地域連携によるオホーツク学の展開

現代的教育ニーズ取組支援プログラム
生物産業を核に地域活性化めざす

東京農業大学 地域環境科学部 教授

進士 五十八(しんじ いそや)

東京農業大学 地域環境科学部 造園科学科(景観政策学研究室)教授

主な研究テーマ「緑政・景観に関する政策」「造園の本質」「日本庭園の特質」

著書「日本の庭園 造景の技とこころ」ほか多数

 2006年4月5日、東大山上会館で、日本農学賞、読売農学賞の授賞式があった。私もその栄に浴した。私の研究に協力してくれた仲間たちに感謝するとともに、造園学への評価をよろこびたい。
 受賞対象業績は、@『日本庭園の特質――様式・空間・景観』(東京農業大学出版会、1987、45論文を含む)、A日本庭園の空間――自然と人間・景観と時間の合一化(『日本の美学』(16)(1991)から)、山形庄内地方の地主による救済事業庭園の成立過程とその社会政策的側面(斉藤・進士ら、『ランドスケープ研究』68(5)(2005)にいたる15年間の355論文)、B『日本の庭園――造景の技とこころ』(中央公論新社、2005)の3点よりなる造園学、特に造園史・造園原論的アプローチによる研究である。

「造園」の本質へ接近

 わが国の造園学は、農学や林学の一分科として発祥したが、庭園学研究の草創期で個別名園に歴史的研究方法でアプローチするのが一般化しすぎて、“造園の計画設計施工技術への展開”という技術史的視点が等閑視されがちになっていた。

 造園学は、文字通りランド(土地・自然)・スケープ(全体・総合)・アーキテクチュア(構築・創造)を目指す技術・学術・芸術であるという観点を再確認。そのとき、日本の自然風土のもとで2000年にわたり育まれた自然共生・循環型の環境デザイン――「農」のデザイン/百姓のデザイン、さらにこれに「美」の観点を加えて発展した「空間と景観」の技術/用と景の調和技術としての「日本の庭園」を解剖し、その特質と本質を解明できれば、日本文化の本質を世界に伝えることが可能になり、他方でこれからの「美し国・日本」の景観づくりに指針を与えることができる。

 以上の考えから、分析対象を100庭以上のマッスとしこれを数量的に扱い、@現象論、A構造論、B機能論、C象徴論的アプローチなど多面化することで、「造園」の本質へ総合的に接近しようとした。他方で個別庭園史を掘り下げることで「庭園」の特質の解明をめざしたが、ここでも@空間史、A生活史、B農業史、C多面性(多機能性)の観点から、また実測調査、文献調査、データ分析調査、実験調査を組み合わせる等して立体的に把握することに成功した。

日本庭園の本質

研究を通して得られた結論を整理してみると次のように指摘できる。

  1. 庭や園は、立地・構成・地割において「生きられる環境、景観」の基本型である。
  2. 庭園は、「社会の縮図」。政治・経済・社会・教育・文化・信仰・芸能・技術・文明などの反映であり、その総合化の結果である。
  3. 植栽工、土工、水工、石工など造庭技術の基本は、農林業技術の発展形である。
  4. 日本の自然風土と日本人の自然観・風景観が「日本固有の空間文化・景観文化としての日本庭園」を完成させた。
  5. 人間と自然の共生、空間と時間の合一化など、「日本庭園の技とこころ」には21世紀地球社会が必要とする環境哲学を内包している。
  6. 調和のとれた美しい大自然(山水)を縮景したものが日本庭園であり、庭園を「拡景」すれば理想環境づくりが可能となる。理想国家、理想都市を念願するもそれを実現できない人々が、せめて創出可能なにわ空間レベルで具体化したのが「庭園」。従ってこれを拡大すれば、作庭術は理想的なまちづくり、むらづくり術に発展できることになる。

「農」からの庭園技術

 日本庭園、JAPANESE GARDENSと、世界的に注目されるのは、禅の庭・枯山水庭園であったり、桂、修学院離宮庭園などで、前者は造形美(プロポーション論からの美しさ)、後者は時間美・景観美(シークエンス、四季、然び、Aging美)が強調されてのことであろう。

しかし、日本庭園の良さの根源には、その立地や構成において人間の生命と安全安心を確保し、農業などの作業場(にわ)、農家の環境保全(屋敷林)に有用な機能美(用と景)がある。

 さらには「農」にフォーカスを絞った安定感があった。その精神は、松平定信経営の白河南湖の景観整備の前提として農業用水池、新田開発、学田構想と後継者教育という一連の「用」があり、これに藩主の領民慰撫政策としての儒教的共楽思想にもとづく野外レクリエーション地域づくり、南湖十七勝という「景」づくりがあったことなどに典型事例がみとめられる。

 岡山後楽園の形成過程、菜園場、田畑と拠点の建物をつなぐ農道が現在の後楽園の特徴となる直線園路に変わり、畑地が芝生地化する。また、多くの大名庭園の井田法は、土地本位制の単位を象徴すると同時に大名の儒教的農本主義が重なっている。

