植物の感性と行動力の研究

農業をするスーパー作物の創出へ

 

東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科教授(植物遺伝子工学研究室)
田中 重雄(たなか しげを)

京都で生まれ、京都に育ち、薬について学ぶ。後年は、関東に住まい、バイオサイエンス(植物)を楽しむ。

主な研究テーマ:植物における感覚システム
主な著書:「プラントミメティクス−植物に学ぶ−」共著、NTS

有用な作物を栽培耕作する“農業”を始めたのは、繁栄を極めている人類であると思っている人が多い。しかし、最近の調査で、ハキリアリは5,000万年も前からキノコ菌の栽培をしてきたことが明らかにされている。ハキリアリは、植物の葉を噛み砕いてキノコ畑の堆肥とし、またキノコの成長を妨げるカビや雑菌を刈り取り、放線菌の産生する抗生物質で雑菌を殺す。さらに、排泄物を肥料とし、栽培したキノコをありがたく食料とするハキリアリの営みは、数十年前の人の営みそのものである。このように、農業は人の発明でも、専売特許でもない。
  農家の人は、作物に水や肥料を与えたり、雑草を除去したり、畑を耕作する。この農作業は、実は作物が、のどが乾けば水源を探索し、お腹が空けば栄養物を求め、また地上部や根を大きくするために、競争植物の成長を阻害し、住まいの土を耕す、農作物自身の日常的な生活行動と、同質である。つまり、作物の手助けを農家の人がしているに過ぎなく、見方を変えれば、栽培植物は動物を利用して繁栄してきたと考えられる。今後は、他者の力を活用するだけでなく、植物自身が農業をする潜在的な感性(センス)と行動力をさらに高めれば、末永く共存共栄が図れると思われる。

センス特性に関与する遺伝子を求めて

研究に用いたシロイヌナズナは、約26,000の遺伝子を有するが、半数の遺伝子の働きは未だ不明である。筆者らは、農業をする作物の創出には、環境変化に対し適切に即応できる感覚応答機構の解明が重要と考え、感覚応答の新しい生物検定法を開発し、生理学的特性の解明とセンサー関連遺伝子の探索に着手した。これまでに本植物の根が、水、接触、温度、酸素などの外的因子に鋭敏に応答し、さらにpH環境を調節改善できることを見出している。ここでは、遺伝子関連の研究は割愛し、植物遺伝子工学研究室の大学院生が最近見出した、たくましくしなやかに生きている植物の、水と接触刺激に対するセンスと行動について紹介したい。

植物の根は水を探せる?

 砂漠に住む植物の根は、地下深く眠る水を探知でき、人よりはるかに鋭敏な水センサーを備えていると考えられている。水を植物自身が探索する、“水遣り不要の農業”を目指し、根の水屈性を調査することとした。水屈性とは、植物の器官(根)が水分の方向に屈曲する性質を指す(図1)。湿度100%下におかれた根は、重力に従いまっすぐ下方に成長する。しかし、80%の低い湿度条件下では、根は重力に逆らって水のある方向に伸張する。このことは、植物の根が環境要因である重力と水とを異なるセンサーで感知し、その場の状況に応じて適切な対応をしていることを示している。あえて動物的な言い方をすれば、体内の水分が十分に満ち足りているときの根は、水刺激に対して無関心であるが、水欠乏と判断すると、根は水を探し求める行動をとり、水源に向かって屈曲成長するといえる。乾燥刺激で誘導される、この屈曲には、カリウムチャネルが関与している。

 

土や石の硬さがわかる?

 一般に、地上部の成長は地下部の発達と相関しているため、根を大きく伸張させることが栽培上重要である。根が、硬い石や土を巧みに回避し、適当な硬さの土を求めて穴を穿ちながら伸張するのではと考え、硬さの異なる培地に接したときの根の行動を詳細に観察できる、二層培地法を考案した。即ち、上層のファイタゲル(寒天に似た培養基材)の濃度(硬さ)を一定にして、下層のファイタゲル濃度を段階的に上げて硬度を増したところ、上層表面で発芽した種子から下方に伸張した根は、下層が硬くなるにつれて上層と下層の境界面で曲がり、一定の硬さ以上ではすべて屈曲することがわかった(図2)。意外なことに、軟らかい下層に潜るときは、下層に接触したのち植物ホルモンであるエチレンの生成量を増加させ、根を硬くしてから貫入することがわかった。反対に、硬い培地に対しては、エチレン生産を減らして、根を軟くして曲がりやすくすることが判明した。これらのことは、植物の根が培地の硬さをセンサーで感知し、硬軟を判断しながら、根の硬度を変えるホルモン量を増減し、培地中に潜るか、潜らないかを決めていることを示唆している。他方、下層培地が硬いため一度境界面で屈曲した根も、数日後には下層に貫入することが観察された。一度失敗してもあきらめずに再挑戦する、植物の逞しい姿として興味深い。また、硬い土壌で育てられた植物は小さくなるが、小さくならない変異体を見出しており、この遺伝子解析から矮小化機構を明らかにできると考えている。
  次に、植物の根は、土壌の硬さを識別するだけでなく、土壌の間隙(サイズ)に応答しながら、地下深く伸張するのではと考え、幼植物体の根が目開き(メッシュの格子の大きさ、図3参照)の異なるナイロンメッシュに対してどのように応答するかを調査した。その結果、シロイヌナズナの根は、目開きが小さいと、這う、さらに大きくしていくと、うねる、潜るの3種類の行動を示した(図3)。ここで興味深いのは、根の先の太さがメッシュの穴より少し大きい場合で、根は物理的にメッシュを通れないと推測されたが、予想に反して根の上部を細くしてメッシュを通過したことである。

 

もののサイズがわかる?

 猫が狭い箇所を通過するときに、口ひげ(触毛)でその幅を測定し、身体を細く縮めれば通れるかどうかを判断することが知られている。猫と同様に、根がその先端で穴の幅を感知し、メッシュに接触していない根の上部を予め通れるように細くしたことである。この現象は、シロイヌナズナの根だけでなく、タバコやレタスの根でも観察された。このように、植物は土壌間隙のサイズ(幅あるいは空間)をなんらかのセンサーで識別して根の応答行動を変えるだけでなく、状況によっては自分自身(根)のサイズを変えることにより、困難な事態を打開できると考えられる。
  このように、植物独特のセンスや自主的行動力の特性ならびに機構を明らかにし、関連遺伝子を解明すれば、植物が大空や地下の世界に植物好みの住まいを構築するこころや技を学べる。さらに将来、自己適応型作物を創出すれば、時々刻々変化する内外の環境変化に対し、植物自身が最適な応答行動を選択する、“スーパー作物による自己管理農業”が、また最小限の人手で栽培植物の潜在能力を最大限に活用する農業が、可能になると思われる。

 

 

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