野菜やハーブの上手な利用法

植物の生き残り戦略を踏まえて

東京農業大学農学部 教授

市村 匡史(いちむら まさし)

1946年石川県生まれ。

東京農業大学農業拓殖学科卒。
東京農業大学農学部農学科(園芸バイテク学研究室)教授。

専門分野:蔬菜学、土壌学

主な研究テーマ:ハーブの香りに関する生理生態的研究、ハーブの他感作用の農業利用に関する研究。

主な著書:園芸学入門(共著)朝倉書店

植物は、基本的には動くことができず、動物が夏毛から冬毛に切り替えるように、冬用の葉に変えられるわけでもない。そのため、植物は秋から冬にかけて葉を落として休眠したり、寒さや乾燥に強い種子の形で冬を過ごしたりするような進化を遂げてきた。

人類は植物を、最初は単に採集して利用するだけであったが、徐々に植物の特徴を理解して栽培するようになり、さらに栽培技術を発達させて、近年の日本の野菜生産では周年にわたってさまざまな野菜を出荷できるようになった。植物の生き残り戦術を踏まえて、野菜やハーブの上手な利用法を考えたい。

春先の野菜は美味しい

厳しい寒さを乗り越えてきた春先のキャベツやハクサイなどはとても美味しいと言われている。どうしてだろうか。人に美味しく食べてもらうために、冬を乗り切ってきたわけではない。また、夏に播種されて畑に植えられたキャベツやハクサイなどは、冬に葉を落とすわけでも種子で過ごすわけでもない。しかしそのままでは、厳しい寒さに遭うと凍ってしまうため、キャベツやハクサイは細胞中に糖を増加させて、凍りにくくする。真水に比べて砂糖水や海水が凍りにくいのと同じである。冬の終わりから春早い時期のキャベツやハクサイには、多くの糖が蓄積されているために甘くて美味しいのである(高橋、1970)。

しかし、暖かい日が数日続いた後では、冬越しのキャベツ独特のおいしさが感じられなくなる。これは、キャベツの食用部分である結球部が、外側の外葉によって冷たい風から防がれていることや、直立気味の外葉に比べて結球している葉では太陽光を真っ直ぐに受けることで、気温よりも10℃近くも葉温が上がるため、秋から冬にかけて徐々に着込んできた糖の衣を速やかに脱ぎ捨てるためである(佐々木、1997)。そのため、日中気温が上がるような日があった後のキャベツでは、糖含量が低下してそれほど美味しくなくなることから、冬越しの美味しいキャベツやハクサイなどを食べるには、未だ寒い内がよい。

ハーブの生き残り戦略

ハーブの葉の香りは、葉に含まれている二次代謝物の精油に由来する。呼吸や光合成のようにエネルギーを得る代謝や生体成分の合成など、生命活動に必須な代謝を一次代謝と言い、こうした代謝に関係する物質を一次代謝物という。一方、二次代謝とは生命活動に直接は関わらない代謝をさし、こうした代謝に関係する物質を二次代謝物という。二次代謝物には、精油の他、リグニンやタンニン、アルカロイド、フラノボイドなどがある。タバコのニコチンは二次代謝物のアルカロイドの一種である。

精油は、ハーブの各器官に存在している腺毛(腺鱗)と呼ばれる組織に蓄積されている。極めて微量ながら徐々に揮発していたり、虫による食害や風による物理的損傷、人為的な損傷などによって腺毛が傷つけられて、精油が放出されることもある。

ハーブが生育していく上での精油の果たしている役割については、十分な解明がされていない。以前には、精油は老廃物であり、特別な働きはないと考えられていたこともあるが、現在ではハーブが進化の過程で身につけた特殊な機能と考えられている。