 造園は3つのレベルで評価されなければならないが、例えば@龍安寺石庭――landscape design(石と砂の庭)、A龍安寺境内地――site planning(衣笠山と鏡容池/背山臨水/動物種59科90種の生物多様性空間/美しいBio―top)、B京都と北山の立地関係――landscape planning(立地、方位、地形、眺望)というように、農業的土地利用以上に見事な土地利用計画となっている。

 立地、地形、植生、水利、造成、石積、植栽、石組などマクロからミクロスケールへ連続する高度な構成技術は「百姓のデザイン」が美的に昇華されたものといえよう。作庭術を景観土木技術のプロトタイプとして捉えると、今後の農山村の修景技術につなげることができる。論者はこれを『rural landscape designの手法』として提案している。

 山形県の豪農の庭園の成立背景研究から、冷害農民の救済のための失業対策事業、冬期など農閑期に労働機会を付与するためなどの事情が明らかになった。庭園は単なる趣味的世界と考えるのが一般的であるが、例えば農村の社会政策的一面が豪農の庭園にみられるし、多くの大名庭園の成立と空間構成には軍事的一面が色濃く反映している等、「庭園の社会的経済的存在」の再認識してほしい。

日本庭園の特質

研究成果を単的にわかり易く、以下にまとめる。
(1)縮景miniaturized modeling of landscape
  庭園は、大地の一部を植栽、石垣、水垣で囲繞(enclosure)して安全を確保し、そこに独立空間を成立させる。その中に秩序ある理想世界を創出しようとしたのが作庭である。そのテーマやモデルは時代によって変わり、仏教世界、日本三景、中国杭州西湖はその一例。造景・造形上のモデルはいずれも大自然(山水)、景勝地、名所などamenity place。大自然などを庭園サイズに縮尺しつつ再構成する技術を「縮景」という。

 なお、縮景の根本要素は、囲繞(安全、防御)、水(飲み水)緑(シェルター、果実)といったJ. Appletonの「生きられる景観」と同義である。
(2)借景borrowed scenery
庭園においては「眺望」(View)が世界共通に重要視されている。ただ日本庭園の場合は、単なる外界への眺めに止まらない。@園外の山容、塔、湖島など主景(絵になる景)を庭園の中心テーマとして取り組む。そのためA見切り(フレーム)、Bコンケイブ地形(中景カット)、C主景を引き立てるために園内意匠を抑制的に取扱うよう工夫する。例えば、龍安寺石庭は、八幡宮のある男山という緑の山を主景とするために、園内は植栽なしの白砂空間に抑制したのである。

 借景は、このように外界の対象を取り込む手法であるが、重要なことは、ここに日本人の自然保全型開発手法の知恵がかくされているということである。美しい山容の神奈備山に鳥居を置く、大木の神籬にしめなわをめぐらす。それによって山も木も人間側に引き寄せることができる。山や木に傷をつけずに(加工、破壊)人間化するという知恵である。併せて重要な点は、時代的に社会的閉塞感の強かった鎖国の封建体制下の江戸期に借景庭園が流行したことである。イギリスのハァハァの手法同様、人間は閉じこめられると外界とつながりたいと願う。庭園にはこうした人間と社会の関係のあり方が明快に反映されたということである。

(3)樹藝arboriculture
 自然環境に好条件の日本では植物、特に樹木の生長が著しい。しかしコンパクト集住型のわが国の居住環境では、樹木を整枝剪定して抑制的に管理する必要があった。また西洋庭園のトピアリーのように人間の意志での造形化もなされた。これが各種樹形のつくりと仕立物、刈込物である。庭木では、マツ、マキ、モッコクなど5木のように生長の遅い樹種を選定すること、そして籠み木、作り木、刈込みと時代によって呼び方は変化したが、樹木に手入れを施す樹藝文化を発達させたのである。日本庭園の植栽樹種を分析すると、無季型常緑樹が卓越することもわかった。季節感は少量の落葉樹によるコントラスト効果によったのである。

(4)然び(さび)aging and weathered beauty
  庭園美は、空間造形美と時間美よりなる。日本庭園は、特にその時間美技術に特長がある。飛石など歩行速度に見合った景観構成や空間のスケール、リズム、それに朝昼晩、四季、十年百年といった永い時間/時間的積層性(歴史)が醸し出す美しさへの味あいを踏まえたものになっている。
  日本美の特色といわれる「わびさび」の「然び」は、正に時間美のこと。「時間的経過によって、そのものの本質が表に顕われること」(河野喜雄(1978))。樹木の根張りは生命力の表現であり、鞍馬石の味あいは岩石中の鉄分が表面に出て酸化鉄になったことを意味し、石灯籠などの風化や苔むした姿を賞味するのも、そこに時間的経過を感じようとする美意識があった。
  アジアモンスーンの高温多湿気候が東洋庭園に与えた影響は、アジアに水田農業を発達させたのと同様に大きい。造園も農業も、正に「自然共生技術」そのものであったのだ。自然風土と共生循環する農業生産システムと、庭園にみる人間生活システムの新たな融合研究を推し進めたいものである。


(日本農学会、「平成18年度日本農学賞受賞論文要旨」2006年3月15日、pp.15―17より)

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