食糧自給率向上のために(1)

向上を阻む要因は何か

まず基本的な理解と認識を

 

東京農業大学国際食料情報学部国際農業開発学科(国際農業開発学研究室)教授
板垣 啓四郎(いたがき けいしろう)

1955年鹿児島県生まれ。東京農業大学農業拓殖学科卒。

専門分野:農業開発経済学、国際農業経済学、国際農業協力論。

主な研究テーマ:東・東南アジア諸国における食料・農業問題など。

主な著書:食料需給と経済発展の諸相(編著)筑波書房

食料自給率について考えるには、最初に基本的な疑問点を質し、共通の理解と認識を得ることが求められる。その上で、農村の現場でどのような取り組みが展開されているかを把握し、そこから浮上してくる課題を整理し、解決のための新たなアプローチ(解決手法)を示すというのが正当な手順のように考えられる。まず食料自給率に関する知識を整理することから、本稿を始めたい。

食料自給率と食料自給力

食料自給率にはいくつかの概念がある(1)。よく使われるのは供給熱量(カロリー)ベースの食料自給率である。これは、国民1人1日当たり供給熱量が国産農畜産物でどの程度賄われているかを示す指標であり、畜産物は輸入飼料により生産された熱量を国産供給熱量に算入しないこととされている。わが国の供給熱量ベースの食料自給率は、農林水産省から発表されているデータによると、最近の過去10年間では40%前後である。

つぎに生産額ベースの食料自給率がある。これは、食料の国内消費仕向け額のうち国内生産額で賄われる割合を示す指標であり、平成7年に74%であったものが、平成20年には65%へと低下している。もう一つ、品目別自給率(重量ベース)は、品目ごとの国内消費仕向け量のうち国内生産量で賄われる割合を示す指標である。品目別自給率のなかでとくに重要なものは穀物自給率(飼料穀物を含む)であり、最近の過去10年間ではほぼ28%となっている。

供給熱量ベース、生産額ベースおよび品目別重量ベースの食料自給率のいずれも、意味のある指標であるが、とくに供給熱量ベースの食料自給率が重視されるのは、食料安全保障の視点からみて、国内の食料生産でどの程度国民を養えるのかを最も端的に表す指標だからである。

最近では、食料自給率と並行して食料自給力という用語もよく使われている(2)。食料供給は、国内生産、輸入ならびに備蓄からなるが、このうち国内生産による食料供給力が食料自給力であり、農地・農業用水等の農業資源、農業者(担い手)、技術の3要素で構成される。要するに、農地や水を確保し、担い手を育て、技術を開発することで自給力向上を図ろうとする概念である。

自給率45%を目指した基本計画

先の総選挙では、主要各政党がそれぞれマニフェスト(政権公約)で農業政策全般について拡充・改革の方針を示した。民主党を軸とする新政権の取り組みが注目されるが、ここでは食料自給率向上に関して、これまでの政府の取り組みを概観しておこう。

政府は、2005年3月に策定された食料・農業・農村基本計画において、食料自給率の目標を2015年に45%(供給熱量ベース)まで引き上げると定めた(3)。

供給熱量ベースの食料自給率を引き上げるためには、米を除く自給率の低い土地利用型作物、すなわち麦類(小麦・大麦・はだか麦)、大豆、飼料作物(飼料用稲など)および甘味資源作物(甜菜、サトウキビ)などを増産しなければならない。そのためには、これら作物の栽培面積を拡大する一方で収量を増大させる技術の開発と普及が不可欠であり、また生産される農産物の品質が実需者(食品の加工メーカーなど)のニーズを満足させ、それが実需者に対して安定的かつ安価に供給されなければならない。

農地は、都府県においては水田のフル活用、北海道と沖縄県においては畑地の高度利用により土地利用型作物の作付拡大を図る。また水利施設などの整備を伴うことにより、土壌養分の維持を考慮に入れた輪作体系を通じて、農地の高度利用を実現する。2008年月には、農地を確保し有効利用を進めるための「農地改革プラン」が公表された。

担い手については、経営意欲の高い認定農業者や集落営農組織および農業生産法人に対し農業資源や農業生産を支える諸サービス、政策支援を集中させて企業的農業経営体を育成する。また若者や企業等を農業分野へ参入させることにより活力が生まれるものと期待されている。小規模農家や高齢農家においては集落営農組織に組み入れてその法人化を目指している。

技術は、政府および民間のベースで土地利用型作物の増収とコスト削減に向けた様々な取り組みが行われている。例えば、飼料用稲、小麦、大豆などを対象とした多収で加工適性に優れた品種の選定・開発と生産コスト削減技術の開発、高生産性水田輪作技術の開発と確立等である。また米粉の利用拡大を図るための基盤的技術の開発も進められている(4)。

収益性や加工適性にも課題

上述したように、食料自給率を高める構成要素を適切に組み合わせて生産を行えば、食糧自給率は向上していくはずである。しかし、実際には向上していない。それは、いくつかの要因が相互に作用しているからである。ここでは、3つの要因を指摘しておきたい。すなわち、・土地利用型作物の収益性が相対的に低くまた生産が不安定ということ、・品質や加工適性において国産農産物が実需者や消費者のニーズに必ずしも対応していないこと、そして、・国産農産物の産地での需給調整がうまく機能せず市場需要の拡大にも限界があること、である。

わが国のように夏季には高温・多湿となり、長雨や台風が度々襲来するアジアモンスーン気候の風土では、水稲作にこそ適しているものの、年間を通じて冷涼・乾燥した気候帯に属し湿害の少ない欧米諸国に比較して元来麦や大豆等の生産には不適であり、この自然条件を技術的に克服することは困難な状況におかれている。したがって、わが国では天候いかんによる年度ごとの豊凶差が大きく、また病虫害もしばしば発生して生産が安定しない。加えて収穫物の品質や形状、重量等のバラツキも大きい。

さらに、一農家当たりの耕作面積が狭隘なために機械化による一貫作業体系を実施しにくく、自己労働および雇用労働の賃金評価額が高いことから生産コストも自ずと高くなりがちである。これら農産物の市場販売価格は、ロットが大きく良質安価な輸入品の大量流入と大口小売先の安値取引によって安価に設定される傾向がある。産地づくり対策と水田・畑作経営所得安定対策による交付金の助成により、かろうじて採算割れを防止しているのが現状である。交付金を確保するためには、認定農業者に指定されるか集落営農組織に加入することが前提条件とされている。最近、認定農業者や集落営農組織の認可数が激増している背景も、実はここにある。

ことに集落営農組織の場合には、組織内の農地を団地化して農家集団がブロックローテーションを組んでおり、市場需要や輸入需要の大きさの変動に関係なく生産されるために市場供給が硬直化しやすい。この結果、農産物が市場において供給過剰となり、販路を見出せないまま産地での在庫積み増しという事態も発生する。まさに自給率低迷のなかでの過剰在庫という自己矛盾を内包しているのである。

 

(1)農林水産省(2009年)『平成20年度 食料・農業・農村白書』の「用語解説」p.143
(2)『平成20年度 食料・農業・農村白書』では、「トピックス」での食料供給力(食料自給力)について触れ、その確保に向けた取組を取り上げている(pp.8─10)。
(3)農林水産省ホームページ「食料自給率とは」www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/011.html(アクセス日:2009年8月26日)
(4)2009年7月4日に東京農業大学で開催された2009年度実践総合農学会大会のシンポジウム講演要 旨中の「主要穀物の付加価値向上技術の開発」(農林水産省研究開発官 尾関秀樹)を参照。

 

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