地域連携によるオホーツク学の展開

現代的教育ニーズ取組支援プログラム
生物産業を核に地域活性化めざす

東京農業大学 生物産業学部長

伊藤 雅夫(いとう まさお)

東京農業大学生物産業学部長・教授 生物生産学科動物バイテク研究室

主な研究テーマ「哺乳動物の発生および発育に関する重力依存症の研究」

著書「卵子研究法−Ovum Research−」養覧堂など

 「地域連携によるオホーツク学の展開」とは、東京農大生物産業学部による新たな教育プログラム開発の取組である。このタイトルで文部科学省の平成17年度「現代教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)」へ応募したところ、他大学の地域連携教育システム構築のモデルになりうると高く評価され採択された。地域活性化への貢献(広域)というテーマに沿ったもので、広大なオホーツク地域を舞台に、生物産業を核とした地域活性化を実現するための教育と研究と活動の推進力を「オホーツク学」と位置づけ、これを展開するための教育プログラム開発を目指す。
 生物産業学部は平成18年4月より既存の生物生産学科、食品科学科、産業経営学科に加えて新たにアクアバイオ学科を開設する。アクアバイオ学科を加えた4学科体制の完成で、上流(山・林業)から平地(里・農業・文化)さらに下流域(河川・海・水産業・加工業・流通経済)に至る環境共生型の生物産業という実学世界を具現化する本格的な体制が整備される。こうした中で、本学を中心とした地域の研究機関・行政・産業界・消費者・NPOなどがコンソーシアムを形成し、その総合力で、豊かな自然と高水準の農林業・水産業・加工業を擁するオホーツクの地域産業のポテンシャルを生かして、地域の活性化を図ろうとする取組が採択されたことは誠に時機を得たチャンスが与えられたと思っている。

農学の実践性を高めるために

 もともと、農学のプログラムは本来的に実践性の強い性格を持ち、フィールドワークが必要とされる性格を持っていた。しかしながら、近代農学は分子生物学や生命科学分野の研究が中心になりつつあり、分析的な研究が中心となり、研究領域も細分化されて、その研究の体系性と実践性が乏しくなって来ている。こうした背景の中で、現在の農学の有効性と実践性を高めるための再構成が求められてきていると言っても過言ではない。

 その意味で、本学が1989年以降に生物産業学部を網走市に設置して、生物資源の宝庫であるこの地域を基盤とした生物産業を研究のフィールドワークとして活用し、生産・加工・流通・経営を生物と産業の視点から文理融合型の研究を当地で開始した背景には、こうした問題点を克服しようとする教育・研究的見地からであった。

 これまでの実態としてもすでに試行錯誤の過程で徐々に実績を積み上げ、今日までに衰退化する地域の再活性化に大きな役割を果たしてきている(図−1参照)。たとえば、地域での産・官・学・民のコンソーシアムの形成に関しては、16年前からオホーツク・大学間交流協議会が管内の5大学(道都大学・北見工業大学・北海学園北見大学・日赤看護大学・東京農業大学)で設立されて活動を行い、コンソーシアムの形成とその地域活性化の実績を既に作り上げてきている。

盛んな産官学連携プロジェクト

 さらに、2003年度からは、網走市が地域に根ざした政策を実現するための政策提言を市民と農大(これには学生も参加するが)とで形成した網走政策塾というコンソーシアムも開設され、ここで掲げる体験型ツーリズムの具体化を提言するようなプログラムをも見せてきている。

 また、網走寒冷地農場では、北海道開発庁網走開発建設部との産学官連携プロジェクトを学部開設以前から持続的に展開してきた。加えて、産学協同による具体的なビジネス化の動きも進み、網走地ビール開発への援助や魚醤の開発、オホーツクます寿司の製造など、地域の起業化や地域産品の開発とブランド化に大きな成果をもたらしてきている。

 しかし、これまでの取組にはその方式において種々の問題点があった。もっとも大きな問題点は、地域的な連携やコンソーシアムの形成が、個々人や教員の研究室、学科、農場単位のレベルでなどのパーソナリティーや個々の単独の組織でのみ実施されてきたという点である。こうしたいわばバラバラに実施してきていたプログラムを総点検するという意味で、そのプロセスをリエンジニアリングし、そのうえで全体的に再構築する事がより実効性のある研究教育体制の構築につながっていくという考えの下、「オホーツク学」の展開に向けたプログラムのプランニングを進めていきたいと考えている。

オホーツク実学センター開設

 実施に際しては、生物産業学部に「オホーツク実学センター」を新たな機関として設立し、このセンターに教員・学生及び大学院生・自治体・産業界・市民・農家・NPOで構成する「現代GP」プロジェクト委員会を設置し、関連組織とのコンソーシアムを形成して具体的な実施プログラムとスケジュールを策定していく(図−2参照)。「オホーツク実学センター」の目指す理念は、以下の諸点である。

