日本のコメ生産はどうなるか

正念場を迎えるWTO交渉

 

東京農業大学国際食料情報学部 教授
板垣 啓四郎(いたがき けいしろう)

1955年鹿児島県生まれ。東京農業大学農業拓殖学科卒。東京農大国際食料情報学部国際農業開発学科教授。

専門分野:農業開発経済学

主な研究テーマ:アジアにおけるコメ政策

主な著書:熱帯農業と国際協力(共著)筑波書房、農村開発と環境保全(共著)古今書院(出版予定)

世界のコメ生産と貿易

FAOの統計によれば、2005年現在、世界のコメ生産量(籾米ベース)は約6億3,000万トンである。主要な生産国は、表で示すように、中国、インドなどのアジア諸国であり、上位10ヵ国でコメ生産量全体の実に86%を占めている。中国とインドの2ヵ国だけでも51%を占めている。アジア諸国以外では、9位にランキングされているブラジルを除けば、日本に次いでアメリカ(1,013万トン)の生産量が多く、ネリカ米の生産で有名なサハラ以南アフリカ諸国は、近年、東・西アフリカ諸国を中心に増加してきたとはいえ、せいぜい1,260万トン程度である。

一方、コメの貿易量をみると、2005年における世界の輸出量(籾米ベース)は205万4,320トンでしかなく、輸出量の生産量に対する比率はわずかに0.3%でしかない。輸出量の多い国は、アメリカ(168.5万トン)、タイ(6.3万トン)、スペイン(2.2万トン)、イタリア(1.7万トン)、中国(1.5万トン)であり、これにオーストラリア(1.1万トン)、ベトナム(1.1万トン)が続いている。

米、豪による輸出攻勢

こうしてみれば、コメの主要生産国は同時に消費国でもあり、コメを国内自給している国がほとんどである。他方、アメリカではコメ生産量の17%を、またオーストラリアではコメ生産量(33.9万トン)の3.4%を輸出に振り向けている。これに比較して、タイは0.2%、ベトナムは0.1%以下、中国に至ってはほとんどゼロに等しい。

タイ、ベトナムおよび中国は、世界の主要なコメ輸出国であるような印象を受けるが、統計でみるかぎりにおいては、アメリカやオーストラリアのような先進諸国が、貿易量の薄いコメ世界市場にあって、輸出攻勢をかけている国といえる。

関税率の削減方式で議論

しばらくの間中断されていたWTOドーハ・ラウンド農業交渉は、今年の2月に再開され、現在、交渉はモダリティ(各国共通に適用される関税や国内支持等の削減ルール)の確立に向けた議論が展開されているところである。

中断前の交渉では、コメのような重要品目(センシティブ品目)の市場アクセスについて、関税率の削減と関税割当数量(ミニマム・アクセス)の拡大の組み合わせを通じて改善するというところまで合意がなされた。再開後の交渉では、関税率の削減方式(定率削減、上限関税の設定あるいは未設定)をめぐり、また階層分けした一般品目の境界をどこに定めるかというところで激しい議論が交わされている。

コメ自給率激減の試算

この交渉は、アメリカ・有力途上国グループ(中国・インド・ブラジルなど)とEU・食料輸入国グループ(日本・韓国・スイスなど)とに大別された対立構図のもとで議論されている。

今後の交渉を通じて妥結点がどこに定まるかにもよるが、WTOコメ交渉の政策シミュレーション《前田(2007)》によると、仮にアメリカの提案(関税割当数量99万トン、関税率75%)にしたがえば、日本には151万トンのコメが輸入されることになり、日本のコメ自給率は81%に低下するという。またアメリカの提案にしたがい、中国産米とベトナム産米の品質が向上して日本産米と同水準になると仮定すれば、コメ輸入量は429万トンに達し、コメ自給率は49%まで低下して、日本のコメ生産は大打撃を受けるとしている。

中国、ベトナムの生産状況

わが国のコメ自給率が49%まで低下するというのは、かなり衝撃的な試算である。さりとてこれをまったくの空論と簡単に片づけるわけにはいかない。現実の動きとして、3年前に中国・黒竜江省の国有農場で聴き取り調査した結果、農場はわが国のコシヒカリとまったく遜色のない高品質・良食味米を機械化によりかなりの低コストで生産し、また収穫後処理にしても、日本の高度な籾米貯蔵施設、精米技術を導入して、形状と外観に優れた米をパッキングしていた。ベトナムでもメコンデルタや冷涼な北部中山間地帯では、良質の米を生産し、貯蔵・加工していた。

中国やベトナムでは、すでに単収の高い多収穫米を生産する段階を過ぎて、高品質米を増産する段階に到達している。それは、国内消費者の間で高品質米に対する需要ニーズが高まってきていることに加え、ミニマムアクセス米の拡大や米の売買同時入札方式(SBS方式)による商業取引ベースで、日本や韓国へ米を輸出する実績を積み重ねてきているからである。

主食用のコメ輸入増加も

ちなみに、日本は、2006年にミニマムアクセス米を契約数量ベースで77万トン輸入し、そのほかにもおよそ10万トンをSBS方式で輸入している(データは農林水産省総合食料局のホームページに基づく)。いまのところ、用途は主として加工用、援助用、在庫に回されているが、関税率の引き下げと関税割当数量の拡大によっては、安価(小売価格ベースでみた場合中国の米価は日本のおよそ10分の1)で高品質の米輸入が主食用として増加する可能性は決して否定できない。

目下、高関税の障壁が輸入の増加をかろうじて抑制しているに過ぎない。WTO農業交渉の行方が、日本の米と農業の生き残りをかけた正念場であることだけは間違いない。

 

参考文献

前田幸嗣(2007)、WTO農業交渉と日本のコメ輸入、
http://www.worldfood.apionet.or.jp/simpo/07March
Papers/8.pdf
(2007年10月22日アクセス)

 

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