樹木の空間分布と環境の関係

様々な手法やツールで解析

 

東京情報大学総合情報学部 講師
富田 瑞樹(とみた みずき)

1973年福島県生まれ。東北大学大学院農学研究科博士課程修了。東京情報大学総合情報学部環境情報学科
(地理情報システム研究室)講師

専門分野:森林生態学

主な研究テーマ:空間情報ツールを用いた植物の共存機構の解明と保全

主な著書:自然環境解析のためのリモートセンシング・GISハンドブック(共著)古今書院、生態環境リスクマネジメントの基礎 生態系をなぜ、どうやって守るのか(共著)オーム社

 

森林を構成する樹木種の共存機構の解明や、その保全・復元に関する知見の蓄積・技術開発のためには、詳細な調査が欠かせない。フィールドでの観察はもちろんのこと、ミクロからマクロまで幅広い視点に立ち、あらゆる手法やツールを駆使して研究を進める必要がある。ここでは、樹木の空間分布パターンとその変化について、これまでに明らかにした研究を紹介したい。

樹木の生活史と空間分布

樹木の生活史は他の生物と比べると極めて長い。種子の発芽から、実生の定着、稚樹の成長、開花、結実から種子の散布そして死亡に至るまで、定着した環境にもよるが数十年から数百年かかる。千年を超えてなお生き続けるものもいる。

長い生活史のなかで樹木が個体として唯一移動可能な時期は、種子の段階である。親個体から散布された種子が辿りつく環境が、発芽やその後の定着に好適か否かによって、子個体(種子)の運命はほぼ決まる。幸いにしてその環境が好適であっても、固着性である樹木は定着後の数百年を同じ場所で過ごさねばならない。この間、上層に生育する林冠木が死亡し周囲が劇的に明るくなるなど、環境の様々な変化に遭遇するが、樹木は生理的・形体的に変化しながらその変化に対応する。

現在の森林でみられる樹木の空間分布パターンは、個体の移動・生存・成長・死亡に様々な環境要因が影響し決まってきたものである。樹木の空間分布パターンを調べることによって、過去にどのような環境要因が、どの程度寄与してきたのかを明らかにし、森林の維持・更新機構を知ることができる。ひいては、森林に生育する樹木の種多様性の保全や、森林の管理に有用な情報も提供可能である。

種子の分布の変化とその要因

樹木の生活史のなかで最も死亡率が高いのは、種子や実生など生活史の初期段階であり、その空間分布は林床での光量や捕食者(散布者)、菌類などの分布に影響される。たとえば、熱帯林では母樹直下に種特異的な菌や捕食者が集中し種子や実生の死亡が増加するため、種子が親個体から離れて遠くに散布されるほど、個体の生存率が高くなることが知られている。このような条件によって同種個体の離散的分布が生み出され、熱帯林の種多様性が維持されているという仮説(ヤンツェン・コンネル仮説)があり、1980〜1990年代以降には、この仮説の検証例が数多く報告されている。

しかし温帯林では、同じ森林に生育する同種個体の密度が高いため、特にブナなどの優占種は同種個体が離散的に分布していないことが多い。そのためヤンツェン・コンネル仮説が成立するかどうかについては検証例がなかった。本研究では、宮城県栗駒山に成立するブナ原生的林分においてヤンツェン・コンネル仮説が成立するか検証を試みた。

リタートラップによる調査

この研究で用いたツールはリタートラップである。リタートラップとは、森林の林冠からの落下物(落葉・落枝・種子・昆虫の遺体や糞など)を捕らえるツールである。これを林床に設置し、内容物を定期的に回収・選別・カウント・分析することで、森林における物質循環などについて推定できる。今回の研究では、ブナの豊作年の種子散布量および分布を明らかにするために既存の100m×60mの調査区に110個のシードトラップを一様に配置し、種子落下量と散布直後の種子の分布について明らかにした。さらに発芽直前の種子を林床から回収し、散布直後から発芽直前までの期間における種子分布の変化を推定した。

