文科省支援プログラムの成果報告

自然と共生する循環型社会へ

現代GP 多摩川源流プロジェクト

 

東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科(森林政策学研究室)教授 
宮林茂幸(みやばやし しげゆき)

1953年長野県生まれ。東京農大農学部林学科卒。

専門分野:林業経済学、林政学、森林レクリェーション。

主な研究テーマ:農山村と都市との交流に関する研究、間伐材の有効活用による水質浄化システムなど。

主な著書:林業経済研究の論点―50年の歩みから―(共著)林業経済学会

多摩川源流大学プロジェクトは、文部科学省の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)」として実施された。源流域の自然資源や文化を学生達が体験する実践教育を進めるとともに、大学と源流域の知恵を融合することによって、進む過疎化や少子高齢化に悩む源流域を再生を目指した。

山梨県小菅村に「開学」

多摩川源流大学(以下、源流大学とする)の拠点は山梨県小菅村に置いた。全長138km、山梨、東京、神奈川県を流れる多摩川の最初の一滴は、この村の笠取山から生まれる。そこを「「水干(みずひ)」という。
 村の総面積5,265haの9割が森林で覆われ、その約半数が東京都の水源林と、まさに水源の村である。東京都の水瓶である大河内ダム建設で人口は3000人を超してにぎわいを見せた村は、現在、900人弱となり、高齢化比率33%は全国でも有数の少子高齢化が進む。
 源流の優れた自然環境や生活文化を目当てに観光客は約10万人、これが主な産業といえる。わさび、そば、こんにゃく、ヤマメ、山菜など特産品も少なくないが、零細規模で、秩父山系の急峻な地形であるが故に、生産高は脆弱で、近年は、放置森林や耕作放棄地が増加していた。また、昨今の行政改革の一つである大型の市町村合併では、方向が定まらないことから、下流域との交流による「源流の村」として独立を宣言するなど、村の行く末は極めて多難な時代を迎えていた。それ故に源流大学に対する村の期待は極めて大きいものがあった。

地元の「技」「知恵」を学ぶ

平成18年のプレ実習にはじまり、19年5月には8年前に休校となった白沢分校(小菅小学校の分校)を源流大学拠点施設として再生した。20年度から地元講師による本格的な実習がスタートし、村に訪れた学生達は4000名を越える。主なカリキュラムは、1学年の基礎コース(源流学概論や源流基礎実習など)、2学年の応用コース(源流生態学、源流文化論や源流応用実習など)、3学年の実践コース(源流原論、源流農業、源流林業、源流実習など)からなり、本学のカリキュラムとも連動している。ゆくゆくは源流学位にまで発展させたいところ。
 カリキュラムの他に、学生達の有志によって、35年ぶりの水田復活、休耕地における蕎麦、麦(11種)、コンニャクなどの再生をはじめ、しめ縄、干し柿、味噌づくり、郷土料理や神楽、源流まつり体験など多様な課外活動が生まれてきている。これらの源流実習を通して学生達は、地元講師から「自然の恵みをいただき、自然に返す」という循環の論理や自然に学び、共に生きる共生の論理など、地域が培ってきた「技」「知恵」という生きた理論を学んだ。それは、農学の持つ深層を探り、新たな進化を見つけ出すことでもある。

元気な山村再生事業に採択

他方、村関関係者によると「寒村としていた村内に学生達が常に賑わい、話かけられるようになり、村にコミュニケーションが戻ってきた。また、あまりにも農業や林業について無知な学生達を知り、教えがいがあること、生きがいが生まれてきた」という。元気な村の再生へ、期待が膨らんでいる。  こうした中で、平成20年度内閣府の元気な山村再生事業に採択され、村内に源流文化研究室、森林再生研究室、源流産業開発研究室、源流の木づかい研究室、源流健康づくり研究室など5つの研究室が生まれ、学生達も参加して村民参加によるプラットホーム型の小菅村再生プロジェクトがスタートしている。ここに、源流大学と小菅村が一体となった新たな村づくりが進められるようになった。
 源流の人達は、自然=森林から様々な現実を学び、生きるための「知恵」として育み、それを「知識」として継承し、源流特有の文化を形成しながら発展してきた。少なくとも少し前までの時代は、自然を尊び、自然の恵みを賢く利用し、自然と共生する循環型の社会であった。それは厳しい自然や階級社会の中で、源流域の大半である農民は生きるために共同体を形成し、自然と共生する「技」を生み、「知恵」として育んできたといえる。

森の文化の保全と継承

温暖多雨で台風の常習地であることや地形が急峻であることなどから山地災害が多いわが国は、およそ1200年も前から「森を育てれば、森が山を守ってくれる」として、禁伐や留山としながら地域共同として皆で森林を大切に守ってきた。とくに、小菅村のような源流域においては、地域文化そのものが森林保全とセットで進められてきたといえる。
 この地域の100年前の写真をみると、大半の森林は伐採され伐りつくされている。それが現段階では90%以上が森林に覆われてる。それは、先人達が後世のために成してきた業である。その原動力は、源流の人たちのみならず日本人の自然に対する価値感そのものであったといえよう。地域の共通財産である森林を守ること。そしてそれを健全な形で受け渡すことが共通の課題である。

「環境学生」育成の役割

高度な情報化や金融危機のような安全な国民生活と乖離する諸矛盾を抱えた現代社会に生きる私達は、豊かな自然共生型の循環型社会を形成を図りつつ、先祖が回復させた森林を如何に健全な状態で次の世代に受け渡すのかが課題である。源流大学は、そうした生きるための理念を学び、源流体験をとおして肌で感じとれる「環境学生」を養成する役割も担っている。
 本事業は、村民をはじめ多数の関係者の皆さんに支えられ、ご協力いただいてはじめて成り立っている。この場を借りて深謝申し上げるとともに、これからもご指導、ご協力を賜りたくお願いする次第である。

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