タンパク質の可能性を探る

免疫や味覚反応の研究

東京農業大学応用生物科学部 講師  

清水章子 (しみず あきこ)

東京都生まれ。東京大学農学部農芸化学科卒。東京農業大学応用生物科学部栄養科学科(食品機能開発学研究室)講師。

主な研究テーマ:タンパク質工学

主な研究テーマ:有用タンパク質の構造解析

タンパク質とは?

一般に「タンパク質」と聞くと肉や卵など食品に含まれる栄養素としての「タンパク質」を思い浮かべる人も多いかもしれない。実際のタンパク質には様々な種類があり、それぞれが独自の役割を持っている。

タンパク質は生体に含まれる20種類のアミノ酸が数十個から数百個以上、直鎖上に共有結合(ペプチド結合)したものと定義される。このようなアミノ酸直鎖1本あるいは複数本が折り畳まって決まった形(立体構造)を取り、それぞれが機能をもつ分子として働くのである。

生き物の体内には何百・何千種類のタンパク質が存在し、食物の消化・代謝・分子合成などの多様な反応の触媒、刺激への応答・シグナル伝達(例えばウイルス・細菌などの進入に対する免疫反応、甘味・酸味などに対する味覚反応など)、筋繊維等の形成などに必須な働きをしている。

化学反応を触媒する酵素

生き物の生命維持に欠かせないタンパク質であるが、日常生活の中ではその機能が便利に利用されている。特によく利用されているのは化学反応を触媒する“酵素”である。  

酵素の身近な例を挙げてみよう。夏目漱石の小説「我輩は猫である」にも登場する胃腸薬“タカジアスターゼ”は麹菌が生産するα◯アミラーゼ(でんぷんを加水分解する酵素)を豊富に含み、体内での食物消化を助けるとして明治時代にヒットした大衆薬である。それよりもずっと昔から、日本酒や発酵食品の醸造において微生物(麹菌や酵母)由来の酵素が糖化等に利用されてきたことは言うまでもない。健康ブームでよく見かけるオリゴ糖は、アミラーゼを初めとする数多くの糖質関連酵素の研究・開発成果が生かされて工業的に生産されている。

食品以外で酵素といえば家庭用洗剤を思い浮かべる人も多いかもしれない。洗濯用洗剤に含まれる“酵素”は衣類についた糖分・脂質といった汚れを分解する酵素群で、具体的にはプロテアーゼ(タンパク質を分解する酵素)、アミラーゼ(でんぷんを分解する酵素)、リパーゼ(脂質を分解する酵素)、セルラーゼ(綿繊維素を分解する酵素)、マンナナーゼ(糖の一種を分解する酵素)などである。

バイテク技術による研究

食器洗浄機用の洗剤にも汚れを分解する目的で同様の酵素群が添加されているが、衣類の洗濯と食器洗浄では温度が大きく異なる。洗濯は10〜20℃程度の低温、食器洗浄は60℃以上の高温で行われるため、それぞれの使用温度で触媒効果の高い酵素が選択されている。技術的には低温・高温で生育する生物からの酵素遺伝子のクローニング、遺伝子工学的な酵素の改変などのバイオテクノロジー技術が生かされている。

日常生活の中で目にすることは少ないが、医療機関で使われる臨床検査薬としても酵素は活躍している。尿・血液中の微量成分などの測定では酵素を利用した高感度の測定法が欠かせない。癌、糖尿病、膵疾患の検査、腎機能検査やコレステロール値測定など、数多くの測定項目においてそれぞれ指標となる物質を認識する酵素が開発・利用されている。以上のように、タンパク質はそれぞれの特徴・機能に応じて利用されており、バイオテクノロジー技術を用いた研究が進展するに伴ってその利用範囲は広がりを見せている。