リタートラップで回収された種子を選別・カウントすると、健全な種子(以下、健全種子)が散布される前の9月上旬までに、受粉の失敗や昆虫による食害などによって多くの果実が落下していた。また、健全種子は9月中旬から10月初旬にかけて多く落下し、その分布パターンは親個体(以下、成木)の分布パターンに対応していた。つまり、成木周辺で健全種子密度が高かった。ところが、散布直後から発芽直前までの間に、種子の分布パターンは劇的に変化した。具体的には、散布された健全種子の密度が高い場所ほど種子の生存率は低い値を示し、その数が大きく減少していたのである。これは、種子密度が高いほど集中的に種子を探索し広い範囲に貯食するという、げっ歯類の行動が深く関わったためと推察された。さらに、菌類の感染によっても種子が死亡しており、その死亡率はブナの成木から離れた場所よりもブナ成木の林冠下で高いことが明らかになった。

種子密度に依存した捕食や散布、成木からの距離に依存した菌害によって、種子の密度分布はブナの成木の分布を反映したものから、まったく独立的なものへと秋から翌春までに変化していたのである。本研究は、ブナでもヤンツェン・コンネル仮説が成立すること、および、温帯の同種個体群密度の高い森林でも成立することを初めて示したものである。

遠くに散布される種子

げっ歯類による種子の探索・運搬・貯蔵という行動によって、種子は二次散布される。種子にとっては被食されるリスクがある一方、死亡率の高い成木の周囲から離れた場所へと移動できるチャンスでもある。また、二次散布された場所が発芽・定着に適した環境であれば、その後の生存も有利になる。成木からみれば、できるだけ多くの種子が遠くへと散布されたほうが、自身の適応度があがることになる。

この研究では、ブナの当年生実生に付着している果皮(図2)が成木(以下、種子親)の組織に由来するため果皮と種子親が同じ遺伝子型を持つことに着目し、「親から離れた実生の親子鑑定」を正確に行うことを試みた。果皮から抽出したDNAを種子親のDNAと比べることで種子親を特定し、これまでは不可能であった種子の散布場所や散布距離などを測定したのである。材料には、並作翌年と、豊作翌年に出現したブナの当年生実生を用いた。

その結果、大サイズの種子親ほど多くの当年生実生が出現することや、並作年よりも豊作年において、より多くの当年生実生が種子親から離れた場所に出現することが示された。また、周囲に結実個体が多い種子親ほど、実生の出現場所が遠くなる傾向が認められた。一方で、豊作年に多く結実した種子親ほど、前回の豊作年から今回の豊作年までの期間の成長速度が遅かった。これらの結果は、種子親は自らの成長を犠牲にしてでも周囲とできるだけ同調して結実したほうが種子の局所密度が高くなるため、より多くの種子がより遠くへと散布され得ることを示唆している。

ブナは5〜7年周期で豊作年になることが知られているが、本研究は、豊凶現象が自然選択されてきたメカニズムの一端を示したといえよう。

マングローブ樹木の共存機構

2種の樹木(Avicennia albaとA. marina)が共存するマングローブ林において、2種の共存機構を明らかにすることを目的として、その空間分布パターンを調べた。具体的には、調査区に出現した両種の位置を記録したうえで、点過程解析という手法を用いた。

ここで詳細には触れないが、A. albaは林冠ギャップの形成などの攪乱に依存して更新する種である一方、A. marinaは閉鎖林冠下で徐々に更新する種であることが示された。このマングローブ林では、攪乱の規模や頻度が大きければA. albaが優占し、小さければA. marinaが優占することで、両種が動的に共存していることが示唆された。

地理情報システムの活用へ

東京情報大学に着任して2年目となる。今後は、地理情報システムやリモートセンシングなどの新たな手法やツールを用いて、空間解析に基づく森林生態系の保全や復元などの研究を進めたいと決意を新たにしている。これまで多くの指導者や共同研究者に恵まれ、樹木の空間分布に関する研究にいくつかの手法やツールを用いることができた。東京農業大学の研究スタッフの方々にも便宜を図って頂いた。この場を借りてお礼申し上げたい。

 

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