森林の計測、成長および評価

研究の概要と受賞の所感

東京農業大学 地域環境科学部 教授

箕輪 光博(みのわ みつひろ)

東京農業大学 地域環境科学部 森林総合科学科 教授。

1942年生まれ。東京大学農学部林学科卒、同農学系研究科修了。三重大学農学部助教授などを経て、東大農学部教授。2004年から東京農大教授。

著書『森林経理から見た世界』(単著)など。

 わが国の人工林は年々成長し、その蓄積(growing stock)は量的には確実に増大しているが、その一方で、質的な劣化が問題視されつつある。林野庁も、重い腰を上げて、森林の計測やモニタリング、間伐の促進に取り組んでいる。また、社会的共通資本としての森林の維持・管理の観点から、森林の公益的機能や多面的機能の評価にも多くの関心が寄せられている。
 「森林の計測、成長および評価に関する数理科学的研究」と題する本研究は、筆者の頭の中では、期せずして、以上のような現実の動きと密接な関連を持つに至っている。今回、賞をいただいて、あらためて、自分のやってきたことやアプローチの仕方が農学賞にふさわしいものかどうか、あるいは本学の実学精神からみて何ほどのものであるのかということを考えさせられる羽目となった。

意図せざる結果

 さて、私は、常々、人生には、「意図した結果」と「意図せざる結果」があざなへる縄のごとく連動しながら生起する傾向があると感じているが、今回の受賞もまさしくその典型的な例の一つである。研究の内容に関しても然りである。最初の森林の計測に関する研究は、たまたま「北村法」と呼ばれる方法に関する研究を進めんとしていた時に、ふと北村法と全く逆の方法に気がついたことが発端になっている。

 森林の中にランダムに一定の長さのラインを設置し、その上を歩きながらラインとは直角方向に樹木を一定の仰角で検視し、検視線と樹木の幹が交わったところの直径を計ることにより、その森林全体の幹体積(専門用語で林分材積)を推定することができる。これは、ノルウエーのストランドが1957年に創案したラインサンプリングを三次元方向に拡張したもので、ポイントサンプリングの三次元版である北村法と対を成すものである。

 私は、学生時代に恩師の平田種男先生の「測樹学」の試験を受けたとき、ポイントサンプリングを疎かにし、ラインサンプリングだけを勉強して行った記憶があるが、その先生に後にポイントサンプリングの研究課題を与えられ、結果的にはラインサンプリングでお答えをする始末になった。ここに不思議な因縁を感じる。ともかくも、この研究のお蔭で、博士論文を取得することができた。その後、本研究は、元岩手大の柴田氏の研究により、その実践性が確かめられている。最近では、民間コンサルタント会社「パスコ」などが、応用研究に取り組んでいる。

農学賞の先達からの教訓

 次の森林の成長に関する研究にも奇妙な因縁がある。大学院生のとき、ロシアの物理生態学者:ヒルミの「物理生態学序説」の翻訳に携わり、立木が時間と共に自然に減少する「自然間引き曲線」の章を受け持つことになった。
  それから約10年後に、宮崎県の耳川流域(有名な椎葉村、諸塚村のあるところ)の木材生産予測を頼まれ、かの有名な寺崎渡大先達(森林・林業分野での最初の農学賞受賞者:寺崎式間伐)の収穫表を分析しているうちに、イギリスのゴンペルツ成長曲線(1825年)の拡張に気がつき、それが最終的にヒルミの自然間引き曲線をも包含する対数空間における「システム理論」として体裁を整えることになった。
  従来、個体数と各種成長因子(直径、樹高、断面積、体積など)は、別々に扱われてきたが、それを一つのベクトルとしてまとめて表現したところに少々の新しさがある。この理論は、本数を固定すれば、即間伐モデルに転化することが確かめられている。この研究には、若いときのヒルミ研究との出会い、耳川調査研究での寺崎大先達からの教訓、ユフロ賞(世界森林研究機関連合:5年に一度開催)を巡っての畏友ガルシア(現在、カナダのUBC)との競り合いなど、思い出が多いが、いずれも、「意図せざる結果」の範疇に属している。