薬剤分解酵素

有用な酵素が数多く存在する一方、人間にとってはマイナスの働きをする酵素も存在する。その1つが薬剤耐性菌の生産するβ◯ラクタマーゼである。動物細胞の表面は細胞膜よりなるが、細菌では細胞膜の外側に細胞壁が存在する。この細胞壁の架橋反応を阻害して細菌の増殖を防ぐのがβ◯ラクタム系抗生物質(以下β◯ラクタム剤とする)で、アオカビの生産するペニシリンはβ◯ラクタム剤の代表である。β◯ラクタム剤は抗生物質として臨床的に多用されるが、その使用に伴って薬剤耐性菌が出現して問題となっている。

耐性獲得にはいくつかの機構が知られており、そのうちの1つが酵素β◯ラクタマーゼの生産である。細菌はβ◯ラクタマーゼを生産することによってβ◯ラクタム剤を分解・不活性化して生き延びるのである。医薬の分野では細菌の生産する酵素に分解されにくいβ◯ラクタム剤の探索が進められ、基本骨格や側鎖を変化させた新しいβ◯ラクタム剤が開発されてきた。新規抗生物質は従来の抗生物質に比べると細菌に分解されにくい特徴を有していたが、臨床での使用が増加するに伴ってこれらの新規抗生物質にも耐性を示す細菌が報告されるようになってきた。薬剤が変わるに従って細菌側の酵素も“進化”したのである。

立体構造解析

そこで我々は新規抗生物質に対して分解能を有するβ◯ラクタマーゼToho◯1の立体構造を明らかにした。

従来のβ◯ラクタマーゼとの比較では全体的な形(立体構造)には大きな差がないことが判明したが、β◯ラクタム剤が酵素に結合した場合の構造シミュレーションを行うと、結合する部分(活性中心)付近が少し広くなり大きな側鎖を有する新規抗生物質を取り込めるようになっている可能性が示唆された。増殖が速い細菌が、タンパク質をコードする遺伝子を常に変化させながら薬剤の存在など過酷な環境に対応し生き残るストラテジーが垣間見える。

甘味タンパク質

タンパク質には触媒機能を持たないものも多く存在する。その中で我々が着目している性質に「甘味」がある。一般に食品の甘味料として多用されるのは低分子化合物で、古くから利用されている単糖のグルコース(ブドウ糖)、フルクトース(果糖)、二糖のスクロース(ショ糖)、低カロリーで注目される糖アルコール、ペプチド性の人口甘味料アスパルテーム、植物から抽出されるステビアなど多種多様である。

タンパク質は一般に無味であるが、砂糖の数百倍の甘味を呈し「甘味タンパク質」と呼ばれるタンパク質が6種類知られている(そのうちソーマチンは既に食品添加物として使用されている)。その6種類のタンパク質の間には類似点が認められず、それぞれが全く別のタンパク質から進化してたまたま甘味を呈するようになったと考えられている。殆どが熱帯・亜熱帯性の植物から単離されているということも興味深い点の1つである。

甘味のメカニズムを探る

我々はマレーシア原産のユリ科植物Curculigo latifoliaから単離された甘味タンパク質ネオクリンの立体構造を解析し、このタンパク質が甘味を呈するメカニズムを明らかにすることを試みた。ネオクリンは中性でそれ自身がホンノリと甘く、酸と一緒に口にすると強烈な甘さを呈することから、甘味と同時に味覚修飾活性(酸味を甘味に変換する活性)を有するとされている。ネオクリンの形そのものは単子葉類のマンノース結合型レクチンによく似ており、ネオクリンがレクチンから進化した分子であることが示唆された。

解析した立体構造を基にしたシミュレーションの結果から、ネオクリンの構造が酸性と中性では大きく変化する可能性が示された。このことから我々は、ネオクリンは2つの構造の平衡状態にあり、酸性での構造(open構造)において甘味受容体とより適切に相互作用して甘味を呈するのではないかという仮説を提唱し、現在もその甘味・味覚修飾活性のメカニズムをさらに明らかにすべく研究を進めている。

タンパク質の基礎的な研究は将来における有用タンパク質の利用・開発をさらに進めるものと確信している。

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