【国際社会とともに】オランダの実学主義を学ぶ

姉妹校ワーヘニンゲン大学に留学姉妹校ワーヘニンゲン大学に留学

東京農業大学 国際食料情報学部国際バイオビジネス学科 助教授 (経営行動学研究室)

井形雅代(いがた まさよ)

主な研究テーマ:「経営者行動」

オランダの国土面積は日本の九州ほどの大きさで、人口も1,600万人余りの小国であるが、国際社会における「存在感」は実際よりもはるかに大きい。世界第8位の輸出国(2003年)で、GDPの半分以上は国際貿易からもたらされるという事実と、安楽死や同性結婚などが認められた「世界一の自由の国」という印象のせいかもしれない。もちろん、花き、球根、酪農などによって、オランダ農業の実力も世界に知られている。2004年8月から2005年9月までの1年間、オランダ王国ワーヘニンゲン大学に依命留学の機会を得たので、オランダ農業を支えるオランダの実学主義・ワーヘニンゲン大学の一端を紹介したい。

ユニークな組織と教育システム

ワーヘニンゲン大学はオランダの首都アムステルダムから特急電車で南東に約1時間、ヘルダーラント州のワーヘニンゲン市に位置している。人口3万5,000人ほどの小さなまちだが、1945年、オランダとドイツの平和協定が締結されたところとしてオランダではよく知られている。

ワーヘニンゲン大学は1876年、地域の農業学校から引き継がれた政府の農業教育機関として発足し、1904年、国の教育制度再編を反映して国立農業・園芸・林業学校と名称を変更した後、1918年3月9日、国立農業学校として再発足、これをもってワーヘニンゲン大学の設立としている。第2次世界大戦後、国の教育改革に伴った何度かの改革を経たあと、1986年にワーヘニンゲン農業大学となった。1997年からWageningen University and Research Centre (以下WUR)への再編が始まり現在に至っている。

WURは教育研究機関である大学に、農業関連のいくつかの研究専門機関を結合させて誕生し、理事会がこれを統括して、研究教育の相互乗り入れをはかるユニークな組織形態をもっている。公式の組織としては、研究機関群、大学、高等農業教育学校がそれぞれ独立してはいるが、実際には大学の各学部が関連する研究機関と密接した連携をとっており、例えば私の滞在した社会科学部はオランダ農業経済研究所とともに社会科学グループを形成し、研究教育の交流を図っている。

同じ国立機関だからこそ可能になったことではあるが、このような相互交流には様々な利点があり、私の場合は、オランダ農業経済研究所から研究上必要となったデータを速やかに入手することができた。

1年5学期制

ワーヘニンゲン大学は農業技術・食品科学部、動物科学部、環境科学部、植物科学部、社会科学部の5学部で構成されている。各学部の建物がまち全体に点在し、いわゆるキャンパスが存在しないという環境から、他の学部の情報についてはほとんど入手できなかったが、社会科学部の中には「グループ」と呼ばれる小単位が存在する。5〜20名程度の教員で構成され、さらに各グループには大学院博士課程の学生が常時数名から数十名活動しており、研究教育の最小単位となっている。留学中は私もこのグループの一員となり、指導教授のほか、他の教員、博士課程の院生と毎日午前・午後のティータイムを共にするなど密接な関係をもつことができた。

教育の制度的な側面からユニークな点としては、第1点として、1年5学期制あげられる。5学期制は夏休みとクリスマスから年始にかけての休みを除き、1年間を8週間ずつ5つの学期に区分し構成されており(5学期だけ祝日の関係で9週間)、1学期8週間のうち6週間を講義、1週間を試験勉強(休講)、最後の1週間を試験期間にあてている。

1学期には基本的に午前、午後それぞれ1科目履修できないが、週に2〜3回(1回の講義は約3時間)の、進度のとても速い講義を受けつつ、たくさんの宿題、小試験をこなす。また授業では必ずといっていいほど学生によるプレゼンテーションが行われ、試験には2時間分の難問がたっぷりと用意されて、出来が悪ければ容赦なく追試験となる。これを1年間に5回繰り返すのであるから、学生はかなり集中して各科目に取り組まなければならず、多忙である。