 @“地域が学校である”。これは地域の自然資源・人的資源・歴史的資源を大学が教育の視点から取り組む事によって、学生の教育等を最大限になしうる教育力を持つという事である。

 A“現実は実学研究テーマの宝庫である”。これは、実学主義教育に基づく蓄積が、現実的課題の中から新たな発見を導き出す研究推進力となる事である。

 B“実学とアカデミズムの融合は新たな研究者の評価を生み出す”。これはオホーツクという壮大な実学教育の実験場で研究者の問題解決能力を引き出し、その研究能力と実績を新たな評価システムで位置づけることである。

 C“現場体験の積み重ねが、学力と人間力を高める”。これは知識偏重型の人間像を修正し、実践から総合力を引き出す実学アカデミズムに基づいた人間の精神と実存形態を実現する事である。

 D“文理融合的研究教育が社会的ニーズとシーズを生み出す”。これは本プログラムの効果は、実践性と総合性から初めて生み出しうるという考え方である。

3類型の教育プログラム

 「オホーツク学」で取り組むプログラムは、3類型の教育プログラムから構成される。

 第T類型プログラムは4学科の教育を基礎としたベーシックプログラムで、以下の4つのコースを想定している。

 第一のコースは生物生産学実学教育プログラムである。これは、生物生産に関わる農学の研究を媒介とした、研究教育プログラムで出来るような実践性を持つことを目的とする。いわば“森と大地の学校”教育プログラムある。

 第二のコースは新たに設置されるアクアバイオ学を実学とした研究教育プログラムである。アクアバイオ学科は、農大全体としても初めて総合的に取り組む研究教育分野であり、この学科が開設されることで、総合農学としての山から海までの連携した教育プログラムが実現される。アクアバイオ実学教育プログラムは、オホーツク海における漁業資源の総合的な研究教育をするばかりでなく、上流と下流の連携としてのエコシステムマネージメントから、魚付林の造成やNPO活動の教育実習プログラムまでを検討する。いわば“海洋と魚の学校教育”プログラムである。

 第三には食品科学科を中心とした食品科学実学教育プログラムである。ここでは産学協同ですでに網走地ビールの開発、魚醤の開発、さらにはアイスクリームや、パンなどの地域資源としての食材を利用した、総合的食品開発や地域ブランド化の研究教育を行なっており、さらには、エミューの高次加工にも取り組んでいるプログラムである。いわば、“地域と物づくりの学校”教育プログラムである。

 第四は、産業経営学科を中心とした産業経営学実学教育プログラムである。産業経営学は、一から三までのプログラムを産業化、ビジネス化の視点から総合的に研究教育し、それぞれのビジネスモデルの点検や創出、さらには産地ブランド化とそのマーケティング等の教育研究を行なうプログラムである。いわば“アグリとビジネスの学校”教育プログラムである。

実学の森アカデミア教育

 第U類型プログラムは生物産業学としての応用プログラムでベーシックプログラムの領域をトータルな生物産業学として総合化する学際的な文理融合化実学プログラムである。プログラムの趣旨に沿ったテーマの特別講義および主として大学院生や社会人入学者を中心とした教育プログラムを実施する。いわば、“実学の森アカデミア”教育プログラムである。

 第V類型は第U類型プログラム修了者を対象に、地域的な環境共生の課題に応える研究教育のためのスペシャルプログラムで、以下の五つのコースを開設する。@環オホーツク海圏広域交流教育プログラム(これはオホーツク海に面した国際交流を行なうプログラムである)。A知床世界自然遺産エコシステムマネージメント教育プログラム(これは、知床の世界自然遺産を基礎とした環境共生の課題を生物産業学から研究教育を行なうプログラムである)。B流域生態系連携活性化教育プログラム(常呂川、渚骨川、網走川、湧別川などの河川における森林・農地・市民・海洋の環境共生プログラムである)。C新規就農ビジネス教育プログラム(これはEUを抜いたと言われているオホーツクの畑作地帯で新規就農を目指す経営者を育成するコースである)。Dエコ・グリーン・マリン・ツーリズム教育プログラム(これは特に重点的に行なうプログラムであるが、五つのプログラムとスペシャルプログラムを総合化して体験型ツーリズムとして、状況によっては地域の企業との独自のコンソーシアム体制で臨む教育・インターンシッププログラムである)。

持続型の地域社会形成へ

 こうした研究教育プログラムの推進は、生物産業としての産業・ビジネス的側面の研究教育とともにオホーツクの大自然を前提とした環境共生を目指す21世紀型の自然と人の共生を総合的に研究する土壌を育む。また「オホーツク実学センター」の機構の下で、地域の自治体・企業・NPOなどの社会人リカレント教育を含めた研究教育を深め、地域活性化につなげることを可能にすると考えている。さらに、「オホーツク学」の展開によって、21世紀における環境共生と持続型の地域社会の形成と地域活性化へのインパクトを社会に発信し続けることが出来るものと確信している。


現代GP(文部科学省選定)の詳細は こちら

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