精油成分の変化と効用

図1にシソ科ハーブの一種であるスイートバジル主枝葉の6葉期から開花期までの生育ステージ別の精油成分の変化を示した。スイートバジルの精油には数十種類の成分が含まれているが、図1に示したのは、その内のリナロールとメチルオイゲノールの2種類のみである(市村、1989)。しかし、この両成分は生育が進んでいく中で極めて特徴的な変化をする。主枝葉が6枚程度展開した幼植物の時期には、葉中のメチルオイゲノールが30%以上と極めて多いが、その後生育が進むにつれて急激に減少して、16葉期には1%以下となる。一方、リナロールは逆に、6葉期では8%程度であるが開花期前後には35%以上と著しく増加する。このリナロールは、器官別では花穂に50%以上と極めて多く含まれており、さらに精油含量も花穂で著しく多いことから、株全体では開花期にリナロールが極めて多くなっている(市村、1989)。

メチルオイゲノールは、カワラヨモギの芽から分離され、モンシロチョウ幼虫に対する摂食阻害物質となること(矢野、1996)、あるいはフェンネル種子中に含まれてケナガコナダニに殺ダニ活性があること(LEEら、2006)などが報告されている。これらの虫に対する抑制的な作用とは別に、ミカンコミバエの雄成虫がメチルオイゲノールに強く誘引されるという報告もある(西田、1989)。一方、リナロールはニオイエビネの花の香気に寄与していること(粟野ら、1994)や、コリアンダーの果実(種子)に極めて多量に含まれていること(KOHARAら、2006)などが報告され、開花期にリナロールを多く蓄積する植物が多い。このように、ハーブの精油成分は同じ成分であっても、ハーブの種類によっては誘引的に作用する場合と、忌避・抑制的に作用する場合がある。スイートバジルにおいては、メチルオイゲノールは幼苗時に自らの身を守るために忌避的に作用し、リナロールは開花期に多くなり訪花昆虫が急激に増加することから、誘引的に作用して受粉を手助けしてもらっているものと考えられる。ハーブ類はこうして、精油の香りを発散させながら、自らの身を守ったり、子孫を残すために虫を引き寄せたりしている。

葉令による精油含量の変化

人は、こうしたハーブを古くは主に防腐剤的に利用し、近年では料理やポプリや観賞用などの利用の他、香料としても利用している。図2にスイートバジル主枝葉の着生位置と葉の展開後の葉令による精油含量の変化を示した。精油含量は、早くに展開した下段の1─6葉では展開直後の6月20日に0.3mL/kg・fwと多く、香りが強かったが、約2週間後には精油含量が著しく減少した。中段葉でもまったく同様な傾向であったが、上段の13─18葉の展開直後では中・下段葉よりも精油含量が多く、約0.5mL/kg・fwで一段と香りが強かった(市村、1989)。このように、ハーブの葉の精油は展開直後に最も多く、香りが強い。そのため、肉料理に用いるソースなど調理用に用いる時にはできるだけ香りの強い若い葉を少量用いることが望ましい。香りを強くするため、古い葉を多く用いると、特徴のある香りよりも青臭さが強くなる。サラダなどの生食用には、展開前のさらに若い葉を用いるか、遮光処理などにより香りを弱めた葉を用いることが望ましい。

伝統的な栽培方法の応用も

日本には、ミツバやウドなどの栽培に軟化栽培という香りをマイルドにする栽培方法がある。また、最近フルーツトマトとか高糖度トマトと呼ばれる糖度の高いトマトが生産され始めている。こうしたトマトは水分の吸収を抑制することで生産されるが、ハーブ類もこうした方法で香りを強くできる。植物の生きる力を積極的に引き出したり、伝統的な栽培技術を応用したりすることなどによって、多様化しているニーズに対応して行かなくてはならない時代になっている。

一方で、こうした栽培技術の進展によって、最近では季節感や旬のおいしさが無くなったと言われるようになっていることも指摘しておきたい。

 

図1 スイートバジル主枝葉精油成分の生育ステージによる変化

図2 スイートバジル主枝葉の着生位置と葉令による精油含有量の変化


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