「意味の変容」に学ぶ

 第三番目の研究は、晩年の研究で、アイデアの源泉は、「月山」の作家として有名な森敦氏の「意味の変容」にある。20年ほど前に、羽黒山で開催された森林計画学会の夏季シンポジウムの帰りに即身仏で知られる注連寺に立ち寄り、そこで森文庫に出会い、「意味の変容」を手にした。氏の本の各所に円が描かれ、それによって世界は無限の内部(境界を含まない)と外部(境界を含む)に分かれる。私は、氏の図を見ているうちに、無限に自己増殖する世界(内部)とゼロに向かって減衰する外部との関係を指数関数を媒介にしてモデル化し、境界領域の世界をオイラーの関数exp(ipt)で表現することを思いついた。この世界は、実軸と複素軸からなる循環型の世界であり、今日の環境や社会意識の揺らぎを表現することができるのではないかと考えたわけである。このアイデアを森林経営の資本評価に応用したのがフーリエ変換型の森林評価論である。
森林の計測に関する研究
  第一は、森林の計測に関する研究で、約60年の歴史を有する「ビッターリッヒ法」の発展に関わる研究である。1947年にオーストリアのビッターリッヒによって創案されたプロットレスサンプリングの理論と手法は、その後世界中に広がり森林計測の歴史に燦然と輝くユニークな世界を生み出した。その中で、創世期の研究として特筆されるのは、平田の定角測定法とストランド(ノルウエー)のラインサンプリング法である。
  筆者の研究は、両者の延長上に位置するもので、一次元もしくは二次元空間の計測(たとえば、平均直径や平均樹高、樹幹の断面積合計など)にとどまっていた平田およびストランドの理論・手法を三次元の計測(林分材積、バイオマスなど)を可能とする方向へ拡張したものである。筆者の研究成果はビッターリッヒの著作『The Relascope Idea』を介して世界に紹介され、後述の森林の成長理論とともに、世界森林研究機関連合IUFRO(ユフロ)によって5年に一度与えられるユフロ学術賞を受賞した。
  戦後華やかに登場した推測統計学の特徴は、積極的に確率の場と推計手続きを創出し、標本情報から母集団を主体的につかむところにあるが、プロットレスサンプリングの世界は、森林・林業の分野が生み出した世に誇ることのできる推測統計学的手法といえよう。

森林の成長に関する研究

 第二は、森林の成長に関する研究で、わが国においても約100年に及ぶ歴史を有する重要な研究分野である。四手井綱英の「林分密度の問題」(1956)に端を発した林分密度と林分成長の関係に関する研究は、当時、植物成長のロジスティック理論と結びつくことにより、今日の林分密度管理図の形に結晶している。
  その中での主要な理論的課題は、最多密度での競争に関する3/2乗則と若齢段階における自然間引きの経験則とを統一的に説明することであった。なお、3/2乗則は、当時数理生態学の分野における「ニュートンの法則」と言われるほど大きな位置を占めており、世界の研究者が競ってその理論的な解明にあたっていた。
  この問題に関して、筆者は、森林の状態(本数密度、平均樹高、平均直径、断面積、材積)を、多次元ベクトル空間の一点とみなすことにより、それを支配する法則を連立線形微分方程式の形で定式化し、最多密度曲線上の間引きと自然間引き曲線上の間引きとを統一的に説明する対数空間におけるシステム理論を提示した。
  本研究は、成長曲線の一つとして知られているゴンペルツ曲線(1825年、イングランド)とヒルミ(1967、ロシア)の自然間引き曲線の多次元空間への拡張であり、さらに遡ること100年前に始まった寺崎・和田・吉田らの林分因子の時間的変化およびそれらの間の相対成長に関する研究をシステムのトラジェクトリー(軌道)という観点から統一的に説明することにつながっている。また、この人工林の自然間引きシステム理論は、人工林の間伐モデルや天然林の成長モデルとしての応用可能性を有しており、実際、筆者は、林業地域(たとえば宮崎県の耳川地域、三重県の美杉村など)の森林成長および木材生産の予測に応用している。前述のように、この研究により、ユフロ学術賞を受賞している。

森林の資本評価に関する研究

 第三は、森林の資本評価に関する研究で、林業経済学や森林経営学にまたがるこの分野の研究は広い裾野と長い歴史を有している。近年、社会的共通資本、自然資本という言葉が脚光を浴びているが、森林の経営の世界では150年前から、収益の根源を林地資本とするか、森林蓄積資本とするかをめぐって論争が展開されている。前者が土地純収益説、後者が森林純収益説である。これに対して筆者の恩師平田教授は、1965年に木材の永続的連年生産を軸とした「森林生産力資本説」を提起し、収益の根源を経営の生産力とみる新しい資本評価の世界を切り開いた。
  この問題に関して、筆者は、時代の流れが利益の追求を目的とした木材生産から持続可能な森林経営の方向へ向かっていることを認識し、平田の理論をその方向へ拡張することを試み、経営を取り巻く社会意識や環境の揺らぎを考慮したフーリエ変換型の資本評価論を提示した。さらに、市民参加を前提とした持続可能な森林経営の資本評価(支払い意思額を組み込んだ評価)の方向へと研究を進めた。
  研究の特徴は、従来の経済学における資本評価論が未来の便益や費用を時間方向で割り引く「ラプラス変換」型の論理構造であるのに対し、本評価論は、森林経営サイドの主体的計画期間u(専門用語で輪伐期)とそれを取り巻く時空方向の意識・環境の揺らぎの周期Tの相対関係を基礎とする「フーリエ変換」型の論理構造となっていることである。この評価論は、現在、森林経営の分野を超えて、より一般的な資源管理・環境保全の分野(たとえば、自然公園やレクリエーションの森、湖の管理など)に応用され、成果を挙げている。

社会のニーズの変化

 以上の3つの研究は、一般的な学問の分野からみると、それぞれ、数理統計学、数理生態学、数理経済学・社会学に、また時代的には、1970年代、1980年代、1990年代以降に対応しており、おおよそ学問の流れや社会のニーズの変化に沿っている。同時に、国際的、学際的広がりを有している。なお、本研究は、思想的には、森林の計測、成長、評価を一連のものとして考え、それらを統一する視点から進められているが、そのことを端的に表現しているのが拙著『森林経理から見た世界』(2004、森林計画学会出版局)である。

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