農業・農学の行方を考える

生物産業の新時代を開く

東京農業大学短期大学部 副学長

清水 昂一(しみず こういち)

1945年埼玉県生まれ

東京農業大学教授、博士(農業経済学)

東京農業大学国際食料情報学部食料環境経済学科(食料経済学研究室)、専門分野:食料経済学

主な研究テーマ:「暗号を応用した情報セキュリティに関する研究」

主な著書:コメ経済と国際環境(共著、東京農大出版会)、農と食の現段階と展望(共著、東京農大出版会)

増大するエントロピー

1960年には30億人ほどであった世界人口は、2000年の61億人から2025年の79億人、そして2050年の91億人へと増加することが国連により推計されている。この人口増加のほとんどは発展途上国によるものである。こうした大きな人口増加や、石炭、石油、さらにその他地下資源に大きく依存した経済発展と生活水準の向上は、その裏で自然環境を含めた資源の枯渇化の方向へと急速に進んでいる。このことは、同時に多くの有害物質や廃棄物等を排出することとなった。すなわち、エントロピーの増大である。

熱力学の第2法則である「エントロピーの法則」を簡単に説明すれば、物質やエネルギーは利用可能なものから利用不可能なものへと変化していくことである。再資源としてリサイクルに回されるものもあるが、次第に利用不可能となっていく。これを広く考えれば、物質やエネルギー資源が形を変えあるいは加工され、そして使用される過程で、多くの廃棄物が排出されまた有害物質が空中や水中に拡散される。これがエントロピーの増大である。

農業から生物産業へ

したがって、エントロピーの増大をいかに低く抑えるかが課題となる。これが、低エントロピー的技術と呼ばれるもので、拡散されて物質を集中させる技術であり、さらに閉鎖的サイクルの循環システムであるといわれる。石炭や石油、そしてその他地下資源は長い年月をかけてつくりだされてきたが有限であり、いずれ枯渇化しそれに依存した生活からの脱却が求められることになる。将来的に人類が依存する最も基本的な資源は、大地、水、空気、そして太陽エネルギーであり、これら基礎資源を縦横に活用した上での経済活動が中心となろう。現代よりはるかに低エントロピー的な時代となろう。

この経済活動は、狭義に捉えればまさに農業(農林漁業)である。農業は今日において、最も循環性の高い産業である。現代の生物産業の代表は農業で食料生産が中心であるが、次第に工業への利活用も盛んになりつつある。将来的には、生物(植物、動物、微生物)産業がベースとなり、地下資源に代わる工業原料の研究・開発が大きく進展するであろう。大地に種子を蒔き水、太陽エネルギー、養分を与えて作物を育てる農業は、その形態は大きく異なるであろうが、循環システムと基礎資源としての意義は変わりない。

農学へのさらなる期待

農学はその意味で、食料生産を中心とする農業から、将来の産業の中心となる生物産業を担う大きな役割を課せられている。農学に関係なかった大学で、あるいは企業で、いわゆるバイオ関連等への取り組みや進出が進んでいることは、それが低エントロピー的な方向を目指しているかは別として、結果的にはその将来性を見込んでいることである。

これらを農学の外の出来事とするか、あるいは取り込んで広い研究体制を再構築するかは、農学に課せられた課題でもある。いずれにしろ、農学には大きな将来の可能性があると考えている。眼前の世界の食料問題の解決、あるいはわが国の食料自給率のあり方を考えるのは当然のことであるが、同時に地に足を着け事実を積み上げて将来を見据えた研究にも大いに期待したい。

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