文科省支援プログラムの成果報告

体験実習で将来を見据える

特色GP 学生自らが描くキャリアデザイン

 

東京農業大学短期大学部生物生産技術学科(遺伝育種学研究室)教授
藤垣 順三(ふじがき じゅんぞう)

1947年山口県生まれ。京都大学大学院農学研究科修了。

専門分野:遺伝育種学

主な研究テーマ:ムギ類の異数体による遺伝分析、有用植物のクローン化に関する研究。

主な著書:知っておきたいバイテクの基礎(共著)理工図書、日英版バイオロジカ(監修)

東京農大短期大学部は、昭和25年に設置されて以来、実学教育を教育理念に掲げてきた。「学生主導型体験実習が拓くキャリアデザイン」事業は、その理念に基づき、文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」として実施された。

40年以上の歴史を持つ学外実習

短期大学部は、その学則に「本大学は、高等学校の教育の基礎の上に生物生産技術学、環境緑地学、醸造学及び栄養学に関する実際的専門職業に重きを置く大学教育を施し、良き社会人を育成することを目的とする」と定めている。2年間の修学期間内に実際的専門職業に関する知識と技術を習得できるよう教育と研究に地道に取り組んでいる。
 各学科の専門科目の講義の他、厚木農場や富士農場での作物栽培や家畜飼養などの実習、学内の食品加工技術センターでジャムや乳製品、ハム・ソーセージなどの食肉加工実習、調理実習室での各種料理を自分達で調理し評価、醸造学科では味噌・醤油・酒の醸造過程を実際に行なうなど多彩な実習教育を行っている。
  さらに学外での体験実習にも早くから取り組んできた。現行の4学科に改組以前の農業科時代からの「特別実習」を引き継いで、その歴史は40年以上に及ぶ。近年、多くの教育機関が体験入社などのインターンシップ制度を取り入れてきたが、本学では、この言葉が定着する以前から同様の取り組みを続けており、今では教育カリキュラムの骨格を形成している。
 主な実習先は、生物生産技術学科が「生物産業インターンシップ」として各種の農家・農場をはじめ、花販売店、種苗会社など、環境緑地学科が「緑化企業実習」として造園会社、草花・樹木生産会社、環境調査会社など、また、醸造学科は酒・味噌・醤油の醸造所などで「醸造特別実習(二)」を、栄養学科は病院、給食施設などで「給食管理学外実習」を行っている。

学外実習に関する種々の問題点

これまで本学の学外実習を永年にわたって継続することができたのは、学生を受け入れてくださる実習先の多くが本学の卒業生が事業主、あるいは卒業生が勤務している事業所であるという点が挙げられる。これにより、本学の目指す教育理念の理解と賛同が得られ、作業中もコミュニケーションがよりよく図られ、学生に対して適切な指導が可能となり、高い教育効果が期待できる。また、受け入れ先に宿泊して寝食を共にする中で、社会生活についても多くのことを教えていただくことができ、非常に有効な教育手段となっている。
  しかし、学外体験実習も永年にわたって実施していると、送り出す側も受け入れ側もマンネリ化することもあり、入学してくる学生の質的な変化についても受け入れ側から指摘を多く受けるようになってきた。そこで問題点について調査してみたところ、@学生の希望職種と受入先とのミスマッチ A学生の多くが将来や職業への目的意識が希薄 B学生は他人との接し方・距離のとり方がわからない C社会生活におけるルールが身についていない D物事に対して消極的(受身)である、など多くの対応すべき課題が明らかになってきた。

学生主導型の実施プロセス

そこで、4学科から選出された教員が主となり問題点の整理、解決方法などを論議した結果、「特色GP」としての新たな取り組みが打ち出された。
 実施プロセスは10月頃、学外実習を終えた2年生による体験報告会を行うことから始まる。これから学外実習を行なう1年生は、報告を聞いて予備知識を具体的な情報として知り、これらを基に自らキャリアデザインを良く考えた上で希望職種を選定する。さらに学生には自己プロフィールを決められた書式にまとめさせ、受け入れ先に送付する。受け入れ先は経営概要、家族構成、作業内容、メッセージなどを予定学生に返送することにより、ミスマッチの解消を図る。
 このように周到な準備の上で、学生主導型による受け入れ先との双方向の実習取り組みで相互理解が進み、学生の満足度も高まる。また、学生が主体的に行動することにより、自覚や責任感が生まれる。
 実習後は、学生だけでなく受け入れ先からも満足度の高かった点や次年度へ向けて改善が必要なことなどをレポートにまとめ提出してもらう。学科ごとに次年度生を対象として実習報告会を行なうが、ここには受け入れ先からも参加してもらい、学生の発表に対してコメントを頂くことにしている。次年度生にとっては、体験学生や受入先の方の生の声を聞くことにより、自分の希望職種を具体的にイメージでき、モチベーションを高めるのに非常に効果が出てきている。
 さらに発表会後、受け入れ先と教員間で意見交換を行うことで、改善点など忌憚の無いお話を伺える機会にもなり、次年度プログラムへの改善につながっている。

貴重な体験、責任を痛感

学生たちの実習体験報告書には、「働くことがこんなに大変で、そして楽しいことであることが分かった」「アルバイトで働いた経験とは異なる責任を痛感した」などと記述されており、一人一人にとって貴重な体験だったことがうかがえる。また、「実習した分野の仕事に興味が倍増した」といった報告もあり、自らのキャリアデザインの構築に有意義であったと思われる。学生自らがキャリアデザインを考え、どのような場所で体験するかを真剣に考え実行するプロセスが、改めて自分の将来像を見つめ直す良いきっかけとなっている。
 その結果、実習体験後は授業や実験などにおいて、それ以前よりも真面目に取り組む姿勢が認められるようになってきた。また、学生の希望を具体化させるために受け入れ先を積極的に拡大することができたし、それにより学生の実習に対する意欲を高めることにつながり、教育効果が著しく上がったと評価できる。教員と受け入れ先との関係においても、交流が促進され、受け入れ先と学生との認識のギャップを埋めることもできるようになった。このように、目標を定め、情報を共有化し、実行した結果について適正に評価し、それを更に次の改善につなげていくことが、事業を推進していく上でとても大切な事であると実感する。

学科横断的実学教育に展開

この取り組みの総括ともいうべきフォーラムが平成21年1月24日に本学100周年記念講堂で開催され、4学科の学生と教職員の他、他大学の関係者にも出席していただくことができた。この取り組みの成果が理解され、他大学における教育内容の改善の参考にもなるものと期待している。さらに3月2日には、文部科学省行政実務研修生の現地視察会で本学が選ばれ、約70名の国立大学法人等の関係者が世田谷キャンパスに来られ、その時に短大部の特色GP及び教育GPの取り組みも紹介する機会を与えられたことは、たいへん光栄なことと受け止めている。
 この取り組みを通して、本学4学科の教員の教育に対する意識の高まりと学科間の協力関係が強くなったことは、単なるFD研修以上の効果があったと考えられる。これらの総合効果として、本学のカリキュラム改定にあたり、4学科の教員が協力して学科横断的な専門科目を開講する運びになった。そして、この流れを更に発展的な取り組みに昇華させ、平成20年度の文部科学省「質の高い大学教育推進プログラム」(教育GP)に短期大学部として「学生と教員の協働による学科横断的実学教育」の取り組み名称で採択された。
 これからも、教育理念に忠実に、教員が真に協力関係を大切にして、新しく入学してくる学生諸君に満足してもらえるよう教育に専心し、努力を続けていきたい。

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