魚のすり身で特産スイーツを開発

「おさかなクン」による地域活性化の挑戦

 

東京農業大学生物産業学部食品香粧学科(資源利用学研究室)教授
永井 毅(ながい たけし)

1967年愛知県生まれ。東京水産大学大学院水産学研究科修了。

専門分野:食品化学。

主な研究テーマ:食品加工に関する研究、次世代型機能性食品の創製、生物資源の高度有効利用

主な著書:水産加工食品「食品加工技術概論」(共著)恒星社厚生閣、北海道が誇るかまぼこ製造開発技術(単著)道民カレッジ 大学放送講座実行委員会、生活習慣病と食品の機能(編著書)水産社、驚異の水産物パワー(編著書)水産社他多数

本学オホーツクキャンパスのある北海道網走市は道内屈指の観光地である。「食」は観光にとって重要な要素だが、当地では高品質な食料資源が多量に生産されるにもかかわらず、これらを最大限活用した食品加工はほとんど行われていなかった。そこで、私は特産のスケトウダラすり身などを使ったスイーツを開発し、技術移転によって昨年末「おさかなクン」として商品化された。その開発の経緯を振り返り、今後の地域活性化への戦略を考えたい。

「食」を観光の大きな魅力に

私が本学に赴任した6年前、女満別空港に降り立って、すぐ空港内の売店をのぞいてみた。そこで、観光客が好んで購入していたのは、札幌や帯広などで製造・販売している「スイーツ」が多く、オホーツク地域特産の土産品はほとんどなかった。「是非、オホーツクを誇れる土産品を開発したい」と思ったのは、そのときである。
 景気の低迷は地域経済への影響も大きく、北海道の観光入込客数は平成11年度の5,149万人をピークに伸び悩んでいる。地域別にみた場合、オホーツク地区の減少が著しく、平成11年度の入込客数を100とすると、道内でも最も低く70.2まで落ち込んでいる。R日本交通公社がまとめた「旅行者動向2008」によると、「グルメ旅行」や「自然観光」では北海道が他の地域を大きく引き離して旅行先に選ばれており、今後も「食」や「自然」が北海道観光の大きな魅力となり続けることは間違いない。

ねり業界の活性化が急務

網走市は、オホーツク海に面した北海道北東部に位置し、網走国定公園の湖沼をもつ水産業・農畜産業・観光業に秀でた街である。網走市の沿岸域から知床半島にかけては、世界で最も低緯度で形成される海氷域があり、流氷がもたらす水産資源と流氷による海閉期の休漁期間によって、豊かな水産資源を維持している。現在、網走市は7種類の「ブランド魚」を選定し、市の活性化に向けた販路拡大に取り組んでいる。
 水産業では、新鮮な水産物を加工することなく流通することも重要であるが、低次加工による現在の流通形態では付加価値は上昇しない。地域活性化のためにも観光業との連携を見据えた食品の高次加工が必要となる。
 2008年におけるねり製品生産量は、全国加工品生産量のうち30%を占めている。1959年スケトウダラ冷凍すり身が網走、余市、稚内共同で開発されたことにより、原料魚の処理、水晒しならびに空ずり工程の省略・ねり製品の安定供給が可能となった。そのため生産量も飛躍的に増加し、1975年かまぼこ製品(魚肉ハム・ソーセージは除く)の総生産量は103万トンに達しピークとなるものの、1977年の200海里ショックや近年の消費者の嗜好変化や少子高齢化による市場の縮小、原燃料価格高騰等により2009年には51万トンまで減少し、全盛期の半分以下となった。加工品生産量の中で最も割合の高いねり製品生産量の減少は食品加工業全体への影響も大きく、「網走発祥」の技術継承のためにもねり業界の活性化が急務である。

地の利のスイーツ生産

一方、洋菓子製造に使用されるミルク、バターなどの原料を豊かに産生し、洋菓子製造に適した冷涼な気候をもつ北海道は、新たな洋菓子文化を発進し続けている。全国にその名を馳せる銘菓も多く、全国各地のデパートで開催される北海道物産展の主役も今や「スイーツ」である。札幌ではスイーツの普及促進を図り、北海道経済に新たな活力を生み出したいとスイーツ王国さっぽろ推進協議会を設立し、企業、行政、市民が連携し北海道が誇る食文化を確立しようとしている。従来から行われている「泥臭い」モノ作りではなく、地の利を活かし、現代の消費者ニーズに対応し得る加工食品を開発・商品化することが地域経済活性化の鍵となる。

また、農業では「てん菜、馬鈴薯、麦類」を基幹作物としている。特に小麦は、「秋播小麦」の「ホクシン」という品種が占めており、めんに対する適性に優れうどん用として活用されている。わが国の小麦国内自給率は極めて低く、需要量の約90%を輸入に頼っているが、国内小麦の約70%は北海道で生産され、そのうち約25%を網走管内で生産している。

商品化を卒論テーマに

こうした北海道及び網走の特性に着目して、私は「すり身ドーナツ」の開発に取り組んだ。網走産スケトウダラすり身と道産小麦をふんだんに使用したドーナツで、網走市民のアンケート調査でも商品化を期待する声も多く、平成21年度網走市新製品創出支援事業に応募・採択され、開発が本格化することとなった。
 当時、卒業論文のテーマを模索していた私の研究室の増田美紀さん=現在は小岩井乳業M勤務=が商品化の具体的研究に尽力してくれた。基本的レシピは準備していたものの、まずは基本的な製造方法の見直し作業から開始した。原料や副原料の種類、配合割合や配合順序などあらゆる角度から検証した。主原料として「すり身」を用いるため水分が多い。スイーツには水分は大敵であり、「マイナス要因」をどのように「プラス」に作用させるかが鍵となった。また、豆乳を活用し「魚臭さ」をマスクするための手法など、日々未知の世界への挑戦であった。「しっとり・ふわふわスイーツ」という基本コンセプトをどのように達成するかがポイントとなったが、これらをすべて克服し「すり身ドーナツ」の製造法を確立した。

豊富な魚肉タンパク質

「すり身ドーナツ」は魚嫌いの子供でも美味しく食べられる製品になったと自負している。従来の製品では小麦粉を主原料とするため炭水化物を多く含むが、これは主原料がすり身であり魚肉タンパク質が豊富のため、小麦粉割合が減少し炭水化物量も軽減され栄養バランス良好となる。また、スイーツの名に相応しい「メープル、キャラメル、プリン」をラインナップし、開発者増田さんのアイデアがしっかりと盛り込まれている。さらに商品名、パッケージデザインや配色の考案、広報用広告作製などもすべて担当し、ついに「おさかなクン」として昨年末市内業者に技術移転し商品化された。「おさかなクン開発プロジェクト」は2月に接岸する流氷目的の観光客も視野に入れ、同月から女満別空港内売店での販売を開始した。増田さんはAIR DO機内誌「rapora」2月号への記事掲載など、すべての商品化作業に開発チームの中心として活躍した。
 北海道経済は本州などとは比較にならない厳しい状況にあるが、高品質で豊富な「食料資源」は他にない強みである。地域の強みを最大限活かした活動が地域活性化への最短ルートに違いない。

 

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