】 世界各地に広がる農業実習

国際農業開発学科、50年の歩み(下)

東京農業大学 国際食料情報学部国際農業開発学科 教授 (熱帯作物学研究室)

豊原秀和(とよはら ひでかず)

主な研究テーマ:「熱帯作物学」共著「カムカムに生きる」東京農大出版会

米大陸やアジア、アフリカへ

海外移住の時代から、海外協力の時代へ。来年で設立50年となる国際農業開発学科の教育内容もまた時代とともに変化してきた。日本青年海外協力隊への参加希望が増加する中で、海外農業実習も大きく拡充された。これまでの実習地だけではなく、東南アジア地域やアフリカ、中南米など、世界各地で実習を希望する学生が増えてきた。その多様化した学生のニーズに対応するため、学科教員は安全でかつ指導性のある海外進出企業の農場や関係者を訪問し、実習地の確保に努めた。また、学科内においては、地域に精通した教員により地域担当を設け、学生の多様なニーズに応えるようになった。

平成元年の国際交流センター開設後は、センターが中心となり学科と密接な連携の下に海外の校友会支部長を実習指導者に委嘱し、海外支部のないところは協力者に委嘱する制度を確立し、多様化する学生の希望を支援している。現在委嘱者数は、11カ国15名である。主要な実習地は北米、南米(ブラジル、パラグアイ、アルゼンチンなど)、東南アジア(タイ、マレーシア、インドネシアなど)、アフリカ(協力隊OB派遣国)、オセアニア(オーストラリア、パプアニューギニア)などである。

台湾の農牧場での実習例

海外での農業実習の一例を挙げると、台湾・花蓮県の「兆豊農牧場」で昭和62年から8年間実施してきた事例がある。この農場は総面積730ha。台湾の大手企業である新光保険が保養施設として開設したばかりで、本学では夏期休暇を利用して、引率教員2名、学生30名〜50名程度が参加して行った。

この農場を実習地として選択したのは、当時の農場長の黄日興氏(故人)が台湾の海外支援隊(日本の青年海外協力隊に相当)の専門家として、アフリカで10年間活動したという経歴を持ち、海外経験の豊富さと海外での技術協力のあり方に精通していて、青年海外協力隊などに参加する学生たちの参考になると考えたからである。

実習内容は、サトウキビ・スイカ・熱帯果樹の栽培などの植え付けおよび管理であった。兆豊農牧場は現在では見事な農場に変容し、観光農場として台湾の人々に開放されている。この実習に参加した学生らは自信を持って、その中からは他の国への実習や青年海外協力隊に参加するものも多かった。平成4年には中興大学との姉妹校提携が行われ、中興大学での短期実習が行われるようになって、兆豊農牧場での実習は廃止されたが、現在では短期実習のフィールドトリップの際、見学先として協力頂いている。 さらに、学科教員が調査や研究のために渡航する際に、学生を同行する場合もある。一例として、パプアニューギニアにおける実習は、熱帯作物学研究室の学生を中心に毎年実施している。

語学など多彩なカリキュラム

以上のように本学科は、国内実習や海外実習を徹底的に奨励する一方、国際感覚を身につける教育として、学生の多様なニーズに応えるため語学教育にも十分に配慮したカリキュラムを配置している。すなわち、インドネシア語、タイ語、中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語などの習得である。また、教科目には、社会科学関連科目には国際関係に比重を置き、自然科関連科目には熱帯をつけ、常に海外をキーワードとして認識させる教育を行っている。さらに、学部共通科目では、海外現場事情の特別講義を配し、海外で活躍する卒業生や国際協力事業団で勤務しているOB、NGOなど外部の講師を招いて、より新しい情報に触れられるようにしている。さらに、拓友会主催の講演会も年1回開催している。

しかし、近年では、国際情勢の悪化や天変地異による大災害、少子化による学生数の減少や意識の変化など、さらには、青年海外協力隊から帰国後の進路が極限られた状況もあって、国際農業開発学科への希望者が減少する傾向が見られる。

したがって今後の国際農業開発学科は、いかなる方向性を見いだしていくべきか。学科での検討会を踏まえて以下のようにまとめてみた。

これからの国際協力の道

国際農業開発学科の掲げる教育理念は、発展途上国における農業・農村開発などの現場で活躍できる人材および貧困撲滅、資源と環境の保全などグローバル・イッシュ−の問題解決に対応しうる人材の養成である。

このような教育理念に基づいて、数多くの卒業生が、青年海外協力隊や国際協力専門家として、開発途上国の農業・農村開発の現場に赴き、農業の生産性向上と農村の福祉改善に寄与してきた。また、民間コンサルタントに勤務して、開発プロジェクトの発掘と調査、立案・計画などに従事してきた。

近年、わが国の国際協力は、これに関わる予算が漸次縮小する傾向のなかにあって、その効率性と協力効果の発現性が強く求められていると同時に、多彩な分野(Multi−Sectional)の国際協力のあり方が追求されている。こうした動向に伴い、農業・農村開発分野の国際協力においても、農業・農村の内部にとどまって、組み立てられた技術を移転・導入するという従来の協力手法ではなく、協力サイトの自然的、社会・経済的諸条件、資源の賦存や在来技術の存在などを十分考慮した上で、農業者と農村生活者が主体的に開発の方向と協力の要請を提案し、その実施と評価を自ら可能にする協力受益者の人的能力向上を図るものへと大きく変化してきている。

したがって、今後、育成すべき国際協力の人材には、専門的技術に習熟しているのみならず、協力受益者と連携しつつ、開発プロジェクトの目標設定、目標到達へのアプローチと手法、プロジェクトの計画・立案、実施プロジェクトのモニタリングおよびその事後評価など、プロジェクト全体の管理運営に卓越した能力が強く要求されている。

本学科においても、こうした動きに呼応しつつ、調査・計画立案および評価に必要な開発ツールである。PCM(Project Cycle Management)の習得、PDM(Project Design Matrix)の作成の実習、Impact AssessmentやPRA(Participatory Rural Appraisal)の調査手法の習得などを行って、プロジェクト・マネージメントの能力を高めつつ、そのなかで自らの専門性を生かす素養を涵養することに、人材養成の方向性を見出している。

「草の根」の人材養成も

これらの教育は、様々な活動を展開しているNGOやNPOに所属して「草の根レベル」で活躍できる協力人材、ODAとNGOおよびNPOと連携を深めつつプロジェクトを推進できる素養をもった人材、民間コンサルタントなどで開発プロジェクトを計画・立案できる人材の養成などにも活かされると期待している。さらに、国内において、国際協力を後方から支援できる人材(行政、教育の分野などに従事している者、農業自営者など)も、学科が目指すべき人材養成の方向である。

このように、本学科の教育理念は、開発途上国の農業・農村開発の協力において、広範な視野をもち、国際協力の動向と多様な要請に対応しうる人材の育成を図ることにおいている。このために、本学科では、途上国での農業の実習と研修をカリキュラムに有効に組み入れて、学生に現場感覚を錬磨する機会を与えるとともに世界的な開発理念の変化にも対応できるようにしている。また、本学科の卒業生や青年海外協力隊から帰国した既卒生に対しては、国際協力機構や国際協力に関連した法人、国際NGO、民間コンサルタントなどが実施しているインターン・シップを活用した訓練と研修を通じて、高度で複雑な協力要請に対応しうるよう支援している。

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