独特の「プログラム」制

第2点として、ワーヘニンゲン大学には学生の所属する「学部」や「学科」に相当するものはない。例えば教員は「社会科学部」という学部に所属しているが、学生は所属がなく、それぞれ「プログラム」を専攻する。2004―2005年度では、学部には19のプログラム、修士には29のプログラムが用意されていた。教員はそれぞれのプログラムに組み込まれている科目の講義を主にグループ単位で引き受け、講義に出向く。1科目をすべて1人で担当することは稀であり、2〜3人で分担しているのが普通で、WURの傘下にある研究所の職員も一部の授業を担当している。

5学期制は集中による教育効果と教員の授業分担の効率性を狙ったものと思われ、また、プログラム制は学科・学部という枠組みでは難しい、学問体系の枠組みや社会のニーズといった環境の変化に迅速に対応できるシステムとして興味深いものであった。

活発な国際交流

ワーヘニンゲン大学ではあらためて国際化を取り上げるまでもなく日常が常に国際的であった。

まず、日常的に多くの留学生と接する機会があり、私の滞在したグループでも、7名の博士課程の学生が所属していたが(このうち3名は私の滞在中に学位を取得し卒業した)、オランダ人は2名だけであった。

大学全体としては、歴史的・地理的関係の深いアフリカ諸国からの留学生が多くみうけられる。また近年はEUの拡大をうけて東欧諸国からの留学生が増加し、EUとの関係がますます深まる中国からの留学生は人数的には最も多くなっている。博士課程に留学している学生のほとんどは母国で大学や研究所などの研究職に就いており、4年間の課程のうち、最初の1年ほどを単位取得と博士論文の計画に、中間は母国に帰り調査や仕事にあて、最後の1年ほどを再びワーヘニンゲン大学で過ごし、残りの単位取得と論文の仕上げにあてる「サンドイッチ・プログラム」という方式がとられているのが一般的である。

持続的な開発へ国際連携

こうした留学生の受入れとは別に、国際協力を専門に行うのが「Building Capacity for Sustainable Development」のスローガンを掲げる International Agricultural Center(IAC)である。IACは70名ほどのスタッフをもち(事務職員も含む)、持続的な開発は大学のみならず、コミュニティ、政府、企業、市民社会、国際組織の連携によって可能なるとの認識に立ち、これらの人々と共同し様々な支援を行うことを目的としている。

国際協力に関しては、アフリカ、南アメリカ、アジアにおいて50年ほどの実績があるが、近年では中央・東ヨーロッパにその活動を広げている。主な活動は、民間および政府の能力を高めるための国際トレーニングプロジェクトの実施と地域間の協力支援であるが、このような活動は大学自体が提供するのではなく、他の実施主体があり、FAO、EU、オランダ農務省や外務省など様々な機関がIACにプロジェクトの実施を依頼する形となっている。

具体的な事業としてはコンサルタント、教育・トレーニング、セミナー・ワークショップなどがあり、大学で行われるものと現地で行われるものがあるが、IACが重視しているのは「地域の実情にあわせたオーダーメードのトレーニングの開発」で、例えば、栄養サーベイランスの立ち上げ(フィリピン)、EU加盟実現のための国境における輸入検査のサポート(トルコ)、食品の安全性に関するトレーニング(ワーヘニンゲン)、リーダーシップおよび適応に関するマネジメント(ワーヘニンゲン)など、現代的な課題と密接に関係したテーマとなっているのがわかる。

面倒見のいい大学

ワーヘニンゲン大学は農学分野で世界にその名が知られているが、近年、オランダでも農業に対する若者の関心が薄れ、ワーヘニンゲン大学でもいかに優秀な学生を確保するかに頭を悩ませている。しかし一方では、オランダ版「面倒見のいい大学」の上位にランクされるなどワーヘニンゲン大学がもつ雰囲気や課題は農大とも似通っているともいえる。ワーヘニンゲン大学では先に述べた組織改革やWURのキャッチフレーズ「Quality of life」などを通じて、農学分野の広がりを社会にアピールしており、その戦略的取り組みには姉妹校として注目したい。

 

×CLOSE